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診療室

忘れられない来院動物たち

上原幸久(上原動物病院院長・長野県獣医師会会員)

  私の獣医師としての出発は獣医大学6年制の一期生とし卒業し,母校の近くにある神奈川県相模原市内の動物病院での2年間の代診から始まる.その後,地元長野県佐久市に戻り半年間,父親の病院で診療を学んだのち,そこから6km程離れた場所に貸店舗で開業し,13年半を過ごした.さらに現在の場所に新築移転して早7年が経過している.
 この間私の動物病院での忘れられないエピソードを2つほど紹介したい.
 平成11年9月に交通事故で尾椎骨折,大切な尾を失った猫のことから話したい.事故当時,脊髄神経も痛め,膀胱麻痺を起し圧迫排尿をしなければならない状態であったが,一週間ほど入院の後,飼い主にも圧迫排尿の方法を修得してもらい,退院した.1年3カ月の間は,月2回の通院をされていたが,自宅での圧迫排尿ができないと来院され,通院による排尿介助が始まった.最初の3年間は毎日,その後の3年は週4回のペースで通院されている.膀胱麻痺後8年,排尿障害と向き合っており,私の病院で最も長い症例である.
 土曜日などは,我が家の小学6年生になる娘もこの猫の来院を楽しみに待っている.猫が来ると,一目散にキャリーケースに駆け寄り飼い主と一緒に診療台の上へと抱き上げる.猫は,診療台の上に敷かれたペットシーツの上に横たえると処置が終了するまで,娘が差し入れた手の甲を枕に,右前肢を診療台のへりまで伸ばして爪を引っかけ体を安定させるのである.そして,目をつぶり気持ち良さそうにカテーテル排尿が終わるのを待っている.猫の名を呼ぶと耳だけで返事をしてみたり,「ぼくのこと呼んだの.」といった顔をして横たえた体はそのままに,首から上をこちらに向けて私の顔を見る.動物と心が通ったことを実感する瞬間である.最近は便秘ぎみで排便についても介助する必要が生じてきている.5分程で排尿,排便介助がおわると診療台から降ろしてあげる.すると猫は,自らまっすぐに5mほど離れたキャリーケースへと向うのだが,周りに大きな犬やたくさんの人がいても動じることなく,ゆっくりと余裕ある態度で歩んで行く.興味をもって近寄ってくる犬がいると,一声「シャーッ」と威嚇して,相手の動きを止めてから右前,左前,後肢とゆっくりケースの中に入って丸くなる.この一部始終を見ていた待ち合い室の人たちから「すごーい.」と声があがる.麻痺のある猫がカテーテルを入れても痛がらず静かにしているのも,自らキャリーケースに戻っていくのも,当り前のことなのかもしれないが,しおらしく治療を受け帰って行く姿は,私を含め周りの人たちの心に安らぎを与えてくれているように思う.聞くところによるとこの猫は自宅で,玄関の軒下に巣をつくったツバメのヒナをねらって柱を駆け上がったり,同じようにヒナをねらうヘビと格闘したり,家に入り込んでくるネズミを追いかけたりと,元気に動き回っているようである.
 次にヘビが来院したエピソードを紹介したい.以前鷹の治療で来院された人から「近く,大きなヘビを飼うのだが,危険動物の範疇に入るのでマイクロチップを入れてほしい」との連絡を受けた.早速,環境省の技術マニュアルとDVDを見て,いつ来院されてもいいように準備していた.その後,半年が過ぎ,ヘビのことなど忘れかけていたところへ突然,「明日連れていきたい」とのこと,「いいですよ.」と安請け合いしたものの少し不安になり,もう一度DVDを見て確認をした.
  次の日,大きな上ぶたを厳重にテープで止められた,衣装ケースに詰った物体が運び込まれた.その数3つ.まず最初に少し小さめのボア,コンストリクターから取り掛かった.保定は飼い主と当院女性スタッフ2名のみ.もう一人付き添いの人がいたのだが,どうやら運搬の手伝いのみの約束らしく,遠まきにして見ているだけであった.我が動物病院ベテランスタッフは,恐がりながらもやる気満々.頭部を飼い主が,体をスタッフがおさえている間に素早く総排泄孔を探し,その上部左脇へマイクロチップを挿入.生体接着剤を落とし,外用散剤を噴きかけて完了,2匹目もあっという間に終った.
 最後の一匹は,バーミーズバイソンのアルビノ,体長3mはある大物で,それも脱皮を終えたばかり(ヘビは脱皮の時興奮状態にある)とのこと.飼い主が慎重に衣装ケースのふたをあけ,頭部をコントロールした瞬間,私の合図で皆がヘビに跨がり両手で直径10cm程の体を床に押えつける.強く押えつけすぎると抵抗して回転し,うまい具合に保定できない.30秒ほど格闘の末,少しおとなしくなったのを見計らい一気に押えつけ,ブスッ(穿制),スー(挿入)ポトッ(接着剤)シューッ(外用散剤),絶妙なチームワークで,無事完了.最後にリーダーで挿入後の反応をチェックした.その後,飼い主の計らいで女性スタッフが小さい方のボア,コンストリクターを肩に掛けてもらい記念撮影会となった.色々なことを体験させてくれる飼い主,そして何ともたのもしいスタッフ達である.
 以上2つのエピソードを紹介させていただいた.猫の例のように私の話をよく聞いていただき長きにわたり地道に通院する飼い主,またヘビという特殊な生き物を獣医師である私のもとへ託す飼い主.これまで多くの飼い主,動物たちと出会い,色々なことを学ばせていただいた.これからも多くの出会いと経験を大切に,感謝の心を忘れることなく,飼い主の期待に応えられるよう全力を尽したい.

上 原 幸 久  
  ―略 歴―

1984年 麻布大学卒業
神奈川県相模原市にて勤務獣医師
1986年 長野県佐久市にて上原動物病院を開業
現在に至る
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