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馬耳東風

 春になると毎年気象庁から桜前線の発表がある.日本各地の桜の開花が何時になるかという予報である.この開花宣言,東京では靖国神社の桜が根拠となる.この靖国神社の桜は元々競馬場の桜であったというからおもしろい.それはともかく,どうして靖国神社の桜が東京の標準木となったのか理由は知らないが,とにかくこの時期必ず話題となる.ところでもう一つ靖国神社が大きな話題となる時期がある.決して4月の春季例大祭の日なんかではなく,毎年8月15日つまり終戦記念日である.この日が近づくと,必ず話題となる.
 このところ総理大臣の参拝は差し控えられているが,参拝すれば公式か非公式かが問題となる.たかが一つの宗教施設にその国の総理大臣が参拝するかしないかがこれほど大きな話題となる国はそうなかろう.私事で恐縮だが,私の父親は太平洋戦争で戦死したので,英霊として靖国神社に祀られている.したがって,靖国神社の拝殿内部で参拝した(させられた?)経験を持っている.子供の頃から,靖国神社は国のために命を捧げた人を祀る神社であると教えられてきた.それ故,敗戦後といえども天皇陛下が国のため殉じた人を祀る靖国神社に参拝されることは当然と思っていた.ところが,昭和50年を最後に天皇は参拝されていない.総理大臣同様アジア諸国政府に対する遠慮かなと思ったが実はそうではなかった.いくつかのマスコミが天皇陛下参拝中止の裏に隠されていた事実を報道した.それらによると,昭和天皇は,太平洋戦争の指導者いわゆるA級戦犯が合祀されたことにいたく不快感を示されたのだという.以後昭和 天皇は参拝を中止されたのだそうだ.平成に入ってからも今上天皇の靖国神社参拝はない.
 そもそも靖国神社は明治維新以降の殉国者の霊を祀る神社である.古いところでは吉田松陰,坂本龍馬,中岡慎太郎,橋本左内,武市半平太らが祭神となっている.ところが,国のためとは言え,結果的に時の政府にたてついた者の霊は除外されている.したがって,明治維新で大活躍をした我が郷土の英雄西郷隆盛は靖国神社には祀られていない.江藤晋平,前原一誠も同様である.また桐野利明をはじめとする薩摩軍すべての兵士も対象外だ.同じく戦没には間違いないが,上野の彰義隊,会津若松の白虎隊の面々も除外されている.もちろん新撰組の連中は神社の対象にならない.いずれもそれぞれの信念で国を思い命を捧げたと思うのだが.これはかわいそうな気がする.変わったところで,明治天皇を追って殉死した乃木希典は戦没ではないという理由で,またロシアのバルチック艦隊を撃滅した東郷平八郎も同様理由で祭神ではない.そして沖縄戦での多くの犠牲者も祀られていない.一方戦後シベリア抑留中に事故死,病死した兵士や,太平洋戦争でA,BC級戦犯として処刑された軍人政治家は英霊となっている.坂本龍馬が英霊であるのに西郷隆盛や東郷平八郎は英霊ではないというのはやはり少々気になる.沖縄で帝国陸軍に必死の思いで協力しながら散っていった命がどうして英霊になれないのだろうか.
  靖国神社には東京の開花宣言の根拠となる桜がある.この桜のように誰もが愛し誰もが認める神社になれないものかと思う.

(子)