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論 説

リスクと家畜衛生

姫田 尚(農林水産省消費・安全局動物衛生課課長)

先生写真 今年は,高病原性鳥インフルエンザで始まり全国的に畜舎や鶏舎の消毒や防鳥ネットなどの野鳥・小動物の侵入防止対策に関心が集まった.この中で,生産者の方々からまじめに衛生対策を行っていても,いつ感染するか判らない高病原性鳥インフルエンザに絶対安全な対策を作って欲しいとの要望が強い.
 また,鳥インフルエンザの感染経路究明チームの報告によると防鳥ネットのわずかな隙間から野鳥や小動物が侵入していた可能性が指摘されている.鳥インフルエンザを防ぐには,踏み込み消毒槽の設置や衣服の交換などの日常の衛生管理に加え,外部からの野鳥や小動物の侵入を防止する防鳥ネットなどの整備が欠かせない.
 このような地道な対策を着実に実施することにより,鳥インフルエンザを100%防ぐことは不可能で感染リスクをゼロにすることはできないものの,感染リスクを限りなく低減することができるのである.また,万が一感染した場合には,早期発見により被害を最小限にするとともに,国や自治体対策に加え互助基金への加入によりさらに経営リスクを下げることができるのである.
 食品の安全性についても,いかにその安全性を高めるかが重要であり,完全に安全な食品はあり得ないのである.例えば食塩や,ビタミンAやEといった脂溶性ビタミンなどは体に必要な物質であるが過剰に摂取すると有害な物質になってしまうのである.病原体や化学物質は全くゼロにしなくても一定水準以下に減少させることにより安全性は確保されるのである.また,ほとんど全ての物質について,現在の技術で検査により存在しないことを証明できるものはない.
 BSEについては,牛における発生も1992年には3万7千頭であったものが肉骨粉の牛への給与禁止などの飼料規制の効果により2006年には329頭と大幅に減少し,人の VCJDは世界で180人程度の発症にとどまっているにも関わらず,潜伏期間が長いこと,病状が進行し致死率が高いことなどから関心が高い疾病である.
 これに対して,一部のオピニオンリーダーはゼロリスクを念頭に置いた議論を展開している.1990年代の高濃度に感染していた状況でも,特定危険部位を取り除くことでリスクが大幅に下がることが確かめられていたが,現在においては,感染率が著しく低くなっており,我が国では特定危険部位を的確に取り除くこと,検査によって感染が確認できる月齢の高い牛についてBSE検査を実施することによって極めてリスクを下げる措置が行われている.ただ,BSE検査を実施し,結果がネガティブであったからと言って全く異常プリオンが含まれていないという証明にはならないのである.重要なのは,実際に人や牛への感染リスクを限りなく引き下げることである.○○産の牛肉はBSE検査を全頭しているから安全です.果たしてそうか? O-157の感染検査はしたか? カンピロバクターは? アフラトキシンに汚染されていないか?
 検査が安全性を確保できる決定打ではなく,大切なのは,家畜の日常の飼養管理,処理施設や流通段階での衛生的管理である.安全性の確保は地道な日常の衛生管理につきるのである.
 衛生行政は,回答が出るまでに時間のかかる行政であり,特定の疾病の清浄化に決め手があるわけではない.豚コレラについては,長い歴史の中で様々な苦難の中,やっと関係者の意見の一致を見,昨年ワクチンの接種を止めることができ,今年の3月31日をもって,OIEにおいても清浄国と認定されることとなった.関係者の皆様の15年に亘る地道な努力に謝意を表したい.
 豚コレラに引き続き,産業上重要な病気であるが,現在常在的になってしまっている疾病の清浄化を図っていくこととしている.まずは,牛のヨーネ病,豚のオーエスキー病にターゲットを絞り清浄化を図っていくこととしている.
 これらの疾病は,人獣共通感染症ではないためマスコミには大きく取り上げられることはないが,産業上は生産コストに影響する重大な疾病である. オーエスキー病については平成3年来発生予防と清浄化維持,発生確認時の早期淘汰を行ってきた,また,ヨーネ病については定期検査による摘発淘汰を行ってきたが,清浄化は遅々として進んでいない状況である.このため,来年度から5年計画でヨーネ病とオーエスキー病の清浄化を図ることとし,従来個々の経営ごとに行われていた清浄化を面的に地域全体で清浄化を図るようにするものである.オーエスキー病については,個々の経営より面的な清浄化を進めていくこと,ヨーネ病については発生農場検査と移動時の清浄性確認のルール化などにより清浄化を推進していくこととしている.
 WTOの交渉は,決着の目処は付いていないが,一方で,2カ国間のFTA交渉は進んでいくものと考えられ,国際化が進んでいくと考えられる.このような状況で,畜産経営を継続していくためには徹底したコストの見直しが重要であり,その中でも飼料コストの引き下げが重要であるが,このためには,徹底した衛生管理により経営のリスクを下げるとともに育成率を上げることによる飼料費などの飼養管理コストを引き下げることが重要である.
 家畜の日常の衛生管理は,何も経営のプラスになっていないように見えるかも知れないが,地道で効果的な衛生管理を実行することにより経営のリスクは確実に下がっているのである.



† 連絡責任者: 姫田 尚(農林水産省消費・安全局動物衛生課)
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