|
動物病院開業から四半世紀を経て
山中大介† (山中動物病院院長・神戸市獣医師会会員) 昭和56年10月に神戸市西区(当時は分区前で垂水区)の田園地帯に動物病院を開業,同時に神戸市獣医師会に入会した.今年の10月で開業27年を迎えるが,振り返ってみると四半世紀余りの時があっという間に過ぎ去ってしまったように思う. 開業と時期を同じくして誕生した長女もすくすくと成長し昨年の秋には嫁いで行った.私もいつの間にか50歳を過ぎ,開業当時のことを思い出してはふと感じることがある. 私が大学で獣医学を学んでいた頃は,小動物臨床についての情報はまだまだ乏しく,専門書にしても数えるほどしか出版されていなかった.内科の其田三夫教授が『犬の臨床』を監修中であったが,「小動物の臨床を目指している人は是非この本を読みなさい.」と薦められたのが,J. ETTINGERの『textbook of VETERINARY INTERNAL MEDICINE』であった.原書といえど,学生の私にとってはかなり大きな出費であったが,早速購入して辞書片手に苦手な英語と悪戦苦闘しながら読み始めたものの,結局は途中で挫折,積読だけで終わってしまった.その後,6年経って昭和59年に訳本が出版され,それがいかに良い本であるかということがようやく理解できた. 今は,どの本を選べばよいか迷ってしまうほど専門書もあふれ,最新の情報や文献はインターネットでいとも簡単に手に入る. 英語文献の翻訳も大雑把とはいえ翻訳ソフトが理解できる程度にまで訳してくれるので,英語の苦手な私でも訳本の出版を待たずに最新情報を調べることができる.最近は一年も待たずに訳本が出版されることも多いので,実際に英語の文献を訳す必要性は少なくなってきたが,興味のある方は一度翻訳ソフトを試されてみてはいかがだろうか.テキストファイルならダイレクトに訳してくれるし,手持ちの文書であればスキャナーで読み取らせてテキストファイルに変換すれば翻訳してくれる.インターネットでブラウザー(IEなど)上にある文書もそのまま訳してくれる(参考までに私が使っている医学用英文翻訳ソフトは,『MED-Transer Personal(クロスランゲージ)』である). また,開業当時は病院の検査機器なども,人用の中古のX線撮影装置,顕微鏡,心電計とうんざりするほど時間と手間のかかる血液生化学検査器があったぐらいで,概ね近隣の病院の設備も似たり寄ったりであった. 今は小動物専用のレントゲン撮影装置,血球検査・血液生化学検査機器,エコー,麻酔モニター程度は最低限必要な設備となり,設備投資にはかなりの費用がかかるが,手軽に種々の検査ができて便利になった. また,最近では個人の動物病院でもCTやMRIなどの画像診断装置を設備しておられるところがあり驚くばかりである. 当院では診療する動物も大きく変化してきました.開業当時,診療の8割は犬で,しかも半数以上が雑種犬だったが,今では犬6割,猫4割で犬の8割近くが純粋犬になってきている. 病気にしても開業当時は毎年のように流行っていた犬パルボやジステンパー,レプトスピラ感染症,伝染性肝炎などの伝染病は最近殆ど診ることがなくなった. 犬パルボウイルス感染症は,ちょうど大阪で研修医をしていたときにアメリカから日本に持ち込まれ,当初はパルボウイルス感染症についての情報もなく,ただただ激しい嘔吐血便を繰り返し,病名もわからないまま点滴や手厚い看護の甲斐も無く次々と亡くなっていった. 原因がパルボウイルス感染症と判明してからは,急場しのぎの予防策として猫のFPLV不活化ワクチンを犬に接種することで発症を防ぐことができるようになったが,常在していない新種のウイルス感染症による伝染病の恐ろしさを教えられた. 寄生虫にしても回虫以外にベン虫,鉤虫,瓜実条虫,マンソン裂頭条虫,壷形吸虫,糞線虫,東洋眼虫,コクシジューム,バベシアなど都心部ではあまりお目にかかれない寄生虫によく遭遇したが,それも駆虫剤の定期投与などで最近は滅多に診ることがなくなってきた. フィラリア症は,年中来院があったし,毎年春先になれば必ずといっていいほど発生していた若齢犬のCSなどはここ数年全く診る機会がないのである. ワクチン,フィラリア予防薬,外部寄生虫駆除剤などの予防処置の徹底や,飼育環境の改善がもたらした成果と喜ぶべきなのであろうが,その変化を目の当たりにして,あまり行き過ぎてしまうと動物が本来自然の中で獲得すべき抵抗力や,治癒力といった生命力そのものもスポイルしかねないのではないかという一抹の不安さえ覚える. 遺伝子解析による遺伝子ドックや再生医療など,新しい予防医療や治療法が身近になってきたが,これからは重大な疾病はしっかり予防しながらも,過度の投薬などによって反対に生命力の低下を招かないバランスの取れた予防医学とは何かを考えながら実践していくことが必要なのかもしれない. |
|
† 連絡責任者: | 山中大介(山中動物病院) |