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学術・教育

−獣医学学位取得者からのメッセージ(V)−
獣医博士号を取得して思うこと

久保道子 (白銀犬と猫の病院・青森県獣医師会会員)

久保道子
 動物病院へ来院するペットの中で,治療のための手術,特に腫瘍の切除に伴い末梢神経をやむなく切断してしまう症例や,交通事故などによって末梢神経を大きく損傷してしまう症例がある.この場合,損傷を受けた末梢神経の支配領域に麻痺が生じるが,このような麻痺はクオリティ・オブ・ライフの低下を招くし,飼い主にとっても心理的に大きな負担がかかる.私は大学院へ進み研究をすることで,こうした麻痺の治療ができるかもしれないという期待を胸に岐阜大学大学院連合獣医学研究科への進学を決心した.
 私の学位論文のテーマは「犬の同種凍結神経移植による機能再建」であった.末梢神経に大きな欠損が生じた場合,機能を回復させるためには神経移植が必要となる.自家神経移植法では新たに神経の障害を起こしてしまうことと,大きな移植片を採取することが困難という欠点がある.また,同種神経移植法や異種神経移植法では十分な量の移植片を確保することが可能であるが,拒絶反応が起きてしまうため免疫抑制剤の使用が必要となってしまう.一方,同種凍結神経移植法は移植片に凍結融解処理を施して免疫反応を惹起させないようにした方法で,マウス,ラット,ウサギ,犬などの実験動物で拒絶反応を起こさずに良好に軸索が伸長することが形態学的に証明されている方法である.さらにこの方法では移植片を凍結保存しておくことが可能である.この方法を犬の末梢神経障害の治療法として応用するために,マクロからミクロまでの神経の解剖や,基礎実験としてラットで自家神経移植と同種凍結神経移植を実施し機能回復を評価した.また,軸索が再生している間に関節の拘縮や,筋肉などの終末器官の萎縮が進んでしまうため,機能再建をはかるためにはできるだけ速く軸索を伸長させる方法が必要となる.末梢神経の再生では軸索を取り巻いているシュワン細胞が様々な因子を出したり,軸索が伸長するための足場を提供したりと大きな役目を果たすことが報告されている.同種凍結神経移植片にはシュワン細胞が含まれていないため,自己のシュワン細胞を分離培養してこの移植片と併用することを考えた.このためには成犬のシュワン細胞の培養方法が必要となる.幼弱な個体と比べて成熟した個体から細胞を分離して培養するのは難しい場合が多く,成犬シュワン細胞をある程度の純度で培養するのにかなりの時間がかかってしまった.大学院では4年間という時間が与えられているが,博士号を取得するためには研究結果をまとめ論文にしなければならない.また,学術雑誌に論文が掲載されなければならない.このため,学位を取得するための研究に時間が費やせるのは丸々4年間ではない.私の場合は予定通りに研究が進まず,実際に犬で同種凍結神経移植を行ったもののきちんと機能回復を評価するまでには至らなかったが,なんとか学位を取得することができた.同種凍結神経移植を臨床応用するためには解決すべき問題点がまだまだあるが,末梢神経の大きな欠損に対する治療法として期待できる方法であり,私の大学院での研究はその足がかりになったと考えている.
 大学院へ進学してから学位を取得するまでに,私が所属していた大学や,獣医学の分野に留まらず研究を通じて数多くの教官にお世話になった.これほど多くの教官に助けていただくという経験ができたのも大学院へ進学したからこそできたのだと思う.大変多くのことを勉強させていただいた.お世話になった教官の方々には心から感謝している.
 大学院卒業後は研究機関へ就職したが,いろいろ考えた結果,臨床の場に戻りたいと思い,動物病院の勤務医として働くことを決意した.大学卒業後すぐに働き始めた同級生達とは大きな差ができてしまっている.勤務医を始めた当初は,同級生達が第一線で獣医師としてバリバリと働いているというのに,掃除や保定などの仕事に限られていた.これは焦らないわけがない.しかし,大学院で学んだ専門的な技術や知識,論理的,多面的な考え方などは出遅れた分を十分に取り戻すだけの価値はあると思っている.特に近年の小動物臨床では高い専門性が求められるようになってきている.大学院ではその分野で著名な教官の方々と直接議論できるという機会も多く与えられているし,専門性を高めるには大学院で学ぶ知識や技術が必要となってくる.私は臨床家としてはまだはじめの一歩を踏み出したばかりで経験も浅く,取得した博士号を活かしきれてはいないので絶対に学位を取得したほうがいい! とは言い切れない.博士号を取得することは時間やお金もかかってしまうし,簡単に取得できるものではないが,臨床をやっていく上で大きな可能性を与えてくれるのではないかと思っている.
 現在は,八戸で夫と動物病院を開業し,日々診療に励んでいる.大学院で得た知識や技術を生かし,地域の獣医療の発展に貢献できるようこれからも努力をしていきたい.



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