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解説・報告

食肉衛生検査所におけるBSE対策を振り返って

高浦芳一(千葉県東総食肉衛生検査所長)

先生写真1 は じ め に
 平成13年9月,千葉県内で飼育されていた牛1頭が牛海綿状脳症(BSE)と診断され,国内で初めての感染牛が確認された.
 このことから国においては,BSEに関する牛の全国調査の実施や肉骨粉の使用禁止措置を講ずるための関係法令を改正するとともに,と畜場における牛についてBSE検査の実施などの対策を講じ,千葉県においては国と緊密に連携しながら安全性対策や農家経営安定対策及び風評被害対策など緊急対策を実施し,県民の不安解消に努めてきた.
 本稿は,これら千葉県で行ってきた対策のうち,特に食肉の安全確保を担当する食肉衛生検査所において行ってきた事項を中心に概要を説明する.

2 わが国初のBSE発見の経過
 平成13年4月以降,国では,より精密なサーベイランスデータを集積しBSEの発生または非発生をより確実に把握するため,各自治体に対し検体の送付を求め,積極的にデータの収集に努めていた.
 同年8月6日,千葉県東総食肉衛生検査所管内のと畜場に搬入された際に起立不能であった乳牛が,敗血症と診断され全部廃棄処分となったことから,当該牛の頭部を家畜保健衛生所に提供し,採取した検体(延髄)について,千葉県が行った病理組織学的検査により空胞を確認するとともに,国が行った免疫組織化学的検査でBSE感染を示唆する陽性反応が同年9月10日に確認された.この牛の材料が英国獣医研究所にて検査され,その結果を受けて同9月21日にBSE陽性と確定されたものである.

3 陽性牛確認後の対応
 平成13年9月10日,県庁健康福祉部から一報を受けた東総食肉衛生検査所は,当該牛を処理したと畜場について当該牛の処理に関わった施設設備,機械器具等を入念に洗浄した後,次亜塩素酸ナトリウム溶液の噴霧による消毒を2回実施し,今後のと畜処理に影響のないよう万全を期した.
 と畜検査の対応として,国内で初めての患畜とされた当該牛がと畜場に搬入された際に,起立不能ではあったがBSEを疑う神経症状は無かったにもかかわらずBSE陽性であったことから,牛の生体検査にあたっては,より詳しくBSEについての所見を確認することとなった.特に起立不能の牛にあっては,十分な時間を費やし,係留所内での観察とともに牛舎内での様子や診療経過などの情報を得て,検査に当たることとした.
 と殺解体後は,と体が相互に接触しないよう取り扱うとともに容器の保管や番号札等による個体管理を行うこととした.
 当時,県下のと畜場では1日最大210頭の牛が処理されていたが,酪農家などの間では,乳用種などの加齢牛を食用に供するため,と畜場へ出荷することについては,BSEの発生を警戒し出荷拒否の傾向にあった.
 一方,と畜場サイドにおいてもBSE発生が確認された場合,一定期間のと畜場の閉鎖や関係業者の来場拒否等のリスクが生ずることなどの思いから乳廃用牛の出荷が停滞したが,平成14年9月には県内の乳廃用牛専用処理施設として既存のと畜場が整備されたことから,乳廃用牛の処理が円滑に行われるに至った.

