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獣 医 療 裁 判
〜獣医師の視点から〜
1 はじめに 医師が提訴される医療裁判の増加が報じられて久しいが,獣医師が訴訟を起こされるケースも増加しているのであろうか.本邦において医療裁判についての詳細なデータは存在するが[1],獣医療裁判を扱った統計資料は,2008年3月現在公表されていない.獣医療過誤裁判は増加傾向[2, 21]と,さほど多くない[3]とする意見の双方があるが,その実数及び統計は不明であり少なくとも我々は探し得ていない.一方,獣医療裁判がメディアに取り上げられる機会は増えているように思われる[4].獣医療裁判が実際に増加したかどうかは不明であるが法曹関係者によって取り上げられる頻度もこの数年増えているところを見ると注目を浴びている事案であることは間違い無さそうである[2-18]. そこで我々は,裁判所ホームページ,法律事務所等の各種ホームページ,法曹関係誌あるいは新聞を始めとする各種報道等から知り得た裁判記録に基づき,獣医療裁判判決について,件数,地域,動物種,年齢,病名,原告飼い主と被告動物病院との関係,被告動物病院の病院規模及び開業(院長の臨床経験)年数,訴訟原因となった手術治療処置あるいは死亡等の発生(裁判上は事件と呼ぶ)日から提訴までの期間,審理期間及び審理回数,認容率(判決総数に対して認容即ち原告請求が認められた件数の占める割合),被告,争点及び裁判所の認定事実と損害との因果関係,損害賠償額,過失あるいは不法行為認定の基礎となる獣医療水準の14項目について獣医師の視点から分析を行った.もとより無作為抽出データに基づく分析ではないので,獣医療裁判に関してどれ程客観的な見方ができているのか心もとないが,昨今の獣医療裁判の傾向や動向の一端でも窺えれば幸いと思う. |
2 件数 1968年から2008年3月までに法曹関係誌,獣医学関係誌,裁判所等の各種ホームページ,マスメディア(新聞報道,TV報道等)によって公表された獣医療裁判について,我々が知り得たのは地方裁判所あるいは簡易裁判所における第1審22件,その控訴審である第2審7件であった(表1,2)(略).このうち第1審1件は原告が獣医師である.また,同一獣医師が5件同時に提訴された例もあった. |
3 地域 第1審の地域内訳は,東京地裁10件(但しこのうち5件は同一獣医師が同時提訴されたものである),大阪,横浜,宇都宮地裁各2件,京都,松江,仙台,川崎,金沢地裁各1件,浜松簡裁1件である.東京での裁判件数が多い結果となっているが,実際の提訴件数が東京で特に多いのかどうかは,先に述べた様に抽出方法が無作為ではないので不明である.東京や大阪等大都市では,メディアによって取り上げられる機会が多いだけで,おそらくは各地で獣医療裁判は起こされているものと思われる. |
4 動物種 訴訟原因となった事件における動物種は,犬13頭,猫6頭,チンチラ,フェレット,プレーリードッグ各1頭であった.犬種別ではゴールデンレトリバー3頭,ミニチュアダックスフント2頭,ラブラドールレトリバー,イングリッシュポインター,シェパード,スコッチテリア,ペキニーズ,ミニチュアピンシェル,日本スピッツ,柴犬各1頭で全て純血種であった.猫は雑種3頭,他にアビシニアン,アメリカンショートヘアー,ペルシャ猫であった.提訴要因となる動物種は多岐に亘り,猫においては,たとえ雑種であろうとも原告飼い主は獣医療行為とその結果に納得できない場合には提訴も厭わない傾向が窺がわれる結果である. |
5 訴訟原因となった事件当時の動物の年齢 8カ月齢より15歳齢まで幅広く,高齢動物であっても,原告飼い主が獣医療行為とその結果に納得できない場合,またその獣医療行為によって死期が早まったと考えている場合には提訴を辞さないものと思われる. |
6 主たる病名(以下,獣医学用語としては一般的には使用されないが判決文等で使用された用語もそのまま引用した) 提訴された22件(22例)中,死亡例は19例(86.4%)である.22例において争点あるいは裁判所の事実認定に含まれる疾患名はのべ40疾患であった.腫瘍関連は22例中7例(乳腺腫瘍2例,肉腫2例,下顎腫瘍1例,セルトリ細胞腫1例,肥満細胞腫1例),腎不全3例,子宮蓄膿症3例(但し1例はプレーリードッグ),肝不全2例であった.その他,腹膜炎,敗血症,フィラリア症,先天的心拡張,下部泌尿器症候群,糖尿病性ケトアシドーシス,無菌性結節性皮下脂肪織炎,間質性肺炎,DIC,口内炎,猫白血病ウイルス感染陽性,猫エイズウイルス感染陽性,角膜パンヌス,悪性高熱,腸重積,腸閉塞,左前肢骨折,アブセス,椎間板ヘルニア,猫伝染性腹膜炎であった.この内,被告主張の悪性高熱は立証なしとして認定されなかった. 22例中13例(59.1%)で手術が実施されている(このうち手術実施を認定されなかったものが1例あった)(表3)(略).認定された12手術実施例中11例(91.7%)が死亡しており,その内訳は手術中あるいは直後が2例,手術後3日以内が4例,手術後4,11,26,44日後が各1例,去勢及び停留精巣摘出手術3年後に両側腹腔内腫瘤(セルトリ細胞腫)摘出手術を受けその14日後に死亡した例が1例であった.手術認定されなかった例も死亡した.手術に関連しない死亡例としては,治療処置中あるいは直後が2例,入院中が2例(1例は転院先で死亡),退院8日後が1例等,計7例であった. 19例の死亡例中,剖検が行われたのは5例(26%)で,2例は死亡直後に被告獣医師動物病院とは別の動物病院で実施された.5例中3例において病理組織学的検査が実施された.3例で針生検が実施され,2例で摘出臓器のみの病理組織学的検査が実施された.裁判所により依頼された鑑定人による鑑定が2例で実施された. 転院は14例(63.6%)(2例は被告獣医師による紹介),転院先での入院後の死亡は5例であった. |