会報タイトル画像

馬耳東風

 春はあけぼの.やうやう白くなりゆく山ぎは,……,をかし.ご存じ清少納言の名著,「枕草子」の第一段の文章である.春になると必ず思い出す.
 この場合のをかしは,おもしろくおかしい,笑い出すような意味ではない.いわゆる陽性感情を表す言葉で,結果的には笑みを伴うかもしれないが,枕草子の中ではわろしと対をなしている.続いて読んでいくと,三月,三日はうららとのどかに照りたる.桃の花の……いとをかしきこそ….とくる.
 さてこの枕草子の第九段には「うへに候ふ御猫は……」と猫のについての記載があり,さらに第五二段に,猫は,上の限り黒くて,腹いと白きが良いとされている.なぜそのような猫がよいのか不明であるが,多分高貴なお方が飼われている猫がそのような猫であったに違いない.同じ頃の文学作品「源氏物語」のなかにも猫は出てくる.すでにこの時代にいわゆる家猫がペットとして飼われていた証拠でもある.ただしこのころの猫は放し飼いにはなっていない.もともと古代の日本に猫(家猫)が存在していた形跡はない.仏教の伝来とともに,経文書をネズミの害から守るため中国から経文とともに持ち込まれたというのが定説だ.これはインドから中国へ仏教が伝達されるときの話と同じである.すなわち我が国の猫も,はるばるシルクロードを経てきたわけだ.したがって,源氏物語や枕草子時代には,猫はごくごく貴重な動物であったに違いない.放し飼いにするわけがない.当時の猫にとっては迷惑な話だったであろう.ところが,少々時代が下ると「鳥獣戯画」の猫は繋がれてはいない.しかも現在の日本猫同様,しっぽは短くなっている.どうやら尾の長い猫は嫌われ始めたらしい.しかも江戸時代にかけて猫はよく化けるようになった.その原因は鎌倉時代の随筆「徒然草」に,人を襲って食う“猫股”という妖怪に関する記述があったせいではないかと私は睨んでいる.それ故にと言うべきか,それでもなおと言うべきか,猫を繋いで飼う例が多かったらしい.なぜなら,徳川五代将軍綱吉公が出した有名な「生類憐れみの令」に猫の繋ぎ飼いを禁止する条文があるからだ.すなわち猫の繋ぎ飼いが多かった証拠でもある.
 猫舌は日本語では熱いものが食えない場合の表現だが,ドイツ語でkatzen zunge,フランス語でlangue de chatsは共に有名なお菓子で,前者はチョコレート,後者はクッキーである.お隣の国なのに,その違いの差が面白い.
 相撲の立合いで,相手を驚かす奇襲技に猫だましという手がある.似たような言葉が外国語にあるかどうか寡聞にして知らない.

(子)