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解説・報告

農場管理獣医師協会について(その1)
獣医師による食肉の第三者認証システム

北村直人(日本獣医師会顧問)

先生写真 1 は じ め に
 平成17年の初秋,埼玉県下の産業動物診療獣医師三名から表題についての陳情要請を受けた.食の安心・安全に対して消費者の関心がますます高まるなか,農場と獣医師が連携して生産段階における安心・安全を管理する.さらに第三者がそれを認証し,消費者に安心・安全の畜産物を提供するというシステムに関して国内で初めての獣医師の組織を作りたいという趣旨である.
 我々獣医師は,これまで生産現場では十分に職責を全うし,大きな貢献をしてきているが,安心・安全のカギを握る立場にあるものとして,消費者に対する視点が希薄であったことは否めない.このような反省も踏まえ,獣医師の新たな取り組みとして,最終的に日本獣医師会の事業へ繋がることを前提としながら検討協議に入った.

 2 農場管理獣医師協会の概要
 平成19年5月10日に埼玉県本庄市の恂{庄国際リサーチパーク研究推進機構において,埼玉県内の関係行政機関,獣医師会,畜産会,NOSAI,生産者組織及び流通業者等の来賓を招いて農場管理獣医師協会(農獣協=FMVA)の設立総会が行われた.
 消費者に目を向けた獣医師の組織は国内初であり,最終的に日本獣医師会に移行し全国的な発展を目指している.

(1)理念と目的
 近年わが国では口蹄疫,BSE,鳥インフルエンザの発生や食品の偽装表示,大規模な食中毒事件等により,消費者から畜産物への“安心・安全”が求められている.
 このようなことから国は「牛の個体識別の情報の管理及び伝達に関する特別措置法」(通称“牛肉トレサビ法”)を施行し,JAS制度のなかの特定JAS規格に食肉(生産情報公表牛肉,生産情報公表豚肉)の規格を追加しており,また直近では食品衛生法によりポジティブリスト制度が施行された.
 畜産の現場では過度な利益追求がもたらしている弊害が指摘され,極限に来た拡大再生産型の畜産のあり方に疑問を呈し,環境に配慮し,低投入で,しかも人も動物も健康で快適に生活できるような畜産を目指す動きも出てきている.
 獣医師法第1条に獣医師の任務として,飼育動物に関する診療及び保健衛生の指導その他の獣医事をつかさどることによって,動物に関する保健衛生の向上及び畜産業の発達を図り,あわせて公衆衛生の向上に寄与するものとする,と記されている.
 生産情報公表牛(豚)肉では動物用医薬品の使用歴,飼料の給与歴の公開を規定しているが,動物用医薬品の使用や指示書の発行は獣医師の専権事項のはずであるにもかかわらず,ここに獣医師の関与の規定がない.
 我々は動物用医薬品の使用や指示書の厳格な発行と適正な使用,安全の証明された飼料の給与や健康的な飼育方法等農場の管理全般について助言,指導する役割を積極的に担う事が必要である.
 農場管理獣医師協会は消費者に畜産物の“安心・安全”を提供する視点から,コンプライアンスを重視し,生産者,消費者,動物,環境及び地域社会との共存を理念として掲げ,(社) 日本獣医師会,行政及び関係各機関と連携し会員相互の情報を共有,交換することを目的としている.
(2)実施する事業
 農獣協の事業として以下のものがある.
  1. 会員獣医師関与農場の飼育管理状況及び蓄積する情報に対する会員相互による検証事業
  2. 会員関与農場由来畜産物の小売業者における店頭表示の監視員による検証事業
  3. 当協会規定に基づく農場認証並びに個体認証事業
  4. 会員相互の交流と学術研鑽の場を提供する事業
  5. 会員獣医師の動物用医薬品指示書発行に関する事業
  6. その他,目的を達成するための広報活動等の事業等
(3)会員及び人事
 正会員として入会するものは日本獣医師会の構成獣医師でなければならない.
 賛助会員は農獣協の理念に賛同するもので,役員会で承認されなければならない.
 正会員:埼玉県内を中心に産業動物獣医師 15名
 賛助会員:動物薬メーカー,ディーラー,飼料メーカー,コンピュターシステム会社他 7社
 役 員:会 長 北村 直人(日本獣医師会顧問)
      副会長 今井賢太郎(今井家畜診療所所長)
      理 事 川田 隆作(川田獣医科医院院長)
      監 事 門倉 千速(門倉獣医科医院)
      相談役 五十嵐幸男(日本獣医師会顧問)
      相談役 門倉 武雄(門倉獣医科医院院長)
(4)初年度の事業計画
 初年度は組織体制,活動方針を確立することに重点を置き以下の事業等を行う.
  1. 飼育管理マニュアル,店頭監視マニュアル,関与農場相互監視マニュアル等を策定
  2. 日本獣医師会との協議,地方獣医師会及び産業動物獣医師への啓発普及方法等の検討
  3. マスコミ,HP対策,消費者団体への啓発等の検討
  4. 食肉生産情報認証システム事業の展開(今秋,初めての認証牛の出荷実現)
 農場管理獣医師協会の展開する食肉生産情報認証システム事業の特徴等については次回の会誌に報告するが,日本獣医師会では,職域部会の一つである産業動物臨床部会(部会長:近藤信雄岐阜県獣医師会会長)に「食の安全を担う産業動物臨床検討委員会」を設置し,「食の安全確保のための畜産工程管理と産業動物臨床の方向―いわゆる生産農場管理獣医師制について―」をテーマとして農場管理獣医師制度が検討される予定である.慎重な審議がなされた上で,一日も早く,日本獣医師会が自らの事業としてこのシステムに取り組む時期が来ることを期待したい.

 3 お わ り に
 畜産物の安心・安全を消費者に届けるためには多くの関係者が理念をひとつにし,実践することが必要である.関係法令を守り,コンプライアンスを重視することは言うまでもないが,そのうえで農場は地球環境,家畜の福祉(Animal Welfare),農業生産工程管理手法(GAP手法=Good Agricultural Practice)等を考慮して家畜の管理にあたること,獣医師は動物医薬品の適正使用や給与飼料の安全性に目を配り,正確な情報の蓄積につとめること,また流通業者には品質管理の徹底と厳正な食品表示を求めなければならない.
 食品の安全については国が法律により保証しているが,消費者に安心を提供するには,このような取組みをアピールして理解してもらうことが必要である.
 以上,農場管理獣医師協会の概要を記した.これをキャッチコピー風に言えば「獣医師が安心の絆を農場から消費者へ」ということである.しかし,これに取り組んでも牛肉が高く売れると言う保障は残念ながら今のところない.今後の畜産経営の姿勢として経営を追求する前に消費者の信頼に足る行動をとることが重要であることは昨今の世情を見れば明らかである.冒頭に記した理念に賛同し,行動する畜産農家,産業動物獣医師が多数参加してくれることを念じてやまない.
(次号に続く)

 


† 連絡責任者: 北村直人(日本獣医師会)
〒107-0062 港区南青山1-1-1
TEL 03-3475-1601 FAX 03-3475-1604