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地方会だより

岐阜県飛騨獣医師会の活動状況

大田豊昭 (岐阜県獣医師会理事・岐阜県飛騨獣医師会会長)

大田豊昭
 飛騨は江戸時代177年間幕府の直轄地「天領」として栄え,今でもその古い街並みは“心のふるさと”として,また春・秋の高山祭りなどでも全国的によく知られており,一昨年世界的に有名なフランスのミシュラン社が発行する観光雑誌に日本を代表する観光地6カ所の1つとして三つ星がつけられたほどで,年間の観光客は600万人を超える.
 飛騨獣医師会の1年の活動は,毎年4月3日,高山の古い街並みの一郭にある「料亭洲さき」(創業寛政六年・1794年,この老舗料亭は,高山出身で芥川賞の選考委員を長年務めた「瀧井耕作」が明治期の俳壇雄 河東碧梧桐を迎えての句会や,大正期の放浪の歌人「若山 牧水」が高山に親友を訪ねた折りの句会にも使用され,昭和天皇も食事されるなど,古きよき時代の面影を今もよく伝えている)で開催される総会で幕を開ける.
 「岐阜県飛騨獣医師会」(岐阜県獣医師会飛騨支部)は,その山国にあって古き良き伝統を維持しつつも,新しい時代の息吹を取り入れながら懸命に獣医師会活動を展開している.飛騨獣医会の前身は昭和22年岐阜県獣医師会の設立と共に飛騨地域に大野高山支部,吉城支部,益田支部,種畜場支部の4つの支部が設置されたことに始まる.現在の飛騨一円を統合して現在の形を成したのは昭和31年で,会員総数37名の構成は県の畜産関係会員11名,衛生関係会員3名,市町村関係会員10名,農協・共済関係会員7名,開業(大動物)3名,等でその会員の多くは新卒者や若手の獣医師であった.前述のように飛騨は90%近くが山林で占められている山国であり,当時の飛騨地域の産業としては肉用牛の繁殖および肥育経営と酪農業が主体であったことから,獣医師としての活躍の場は自ずと大動物の診療や防疫,流通に関する業務が中心であった.設立総会の資料によると,第1号議案として「官公防疫の協力」とあり,その内容は馬の流行性脳炎予防注射,緬山羊腰麻痺予防注射,牛の肝蛭検査並びに駆虫……等々とあることからも,獣医師会としての活動の中心は大動物防疫に関することが主要な活動であることが解る.学術面では,お寺の庫裏や公民館を借りて,「牛の繁殖障害について」「牛の若齢肥育に対するホルモン剤の応用について」「牛の肝蛭症に関する学術ならびに検査手技の講習会」等々,勉強会や講習会が精力的に開催されており,別の楽しみもあったものと想像されるが,新たな知識や技術の習得に積極的な取り組みが展開されていたことが伺われる.
 飛騨獣医師会は,会の創立以来10周年,20周年,25周年,40周年,50周年と節目には,創立記念事業ならびに式典の開催や福祉施設への寄付などを行って,会の発展はもとより地域社会への貢献という面でも精力的な活動を展開してきた.特に昭和50年,20周年記念式典に中村 寛日本獣医師会長を迎えて式典を開催するとともに,特別記念行事として,重い病に苦しむ旧会員で日展作家でもあった林 玉樹氏を励ます目的を兼ねた油絵個展「飛騨路を描く」を開催.40周年には記念式典,記念行事とともに今までの飛騨獣医師会の活動や足跡をまとめた「岐阜県飛騨獣医師会四十年史」を刊行した.さらに,大きな節目となる平成17年50周年記念には,大田豊昭会長を中心に380ページからなる「創立50周年記念誌・半世紀 明日へ」を発刊,特別記念事業として「君はマンモスの叫びが聞こえるか」と題して,大谷 健副会長のシベリアでのマンモス発掘調査に起因した地球温暖化に関する市民参加型の特別記念講演を開催した.また,今年4月3日第53回総会には,日本獣医師会山根義久会長をお迎えして,岐阜県獣医師会特別記念講演会「最近の獣医療と今獣医師がしなければならないこと」と題して記念講演を開催している(写真).
第53回飛騨獣医師会総会会場である煥章館前での集合写真

