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診療室

ボランティア診療を通じて学んだこと

杉本寿彦(杉本獣医科病院院長・愛知県獣医師会会員)

 大学進学は,家業を継ぐため,経済学部に進むつもりでいたが,高校3年の夏,学校の廊下に貼ってあった獣医学系大学のポスターを見て,突然これだ!! とひらめいて,その足で「獣医学科に変更します」と職員室に言いに行き,進路指導の教師を大いに慌てさせた.
 親も初めは反対したものの,好きな道に進むのもまた良しと許しを得た.そんな私も獣医師になり,開業して26年目を迎える.
 “動物好き”から“獣医師”になり,ペット,動物そして命に対する価値観が大きく変わった.
 私の病院は愛知県下の比較的自然の残る地域にあるため,時として,傷ついた野生動物が運び込まれる.
 幸いにして,完治し,野生復帰がかなう動物がいる一方,治療の甲斐無く助けることのできなかった命もある.しかし本当に困るのは,何とか一命を取り留めたものの,野生復帰がかなわない動物達である.
 本来自然復帰できない動物は,安楽殺処置も止むを得ないと頭では理解しているものの,懸命に治療し,やっと元気を取り戻した姿をみれば,その決断も鈍る.
 かくして,長期リハビリ中で院内放し飼い(患者と接触のないスペースで)のタヌキ,猫と暮らすハクビシン,毎日多量のコオロギを要求するうまく飛べないコノハズク,その他ツバメ,メジロ,ヒヨドリ……保護療養中の居候が絶えることはない.
 しかし,個人の病院でできることには限りがある.
愛知県下にも野生動物保護管理センターの設立を切望すると共に,私たち開業獣医師に野生動物を持ち込まれたときのマニュアルを獣医師会で整備する必要性を感じている.
 動物達を取り巻く環境も昔とは大きく変わり,ワシントン条約による,希少動物輸入の規制,特定外来生物被害防止法による,動物の輸入飼養の制限などようやく法的な整備が整いつつあるが,二酸化炭素の削減問題と同じように,無知による過去の過ちを取り返すには今後多大な努力が必要になるだろう.
 私も微力ながら,野生動物の保護,自然環境保全のために開業獣医師としてできることを考えていきたいと思う.
 また,ここ数年,獣医師会の事業として学校飼育動物の支援活動を行ってきた.
 開業の獣医師なら誰もが経験することかと思うが,私も初めは学校で動物を飼育することに疑問を感じていた.
 情操教育のために飼育していると言うが,劣悪な環境で,病気の動物を放置することは子供達に悪影響しかないのではないか,それなら動物を飼育しない方がよほど教育的ではないかと.
 しかし,学校とのつきあいを通じ,ふれあい教室などに行った際,子供達が動物とふれあった時の目の輝きを見て,自分の子供の頃を思い出していた.
 テレビゲーム,携帯,インターネットなど無機質でバーチャルな世界に生きる子供達にとって,小さい頃に動物とふれあう体験の大切さを知り,子供達から動物を取り上げてはいけないと強く感じた.そして今まで学校側の事情に目を向けず,批判はすれど救いの手を述べず,放置していた我々獣医師の責任の重さも理解した.
 本業の日々の診察に追われる身ではあるが,野生動物の保護活動の推進,子供と動物のための学校動物の飼育支援活動など,自分のできる範囲で,そして開業獣医師としての立場で,社会と関わっていければ幸せだと思っている.

杉本寿彦  
―略 歴―

1978年 北里大学獣医畜産学部獣医学科卒
  東京都内の動物病院にて勤務
1980年 北里大学家畜病院研修生
1981年 杉本獣医科病院開業
現在に至る


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