会報タイトル画像


行事等報告

第24回世界牛病学会(フランス)の概要

中尾敏彦(山口大学農学部教授・世界牛病学会理事)

先生写真 牛の獣医学に関する最大の国際学会である世界牛病学会の第24回大会が,2006年10月にフランスで開催された.世界牛病学会は,31の正式加盟国(国内に牛病学会あるいはそれに相当する組織を持つ国)と53の準加盟国からなり,世界獣医学会(WVA)傘下でも,最も大きい学会の一つである.日本は,1988年に正式加盟しており,日本産業動物獣医学会の世界牛病部会が日本牛病学会に相当する組織となっている(本誌,59巻10号,635〜637).世界牛病学会は,2年に一度,ヨーロッパとヨーロッパ以外の地域で,交互に開催されるのが慣例となっている.因みに,2000年はウルグアイ,2002年はドイツ,2004年はカナダ,そして,2006年はフランスで開催された.2008年は,当初,開催希望国がなかったため,事務局担当国であるハンガリーで開催されることになった.学会への参加者は,過去10年間でみると,概ね50カ国から2,000人程度である.今回の学会は,世界屈指のリゾート地として知られる南仏のニースで,66カ国から過去最高の3,150人の参加者を集めて開催された.学会正式登録者は2,315人で,他に,学生が194人,同伴者が175人,展示企業関係者が466人であった.正式参加者が多かったのは,フランス(484人),ドイツ(217人),イタリア(200人),英国(139人),米国(135人),ベルギー(134人),スペイン(108人),オランダ(90人)などで,アジアでは,イラン(59人)が最も多く,次いで,日本(22人),韓国(7人),パキスタン(3人),中国(2人),インド(2人),タイ(1人)であった.日本からは,正式参加者22名の他,同伴者などを加えて,総勢31名が参加した.
 学会は,個体診療,集団診療とハードヘルス,畜産物の安全性など,大きく5つのセッションに分けられ,合計,52の基調講演(招待講演),220の口頭発表,そして,632のポスター発表が行われた.この他に,さらに,3つのワークショップ,製薬会社主催の5つのシンポジウムと,3つのフォーラムが行われた.また,今回の学会に合わせて,ヨーロッパの牛の臨床獣医学分野の卒後教育機関であるEuropean College of Bovine Health Management(ECBHM)の年次学会も開催された.日本からの発表は,口頭発表が2題(永幡 肇,酪農学園大;中尾敏彦,山口大)とポスター発表が8題(田島誉士,北海道大;吉田智佳子,新潟大;山田恭嗣,根室地区NOSAI;木田克弥,帯広大;河合一洋,十勝NOSAI;柄 武志,鳥取大;矢追博美,矢追医院;畠中みどり,兵庫NOSAI)であった.筆者は,主に繁殖関係のセッションに参加したが,基調講演はもとより,一般発表においても,一流の研究者によるすばらしい講演が行われた.どの会場も盛況で,特に,微量要素と繁殖の関係についてのセッションでは,会場がやや小さかったこともあるが,開始の5〜10分前に,満席となり,その後押し寄せた多くの参加者が入場できなくなるほどであった.ポスターも興味をひく充実した内容のものが多く,多くの参加者が,ポスター発表者と熱心に質疑応答を行っていた(図1).
図1 ポスター発表において参加者と質疑応答中の新潟大学吉田助手
図1 ポスター発表において参加者と質疑応答中の新潟大学吉田助手
なお,本学会の基調講演をまとめた冊子と一般発表の要旨のCD-ROMは,学会組織員会(buiatrie@wanadoo.fr)から,購入可能である.
 学会期間中に,理事会,理事と各国代表の合同委員会,総会が開催された.日本からの代表としては,理事である筆者が,今回の参加者の中で,比較的よくこの学会に出席している酪農学園大の永幡教授と根室地区NOSAIの山田獣医師に出席を依頼した.主な報告・協議事項は次のとおりである.
(1)ハノーバーで開催された第23回世界牛病学会の組織委員会から,4万ユーロ(約600万円)が,世界牛病学会に寄付された.この資金は,若手獣医師の本学会への参加費用助成,学会のウェブサイトの充実などに活用される.
(2)世界牛病学会に,アイルランド,クロアチア,イスラエルの3カ国が正式に加盟した.
(3)第25回学会は,2008年7月6日〜11日,ハンガリーのブダペストで開催される(www.XXVwbc2008.com).また,本学会に引き続いて,7月13日〜17日まで,4年に1度の国際家畜繁殖学会が開催される(www.icar2008.org).
(4)第26回学会(2010年)は,チリのサンチャゴで,また,第27回学会は,ポルトガルのリスボンで,それぞれ開催される予定である.
(5)第28回学会の開催希望国は,2008年4月までに応募書類を事務局に提出すること.
(6)理事であったDr. J. Jarett(米国)の死去に伴い,理事の補充が行われ,新理事にエジプトのDr. A. El-Sebaieが選出された.なお,米国代表のDr. G. Riddel(AABP常任副会長)を理事会のオブザーバーとすることとした.
(7)Abstractが口頭発表として受理された若手研究者の中で,特に優れた者を対象に,参加費相当の助成を行う制度を,2008年の25回学会から実施する.
(8)J. Espinasse(元世界牛病学会会長,フランス)記念学術賞が,IBRの予防に関する最新の研究により,ベルギーのDr. Benoit Muylkensに授与された.
(9)G. Rosenberger(元ハノーバー獣医科大学牛病学教授)記念奨励賞(開発途上国等の若手獣医師にハノーバー獣医科大学などで研修の機会を与えるために1982年に創設されたもの)が,ウクライナのDr. V. Dubinskyyに授与された.受賞者は,この資金により2年間,ハノーバーで牛病学の研究を行うことになっている.
 今回の世界牛病学会は,ヨーロッパが牛の獣医学の中心であることを再認識させるものであった.学会の運営を行う理事会の構成も,ヨーロッパ中心であり,ヨーロッパからの理事の多くは,2003年に設立されたヨーロッパ牛健康管理専門医組織(ECBHM)の役員を兼ねている.このECBHMと世界牛病学会の連携により,ヨーロッパにおける牛の獣医学研究と獣医療のレベルアップが行われている.一方,米国の牛臨床獣医学会(AABP)も,毎年の年次学会に,北米だけでなく,南米やヨーロッパなども含めて,1,000人以上の参加者を集め,国際学会に匹敵する内容の充実した卒後教育の機会を提供している.このAABPとヨーロッパのECBHMと世界牛病学会が連携して,欧米だけでなく,広く,アジア,アフリカ,南米などを含めた,文字通り世界の牛の獣医学と獣医療の発展を担うことが,今後の重要な課題であろう.わが国で牛獣医療に携わる獣医師も,このような欧米のダイナミックな動きに遅れることなく,卒後教育の場を世界に求めて,積極的に行動することが必要であろう.



† 連絡責任者: 中尾敏彦(山口大学農学部獣医学科家畜臨床繁殖学講座)
〒753-8515 山口市大字吉田1677-1
TEL ・FAX 083-933-5935 E-mail : tnakao@yamaguchi-u.ac.jp