第53回飛騨獣医師会総会会場である煥章館前での集合写真
(前列左5人目から,近藤岐阜県獣医師会会長,大田飛騨獣医師会会長,山根日本獣医師会会長)
 飛騨獣医師会会員が中心となって取り組んだ最大の業績の1つは,ブランド牛「飛騨牛」の改良とブランド化に関する取り組みである.それまで鳥取系の和牛を中心改良していた飛騨地方に,1952年(昭和25年)岐阜県大野部清見村大原(現高山市清見町)出身であった二村彦次郎博士(国立獣疫調査所中国支所初代所長)の世話で,但馬から繁殖雌牛を導入したのを契機に,飛騨牛の改良は但馬系を主体とした改良に切り替わって行った.飛騨獣医師会の会員は積極的に飛騨牛の改良に取り組み,地方の一和牛産地に過ぎなかった飛騨地域の和牛子牛を,昭和40年代後半には全国トップレベルの価格で販売されるまでに改良成果をあげた.適正な交配を指導するための指針として「飛騨和牛交配指針」を作成するとともに,さらに飛騨牛の改良を推進する手法として「飛騨を中心とした和牛の育種改良事業の理論と実践」を作成するなど,岐阜県の和牛改良の基礎となった和牛改良理論を粘りつよく展開した.
 これらの飛騨獣医師会会員を中心とした和牛改良への取り組みの成果は,名種雄牛「安福」の出現によって岐阜県の子牛価格は昭和61年以降現在に至るまで20年以上に亘って全国トップレベルの価格を維持するとともに,昭和63年に飛騨牛銘柄推進協議会の設立によって,「飛騨牛ブランド」が誕生する原動力となった.さらに,2002年(平成14年)に開催された第8回全国和牛能力共進会岐阜県大会では,「飛騨牛」が内閣総理大臣賞受賞および最優秀枝肉賞を受賞して日本一に輝いた.加えて2007年に開催された第9回全国和牛能力共進会鳥取大会でも最優秀枝肉賞を連続受賞して,「飛騨牛」は我が国トップブランドとしての地位を不動のものとする成果につながっている.
 また,会員が一体となって研究機関や大学と協力して取り組んだ学術活動の成果も見逃すことができない.昭和40年代後半頃から飛騨地方の一部に発生した牛白血病に関する原因究明と予防対策確立への取り組みは,全国に先駆けて日本獣医学会(第83回〜86回)および日本獣医学雑誌(41巻2・3号,42巻3・4号)で発表された.さらに,2001年(平成13年)黒毛和種では最も重篤な症状(致死)を示す遺伝性疾患クローディン16欠損症の原因遺伝子の解明と遺伝子診断法の確立に世界で初めて成功し,この研究成果は今日のブランド牛「飛騨牛」の改良はもとより我が国の和牛改良上必要不可欠な技術成果として高く評価されている.
 現在の会員数は創設時のメンバー4名を含む75名で,岐阜県獣医師会が進める様々な活動にも積極的に参加,例年行っている環境保全活動の一環としての「釣り糸回収」や学校飼育動物巡回指導および学術研修会の開催をはじめ,本年度は県獣医師会が事業主体で実施する動物愛護週間行事「動物愛護フェスティバルin飛騨」を9月23日に飛騨獣医師会が中心となって開催するほか,小学生を対象に命の大切さを伝えるための「命の授業」の実施を予定している.
 以上のように,飛騨獣医師会は地域産業の核にまで成長した「飛騨牛」の50年以上に亘る改良への取り組みを中心に,畜産,公衆衛生,開業に所属する各獣医師の相互の連携と,非常に強い結束力によって地域と密接に結びつきながら,節目となる折々の設立記念事業を成功させるなど,古き良き時代の獣医師会の雰囲気を残しながら,獣医師に求められている社会の要請に応えるために,新たな知識と技術の研鑽に努めると共に,獣医師の地位向上と飛騨獣医師会の一層の発展をめざして日々努力を重ねている.



† 連絡責任者: 大田豊昭(岐阜県農業共済組合連合会飛騨農業共済事務組合家畜診療所)
〒〒506-0052 高山市下岡本町2115
TEL 0577-35-0310 FAX 0577-35-0388
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