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私の歩んだ野生動物救護活動(III)
−NPO法人「ふくしまワイルドライフ市民&科学者フォーラム(WCS)」の設立−
平成14年9月5日から8日の会期で,第8回日本野生動物医学会大会が福島県鳥獣保護センターで開催された.本当に,いろいろな人たちに支えられた4日間だった.そして,この大会が開催されたお蔭で,福島県鳥獣保護センターの活動そのものが大きな変曲点をむかえるようになった.まさに医学会の大会テーマである「市民協働や環境教育を通して,野生動物救護のゴールに何が見えるか」を具体化することになったのである. 現在,福島県鳥獣保護センターの活動を支えているのがNPO法人「ふくしまワイルドライフ市民&科学者フォーラム(通称WCS)」である.WCSは医学会の翌年,平成15年5月に設立された.WCSの前身がWCF(ふくしまワイルドライフ市民フォーラム)で,NPO法人になる時,「&科学者」が名称として加えられ,また学術担当理事として羽山伸一先生(日本獣医生命科大学准教授),杉山 誠先生(岐阜大学応用生物学部教授), 坂本禮三先生(福島県獣会長)が加わったことで,学術面での充実がなされた.NPO法人WCSの定款第3条に活動の目的が記載されている.「この法人は,救護原因の究明や環境モニタリングなど野生動物の保護及び救護に関わる科学的な調査や研究を行い,また傷病野生動物の治療や野生復帰など福島県鳥獣保護センターの管理運営を支援する活動を通じて,生物多様性の保全や生物の生存権の確立に貢献し,さらには自然と人間の共生社会実現のための提言や地域の環境デザインを行うことを目的とする」要するに,救護活動を通じて生物多様性の実現を目指すという内容である. この目的にむかって,現在6つのチームが活動をしている.その一つ「自然警察鑑識課チーム」は,傷病原因のうち交通事故や建造物衝突など,主に物理的な原因によって起こる事故を対象として事故発生メカニズムの解析を行っている.とくに,ロードキル問題については計800例以上の現場検証を行い,クローズアップ現代でも紹介されたようにツシマヤマネコや沖縄本島のヤンバルクイナ,石垣島のカンムリワシのロードキル問題についても調査をおこなっている.平成17年度からは,GIS技術を導入し,航空写真や人工衛星によるリモトーセンシングデータなどを駆使して解析している.このチームの設立はNPO法人WCSのなかでも2番目に古く,10年くらい前から活動を開始している. 自然警察鑑識課チームの検証結果を使って環境デザインに関わっているのが「Eco-Up環境デザインチーム」である.現在は,福島県いわき市に建設中の国道289号線バイパスをエコロード化する活動に参加している.その内容は,平成18年6月に放送された「情熱大陸」で紹介された.ここでも,GISを駆使して調査データからタヌキやキツネなどの行動ルートを解析し,さらに3Dシミュレーションなどを使ってエコロードのデザインを行っている(図1).
3つめのチーム,「環境モニタリングチーム」の活動は,血清や組織などのサンプルの採集と貯蔵である.分析については福島県鳥獣保護センターには設備がなく,共同研究という形で大学や研究機関,行政などとネットワークを形成している.とくに,血清については,平成18年度に杉山 誠教授のいる岐阜大学公衆衛生学研究室にサンプルライブラリーを移設した.これは専門家が管理することで,より効果的に野生動物の血清を活用できると考えたからである.また,ツキノワグマのDNAライブラリーは山形大学理学部とネットワークを構築している.さらに,ダイオキシン,PCB,環境ホルモン様物質,重金属などの化学物質については,平成17年度より福島県生活環境部との共同調査研究によりモニタリングを実施している.その他,ハクチョウ類の鉛中毒症,疥癬症,寄生虫などのモニタリングを行っている. 4番目に紹介する「クマの救助と調査チーム」は,NPO法人WCSのチームのなかでは一番新しく,平成18年度のツキノワグマの全国的な大量・異常出没のちょうど前年,平成17年度に活動を開始している.救助面では,クマに限らず市街地や人里に迷入したシカやカモシカなどの大型野生動物を捕獲し,本来の生息地に戻す活動を行う一方で,福島県内におけるニホンツキノワグマの生息状況や行動圏のモニタリング,また被害防除などに関わる活動を行っている(図2).
