4 持続感染牛を摘発淘汰せよ 妊娠牛にBVDウイルスが感染し,ウイルスが胎仔にまで達すると,仔牛はBVDウイルスに持続的に感染した牛(持続感染牛)として産まれることがある.これは胎仔の免疫能が形成される時期(胎齢80〜120日)にウイルスが感染したために,産まれてくる仔牛はBVDウイルスに対して免疫寛容となり,ウイルスを自己と認識してしまうためである.そのため持続感染牛は,あたかも自分の体の一部としてBVDウイルスを生涯体内で産生し,鼻汁,乳汁,尿,糞便中に排泄してしまう.つまり持続感染牛は生涯,BVDウイルスを体外にばらまき散らし,牛群内の汚染源となる(図1).持続感染牛の治療法はなく,致死的な粘膜病に移行する予備軍であることから,速やかに淘汰するしか方法はない. 野外の持続感染牛の多くは,表1に挙げる臨床症状を示すことにより飼養者や獣医師に発見される.その診断にはウイルス学的な検査が必須であるので,疑いがある場合には必ず最寄りの家畜保健衛生所に相談する.持続感染牛と診断された場合,当該牛は速やかに淘汰する.さらに,1頭の持続感染牛が農場で発見された場合,同居牛検査を徹底して行い,潜在的な持続感染牛を見つけ,淘汰しなければならない.同居牛から持続感染牛が摘発される場合,その多くがBVDに特徴的な臨床症状を示すことなく一見健康そうに見える.しかしこの牛も日々大量のウイルスを排泄しており,この牛が牛群に存在することにより繁殖障害や発育不良等の生産性の低下の原因となるので,速やかに淘汰しなければならない.
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5 ワクチンによる予防 BVDに対するワクチンには,[1]細菌やマイコプラズマ等が関与し引き起こされる牛呼吸器複合病(BRDC)の一次要因となりうるBVDウイルスの集団的急性感染を防ぐことと,[2]妊娠牛がBVDウイルスに暴露されても流産や持続感染牛産出の原因である胎盤感染を防ぐことが期待される.ワクチン接種は上記の[1]及び[2]を100%保証することはできないが,適切な使用によりそれを最大限に高めることはできる.BVDのワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンが存在する.使用にあたっては下記に示す生及び不活化ワクチンの特徴を理解し,適切なワクチン接種を継続して行わなければならない. 生ワクチンは単回投与で高い免疫効果が長期間期待できる.しかし,生ワクチンを妊娠牛に接種すると持続感染牛の産出や流産を引き起こすので,使用には細心の注意を払う必要がある.国内では1型の抗原のみが含まれた生ワクチンが販売されている.1型と2型のウイルスは抗原性が異なるため,1型のウイルス抗原のみの生ワクチンでは2型BVDを完全には予防できない.今後,1型と2型両方の抗原が含まれる生ワクチンが開発・販売されることを望む. 不活化ワクチンは抗原が安定であり,また妊娠の有無を気にせずに接種可能なので,取り扱いが比較的容易である.また,国内で販売されている不活化ワクチンには1型と2型の抗原両方が含まれている.しかし,不活化ワクチンの免疫賦与能は生ワクチンのそれよりも低く,また免疫持続期間は短いので,複数回接種しないと高い免疫効果が期待できない. 現在北海道の道東地域では,自営防疫組織や北海道獣医師会根室支部が中心となってワクチンの全頭接種を進めている.ワクチン接種の継続により,BVDの発生は格段に減少すると期待される.今後の現場からの報告を注視していきたい. |
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6 BVDの撲滅は可能か これまで述べてきたようにBVDをコントロールするためには持続感染牛の摘発淘汰が鍵である.BVDの撲滅計画を進めている諸外国では,ワクチン接種を中止し,摘発淘汰を推進している.北欧諸国等国レベルで撲滅計画を積極的に進めている国々では,この方針を遂行することによりBVD撲滅の最終段階にたどり着いている. しかし,BVDの撲滅対策が国レベルで推進される段階に至っていないわが国では,本病に対する農家・獣医師の意識にも温度差がある.さらに,持続感染牛の淘汰に対する補償制度も整っていないことを考えると,持続感染牛の出生数を減らすためのワクチン接種が重要である.その上で,生まれてしまった持続感染牛の摘発淘汰を進めていく必要がある.これらの積み重ねによりBVDの清浄化は進むが,国や地域レベルで撲滅を達成するためには,この取り組みに全農家の参加を義務づけるような枠組みを整備する必要がある. |
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7 お わ り に ウイルスをばらまく持続感染牛が中心となって,今現在も全国の農場でBVDによる生産性の低下が引き起こされている.BVD対策は国や地域レベルに任せていれば解決する問題ではなく,各農場における [1]バイオセキュリティーの徹底 [2]早期発見・早期診断 [3]ワクチンによる予防の意識を高めることがまず重要である.BVD含む全ての牛の感染症の被害を最小限にするためにも,飼養者,獣医師及び関係機関のたゆまぬ努力が求められている(表2).
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(注) 本稿の執筆にあたっては,動物衛生研究所 村上賢二先生,同 亀山健一郎先生,北海道根室家畜保健衛生所 斎野 仁先生,北海道日高家畜保健衛生所 浅野明弘先生,石川県南部家畜保健衛生所 長井 誠先生,日本獣医生命科学大学 青木博史先生,動物医薬品検査所 小佐々隆志先生からご意見,ご助言をいただきました.この場を借りて御礼申し上げます. |
† 連絡責任者: | 迫田義博(北海道大学大学院獣医学研究科微生物学教室) 〒060-0818 札幌市北区北18条西9 TEL・FAX 011-706-5208 E-mail : sakoda@vetmed.hokudai.ac.jp |