会報タイトル画像


意見(獣医学系大学生の声)

世界の命の最前線で

兼子千穂(酪農学園大学獣医学部獣医学科6年)

兼子千穂
 残雪の残る酪農学園大学獣医学部に入学して六度目の春を迎えた.先輩の獣医師国家試験も無事終了し,次は私達の番だという最高学年としての緊張感と,獣医師として仕事に就く将来への自覚がふつふつと漲っている.獣医師として自分が実際どのような仕事に就くかを考える上で,「なぜ獣医学部を選んだのか?」という自問自答は大学生活を過ごす中で何度も繰り返されてきた.
 米農家である私の実家では,毎年この時期になると田植えに必要な苗床をつくるために新しい土が起こされ,自分の家で食べる分の野菜を作るための畑作りが行われる.自分達が食べる米は自分達で作る.自分達が食べる野菜は自分達で作る.私にとっては子どもの頃から見てきた当たり前の光景である.しかし今,日本は食料自給率の低迷や高いフードマイレージ,特定の国に依存するような食品製造の構図などが問題として騒がれている.一方,そのわりには飽食の時代と呼ばれ,毎日多くの残飯が捨てられ,メタボリックシンドロームなど時代を象徴する病気が多発している.日本の国土は肥沃で,地域による適応の差は見られるもののほとんどの地域で食糧を生産することができるが,世界には気候や社会情勢の悪化などの理由により満足に穀物を生産できない地域が多く存在している.そして,そのような環境に生活する人々の多くは,栄養が不足している上に満足のいく医療を受けられない場合が多く,幼くして命を絶たれてしまうことも少なくない.そのような国や地域では,風土や衛生状態の悪さから,新興感染症・再興感染症や人と動物の共通感染症の発生も多数報告され,その蔓延が危惧されている.
 人間が生きるということは,健康な大地で作られた食糧を食べ,病気や死の不安に駆られることなく,太陽と大空の美しい地球の上で,生きがいを持って活き活きと笑って生活することだと思う.地球の上に住む全ての人が,活き活きと生きられる世の中,全ての人が幸せである世の中であって欲しい.広く美しい地球の上で,人間も植物や動物と同じ一つの命として,その命を全うして欲しい.そのために,私は獣医師という幅広い視点から培われた技術をもって,健康な土に育つ穀物,良質のタンパク質を提供してくれる健康な家畜,それを取り巻く環境を生み出すための命のアドバイザーでありたいと願っている.国を越え,地域を越えて生命の根底を成す食糧や家畜それに環境について一生考えていきたいと思っている.
 これからの世紀を担う獣医師は,変化する時代に対応しうる考え方と技術を持ち,未来のニーズに敏感である人材でなければならないと思う.人と動物と自然を繋ぎ,刻々と変化する地球環境や世界の動きを鋭く捉える.世界中の「人が生きる」ということの根本を守るために,私は全ての命の最前線で闘っていきたい.それが,21世紀の地球に生きる獣医師に最も求められている課題だと私は考えている.このために今何を勉強すべきなのか,また将来どんな職種を選択すべきか,私の試行錯誤は続いている.


† 連絡責任者(担当教官): 田村 豊(酪農学園大学獣医学部)
〒069-8501 江別市文京台緑町582
TEL・FAX 011-388-4890
E-mail : tamuray@rakuno.ac.jp