5番目のチームが「ふくしまワイルドライフレスキュー隊」である.平成16年1月に導入された日本初の野生動物専用救急車に乗務して,とくに土曜日,日曜日などの閉庁時に傷病野生動物の搬送活動に当たっている.平成19年度からはミセス・レスキューチームが結成され,福島県から委託を受けて,平日の搬送業務の一部も担うようになった. 6番目のチームがふくしまワイルドライフ・レスキュー・サポーターズ(通称WRSS)である.このチームはWCSのなかでも一番古く,昭和60年に福島県民の森における障害者の利用や,環境教育の推進を目的として作られた市民団体「風の会」を母体としている.昭和60年は,私が福島県農業共済連の家畜診療所を退職し,大玉村役場の職員となって,福島県民の森の管理とそこに併設されている福島県鳥獣保護センターの初代専任獣医師に着任した年である.今だから打ち明けるが,東京の下町で育った私はスギとヒノキの区別がつかないくらい自然オンチだった.それが行き成り県民の森という森林公園の管理を任されたのだから私の当惑振りは並みのものではなかった.ただし,当時は,利用者の方もただ施設を利用するだけで,とくに環境教育プログラムや自然解説など要求しない時代だったので,さし当たって問題とはならなかった.ところが,それまでの管理日誌に目を通した私は,ある疑問に突き当たった.障害者利用の記録が全くなかったのである.確かに,当時は市街地にある公共施設でさえ車椅子用のトイレや点字ブロックの設置が少なく,ましてや森林公園では健常者のみを対象とするのが当たりの前の時代であった. 「福島県民が210万人として,その何パーセントかは障害者の方がいるはずである.だとすれば,県民の森の利用者が年間20万人であるなら,同じ割合の障害者の利用があってしかるべきではないか.これは公共施設として問題である.」 大玉村役場職員の懇親会の席で,私はそう発言したのである.何人かの役場職員がこの考えに賛同してくれて,障害のある人を県民の森に招くための組織が作られた.それがボランティア組織「風の会」である.さらに,話が村長の耳に届いたらしく,村から助成金を拠出してくれるということになった.その額は30万円で,今にしても相当な金額である.早速,「風の会」の役員会が開かれ,そこで出された結論がなかなか振るっている.「風の会は有志の会である.従って,自己資金で運営すべきである.だから,助成金は受け取らない」という内容で,当初から自立意識が盛んであった.役員会の二つ目の議題が,障害者の誰を招待すべきかというもので,目の不自由な子どもたちを呼ぶべきであるという意見が出され,私ともう一人の幹事が県立盲学校に交渉に行くことに決まった.盲学校では校長先生が応対してくれたが,最初はこちらの意図がなかなか伝わらず,2時間近く熱弁を振るったところで,やっと理解してくれて,第1回の盲学校自然教室が福島県民の森で開かれることになった.ところが,ここで問題となったのが,自然教室の中身である.ただ森の中を歩き回ったのでは,単なる遠足になってしまう.そこで今で言う自然観察プログラムの必要性が切実なものとなり,スギとヒノキの区別どころの話ではなくなってしまった.お蔭で,あの頃の猛勉強,難行苦行の甲斐あってか,やがて財団法人日本自然保護協会の自然観察指導員講習会講師や森林インストラクター福島県第1号など環境教育も手がけられるようになった.福島県鳥獣保護センターのミッションの一つ,「環境教育の推進」は「風の会」の時代に仕込まれたものである.実は,この盲学校の自然教室は23年たった今も盲学校XCカントリースキー教室として毎年開催されている(図3).その現在の開催母体が,「風の会」の精神を受け継いだふくしまワイルドライフ・レスキュー・サポーターズ(通称WRSS)である.「風の会」が解散され,WRSSが設立されたのが平成13年10月1日だから,第8回日本野生動物医学会大会が開催されるちょうど1年前である.WRSSの活動の柱は,[1]傷病野生動物の看護活動,[2]環境教育プログラムの作成と実施,[3]ボランティア・プログラムの作成とコーディネーション,[4]寄付物品の受け入れなどで,保護センターの活動の基軸を支えている.
こうして振り返ってみると,福島県鳥獣保護センターにおける市民協働は,自然発生的である.チームそれぞれに必要性と目的があって,そして歴史の積み重ねがあって現在に至っている.それらを緩やかに束ねているのがNPO法人WCSである.チームのメンバーは数人,多くても20人以下である.ただし,チームごとのコンセプトとミッションは単一で明快である.どうやら,その辺りが,活動持続の秘訣なのかもしれない. |
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(以降,次回へつづく) |
† 連絡責任者: | 溝口俊夫(福島県鳥獣保護センター) 〒969-1302 安達郡大玉村字長久保63 TEL・FAX 0243-48-4223 E-mail : wcf@guitar.ocn.ne.jp |