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 2 対策の私案
 以上が報告書の内容であるが,産業動物診療獣医師と公衆衛生獣医師が不足する原因とその対策として,以下の3点が挙げられる.
 (1)獣医学教育の改善
 日本の畜産業の将来には明るい展望が見えないことが産業動物診療獣医師の不足に大きな影響を与えていることは事実であろう.しかし,産業動物診療獣医師は畜産業のためだけに存在するのでははく,公衆衛生獣医師とともに食品の安全と人獣共通伝染病の防除という極めて重要な役割を果たしている事実が国民にも獣医学を学ぶ学生にさえも十分に認識されていないこともその要因であろう.そして,その原因は獣医学教育の制度にある.
 獣医学教育の欠陥は関係者が等しく認識するところであるが,その対策は遅々として進んでいない.最大の問題は教員数の不足であり,全国大学獣医学関係代表者協議会が定めた標準的カリキュラムの実施が可能である大学は少ない.その結果,一部の教科や実習については十分な教育が行われていない.その典型が産業動物臨床教育であり,公衆衛生教育である.現場をよく知り,その重要性を学生に伝える教員がほとんどいない現状では,学生が産業動物臨床や公衆衛生分野に夢を見出すことができないのは当然のことであろう.
 したがって,対策の第一は獣医学教育の抜本的な改善である.各大学において実施が難しい実地教育については外部の産業動物診療関係機関との連携によりこれを実施する等の努力が求められる.たとえば東京大学においては佐々木教授の努力でこのような実地協力が行われ,その中から産業動物臨床分野に職も求める学生が出ているという.
 最近,文部科学省は大学間の協力により共通の学部新設を可能とする制度を発足させるが,全国大学獣医学関係代表者協議会ではこれを利用して新たな獣医学部を設置する方向を模索している.このような試みが成功すれば,教育の質の大幅な向上が期待できよう.
 さらに,文部科学省は各学問分野の教育の充実を目指して,学協会等関係団体の参画・協力を得て分野別評価を促進することを計画している.獣医学分野の評価については日本獣医師会が設置した委員会から外部評価委員会設置の報告書が提出されているが,今後はその実施に向けた動きを加速するとともに,平成16年から導入された認証評価制度に準拠する正式の評価機関を目指すことも必要であろう.
 国家試験に産業動物臨床や公衆衛生関係の問題が十分に出題されていないことが,大学において十分な教育が行われていない現状を容認しているという指摘がある.この点は早急な改善が必要である.
 (2)待遇の改善
 次に指摘しなくてはならないことは,職域間の処遇の違いである.小動物臨床に従事する獣医師と産業動物臨床あるいは公衆衛生分野に従事する獣医師とでは,その収入に大きな差があることは事実である.また前者の多くが個人開業の形態を取るのに比べて,後者の大部分は地方公共団体等の勤務者である.このような違いが卒業生の就職動向に影響を与えていることも無視できない.
 その対策としては産業動物診療獣医師の待遇改善が重要であるが,それだけでは不十分である.その仕事の意義,すなわち国民の健康を守る重要な役割を果たしていることを獣医学教育の中で十分に理解させることが必要であろう.
 (3)その他の対策
 最後に,獣医師免許取得者の中で獣医事に従事していない者を再教育等により産業動物臨床へ誘導する方策も検討すべきであろう.産業動物診療獣医師の不足が獣医師の活動分野間の偏在である以上,獣医科大学の入学定員の増加が有効な対策になるとは考えにくい.しかし,これらの対策をすべて行った上で,さらに必要であれば,入学定員の変更にも検討の余地を残しておくことも考慮の余地があろう.

 


† 連絡責任者: 唐木英明
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