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診療室

診療に携る中で最近思うこと

中津 賞(中津動物病院院長・大阪府獣医師会会員)

 大阪堺で開業して以来35年,小動物の診療を主に行ってきた.特に最近診療に携る中で思うことが二つあり,この場を借りて述べさせていただきたい.
 その一つは鳥の診療技術の標準化が進まないことである.私は小学生の頃から趣味としてジュウシマツを飼育して以来,大学時代にはリンゴ箱で作ったケージを天井まで届くくらい何段も重ね,その中に様々な小鳥を飼育する等,長年にわたり小鳥を飼育してきた.そのため小鳥の疾病についても多くの経験を得ていたが,大学における鳥に関する講義は食肉としてのニワトリを除いて,皆無に等しく,ペットとしての鳥類獣医学は卒後に自主的に勉強するしかないのが実情である.
 私は,小鳥の診察で一番大切なことは適確な診断を得て,原因療法を実施するとともに,支持療法も必要不可欠であると考えている.そして何度もこうした鳥の診断治療の技術に対する講演会や講習会で講義を行う機会を与えられてきた.ここで,その際の主な内容を紹介したい.
 鳥の羽毛の微細構造はマジックテープ状のフックである鈎状突起と,それを受け止めるノコギリの歯状の切れ込みを持つ小羽肢からなっている.このため鳥が嘴,あるいは翼を羽ばたくことで容易に鈎状突起が小羽肢に引っかかり,立体構造を形成して,撥水性を維持する.さらに正羽と綿毛では,動かない空気層を皮膚の上に纏い,保温層また断熱層として体温調節に役立てている.こうした羽毛の微細構造と機能を配慮せず,ワセリンを基剤とする軟膏を使用すれば,羽毛の機能が完全に破壊される.このように軟膏の使用は鳥では禁忌であるが,未だに獣医師が飼い主に対して軟膏の塗布を指示するのが現状である.鳥に軟膏を塗る行為は海鳥の重油汚染を医原的に作り上げていることに等しい.ワセリンは羽繕いにつれ,全身の羽毛に拡散し,著しく体温を奪い,肺炎という最悪の状況を引き起こす.これを除去するには台所用洗剤で短時間のうちに徹底的に洗い落とすしかない.しかし,乾燥の過程ではさらに体温は低下する.このように鳥にとっては小さな傷の手当で使用された軟膏のワセリンが,その効果以上に体力の消耗を余儀されなくされることになるため,水溶性の薬剤の使用が不可欠である.もう一つ飼い主に指示してはならないことがある.それは鳴禽類のような短い嘴を持つ鳥では,舌の基部に気管開口部があり,口内に滴下された薬剤は容易に気管に侵入して誤嚥性肺炎を惹起することである.獣医師自身が適確に頭部を保定した上で,経口投与する方法であれば安全だが,飼い主による不安定な保定では誤嚥を生じやすい.外鼻孔から与えた薬剤が出てくる状態は気道に薬剤が侵入したことを端的に物語っている.薬剤を継続して与える必要がある際は,飲水に混和して自由飲水として与えるべきである.
 以上のような医原性の疾患は多く,ニワトリ用総合ビタミン剤のみにより,鳥の治療を行っている獣医師が未だ多数いるような状況である.このような現状を少しでも改善すべく,最近,私の病院では開業獣医師あるいは勤務獣医師に対して,定期,不定期を問わず,無料で研修を行っている.既に数人の獣医師が研鑽を重ねており,今後とも,今まで積み重ねた診断技術のノウハウを公開し,外科的,内科的技術を伝達したいと思っている.
 もう一つの気になっていることは,輸入ペットの野生化である.ペットの鳥に対する診療技術は野生動物の診療にも役立っているが,近年,私の病院でも年間140羽程度の野鳥が大阪府民から持ち込まれるようになった.その中にはペットして輸入されたはずのソウシチョウ,ブンチョウ等の鳥が野生化して繁殖したと思われる個体も含まれている.また皮膚病のハリネズミの40%から本邦では未確認であった新種の真菌が検出されたという報告もある.そして,これらハリネズミも野生下で繁殖している.その他マングースによるヤンバルクイナの捕食,カミツキガメの野外での繁殖,クワガタの日本在来種との交雑種の出現,カエルのツボカビ症,アライグマによる農業被害や野鳥の卵の捕食等外来野生動物による被害は枚挙にいとまがない.日本人はテレビ等で取り上げられた野生動物に飛びつく傾向があり,飼育できなくなったり,飽きたりするとすぐに野に放してしまう.その結果,このような有様となっている.最近私は日本野生動物医学会の野生動物保護委員会の運営の任についているが,こうしたペットとして輸入される野生動物を大幅に規制することができないか検討し,提言したいと考えている.ペットとしての外来野生動物の輸入規制は,これらの動物とともに持ち込まれる感染症の侵入阻止に最も効果的な方法であり,一方では野生動物を輸出する国の固有種を保全する事にも繋がる.このような対策が遅れると多大な経済的負担をもっても制御できなくなるという事態に陥ることを過去の多数の例が示しているように,日本在来の野生動物の保全のためにも早急に規制に着手する必要がある.動物を飼いたい時には犬や猫,セキセイインコやブンチョウといったペットとして長い歴史を持っている動物に限ると良い.こうした動物は獣医学的に適切に対処でき,安心して飼育できるからである.
 以上,これまで述べた二つの課題については,診療に携る傍ら,今後,少しでも良い方向へ進むよう微力ながら取り組みを続けたいと考えている.


中津 賞  
―略 歴―

1965年 獣医師資格取得
1971年 獣医学博士号を授与される
1973年 堺市で中津動物病院開業


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