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診療室

Goin' where the wind blows
(地域獣医療はどこへ行く)

真下忠久(舞鶴動物医療センター院長・京都府獣医師会会員)

 私が獣医師として臨床に携り,早15年が経過した.その間所属病院,勤務地,また立場も変わり,振り返るとずいぶんさまざまな状況を経験させていただいたように思う.現在,日本海に面した基地と造船とガラス工業で栄えたこの街,舞鶴で,7年間地域に密着した診療を続けさせていただいている.無我夢中のその間,獣医療はますます発展を続け,都市には企業やグループによるセンター病院や夜間病院が設立された.また大学病院も,その名前のとおり人員,設備,診療内容の充実が著しく,加えて二次診療施設や画像診断センターもずいぶん一般的になってきたように感じられる.かく言う京都にも,獣医学系大学はないものの,夜間病院およびMRI画像診断センターが設立され,近畿中央部の二次診療の重要な役割を担っている.21世紀の現在,都市周辺の獣医療はこれらの出現により,役割分担は徐々に明確になりつつある.この結果,大都市では一次医療機関で予防医療や一般診療がなされ,必要である場合には外部の画像診断センターなどに検査を依頼,さらに大学病院において脳外科や心臓外科を受けることが可能である.しかしこのような地域は現在,東京や大阪などの大都市,その近郊に限定されており,今後,このような形態が全国に拡大するかは疑問である.
 中小の地方都市に目を向けると,近年,様々な分野で研修,研鑽を重ねた専門性の高い獣医師や明確なコンセプトを持った病院が存在するようになり,また増加傾向にあると思われる.二次診療施設や大学病院に恵まれない地域であっても,例えば心臓血管系に強い病院,整形外科の得意な病院との分業や,連携が形成されつつあるのではないだろうか.振り返って,私が開業している日本海側の地域でも,このような医療形態が形成されれば現状よりはるかに地域の動物,飼い主,そしてわれわれ獣医師にとっても有益だろうと思う.
 そもそも「首都圏の人口集中」が指摘され久しく,同様に新卒「獣医師の地域偏在」は,ここ数年明らかな現象として認識されている.言い換えると,二次医療機関が多い地域に新卒獣医師が集中する.そして,このことが近い将来,都市部と地方の間に明らかな医療格差を生じる原因になるのではなかろうかと危惧を感じるのである.地方においても,先輩先生方の地道な努力の結果,または着実な実績を積み重ねてこられた結果,いわゆる大病院が,一時代前から一定数存在することは事実である.しかしながら,我が国の臨床獣医学において重要な役割を果たしてきたこれら大病院にさえおいても,新卒獣医師,勤務獣医師が集まらないという現実が,私の周囲では顕著に認められる(私の病院は前述の大病院の範疇には入らないが,また然りである).この問題については,以前「福井県敦賀市の現状」についての記述を,当欄で拝見したことを思い出す.そこでは,「地方の病院において新卒獣医師,勤務獣医師を確保することの困難さが,30年に一度の確率」という数字の記載があげられていた.これは単純な確率論ではあるが,どうも時代はそのような流れになっているのではないのかと共感する.例えばこの問題を解決するため,医局制度のように人的資源をなかば強制的に地方に振り向けるなどということは,非現実的であろう.
 さてこのような状況で,病院の独自性を打ち出すために私が取り組んでいることは,CTの導入や積極的な学会活動などである.しかしながら,これらの努力が獣医師確保に繋がっているかといえば,決して有効な結果が得られているとは言い難い現状である.とくにCTを導入してからは,導入以前に比べより積極的に手術,治療が行えるようになったと手応えを感じている.しかしながら,手術や処置はもとより術後管理,入院看護などでますます獣医師及びスタッフが必要となってしまった.ジレンマである.
 このようなジレンマの中,獣医師不足を打破し,より水準の高い獣医療を維持するためには「チーム獣医療」を構築・標準化する必要があるのではないのかと最近考えるようになってきた.最近耳にするこの用語は,医療における医師不足を補うあるいは解決するために,看護士,各職種技師,医療事務関係者まで含めたスタッフが,チームとして仕事を全うしていこうという日本学術会議医療制度分科会の提案した「チーム医療」から拝借したものと考えられる.具体的には,獣医師は獣医師でしか行えない業務に専念し,看護士はそのサポート役と動物の看護および飼い主との間のパイプ役を,高度にコンピュータ化されたME関連も増加している現在では,臨床検査技師の存在価値も高い.さらに動物看護士でなくてもよい仕事は,ハウスキーパーや事務員などに分業するなどである.かのドラッカーも,「責任を分担した完全な分業により病院内部の士気と仕事の効率が劇的に向上した」事例を述べている.このように考えていくと,地方における獣医師不足を解決するためには,獣医師個々の研鑽と努力は当然であるが,対応策は無くはない.ただしこれにも,法律による動物看護士の社会的身分や業務内容の規定が大前提である.
 しかしながら,今後も勤務獣医師の充足している地域が大都市部と大学病院の存在する地域に限定され,さらにその技術と経験が人の流れとともに「東京一極集中」するのであれば,これらの努力を行ったとしても,今後ますます獣医療の格差は広がっていくのではないだろうか.現在のところ,私たち地方在住の獣医師にできるささやかなこととしては,在学生や新卒獣医師に対し都市部の便利さを補って余りある地方の魅力,例えば飼い主との深い関わりを持った全人的な獣医療や地方の生活の豊かさなどを伝えることと考える.この拙文が,問題解決の一助あるいは始まりになればと切に念じるところである.


真下忠久  
―略 歴―

1968年 大阪府枚方市に生まれる
1994年 北海道大学獣医学部卒業
  同大学院獣医学研究科所属
1996年 岡山県の動物病院にて勤務
2001年 舞鶴キャドック動物病院開設
2003年 舞鶴動物医療センターとして移転開設


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