 (1)と畜場における検査体制等の構築
 と殺する牛の申請受付,生体検査,と殺及び解体を通じた各工程におけるそれまでのSSOP(衛生標準作業手順)の見直しを行い,特に,生体検査の手法及び脊髄や回腸遠位部などの特定部位(以下「SRM」という.)による枝肉及び食用に供する内臓の汚染防止の衛生措置を徹底した.
 (2)SRMなどの管理焼却
 と畜場内で処理されるSRMや残ーの取り扱いと管理については,平成13年10月,その部位ごとに専用の容器に保管し管理する体制が完了したが,全ての残ー等を県内施設で焼却できなかったことから,県独自のシステムとして県外の化製場と契約し,肉骨粉にしたうえで焼却してきた.平成16年10月からは県内施設での焼却体制が可能となり,と畜場から搬出される残ー処理については,その動線がより短く確実なものとなった.
 (3)と殺解体工程の見直し
ア 平成13年11月,SRM除去用器具の洗浄効果の比較検討を行うため,洗浄方法として高圧水や温水等その手法によってどの程度,脊髄が除去されるかについて,市販のタンパク質検出洗浄度判定キットを使用しデータの集積を行った.また,背割り前・背割り後の枝肉については,洗浄前と洗浄後のグリア繊維性酸性タンパクの検出を行うため,脳・脊髄組織含有定性分析テストキットを用いた調査を実施し,最も有効な洗浄方法を導入した.
イ SRMの確実な除去と個体管理が可能な適正管理の徹底を行うため,と畜場作業員に対し,脊髄及び回腸遠位部などのSRMの除去方法と管理方法について研修を行い,日常の作業の中においてと畜検査員がその都度確認を行うことにより,適正な管理の徹底を行っている.
ウ また,平成14年1月からは一部のと畜場において,背割り前に脊髄を吸引するなど,背割りの段階で脊髄片の飛散を防ぐとともに,背割鋸の1頭ごとの十分な洗浄消毒と,背割り後の枝肉からも脊髄を確実に除去する工程を追加し,脊髄による可食部分の汚染を防止してきた.背割り前の脊髄除去工程は,平成14年4月から県下の全と畜場において実施されている.
エ と殺時のワイヤー挿入(ピッシング)による,脳及び脊髄の破壊による汚染防止の観点から,ワイヤーの挿入を早急に中止することとし,作業員の安全性や枝肉に及ぼす影響などの検討を重ねた結果,平成18年3月16日から県内全てのと畜場でピッシングは行われていない.
(4)スクリーニング検査体制の構築
ア 本県では,中央,東総及び南総の各地区に食肉衛生検査所があり,6と畜場を所管している.このうち,4と畜場で牛が処理されているが,平成13年10月18日から実施されるスクリーニング検査の全てを東総食肉衛生検査所で行うこととし,各と畜場から搬入される検体処理に対応する検査室の整備及び検査担当者の確保を行った.
 スクリーニング検査の技術習得は,国が行った技術研修会に3名を参加させることができたことから,検査開始時には,この3名が中心となり8名の担当者にて検査を開始することができた.平成14年4月からは10名で構成するBSE検査課を組織し,スクリーニング検査を行っている.
イ 本県では,と畜場に出荷された牛のBSEスクリーニング検査を平成13年10月18日の検査開始から平成19年8月31日までに181,544頭を実施したが,陽性は確認されていない.
 なお,このうち1回目のスクリーニング検査で再検査となったものが117頭(0.06%)あり,これらは夜を徹して2回目の検査が続けられたものであります.うち7頭がスクリーニング陽性として国の確認検査を要したが,いずれも陰性であった.

4 お わ り に
 (1)当該牛を検体提供した立場として
 平成13年9月10日,国が公表の際「当該牛は焼却されたはず」が「レンダリングに回っていた」に訂正されたことに対して混乱が見られたことについては,平成13年度まで実施されたBSEサーベイランスの目的が,農林水産省は「清浄性の確認」,厚生労働省では「発生または非発生の把握」であり,その基準に相違のあったことは認識していたが,検体が陽性と確認された際の対応として,食用不適として全部廃棄し,検体を提供した当該牛の全てを精密検査が終了するまでの間保管するなど,あらかじめ何らかの措置を講じておく必要があったと痛感した.
 (2)スクリーニング検査結果から
 スクリーニング検査陽性として,国の確認検査を要した7頭のうち5頭が検査を開始してから6カ月以内であったことに鑑み,その後の経過と検査担当者の意見などを総合すると,感受性が高くBSEに感染していなくても「陽性反応が出ることがあるエライザ法特有の非特異反応であった」と評価する以外に,「延髄が十分に破砕された均一な脳乳剤を得るための作業やキャリブレーション時の技術的な処理及び適正な前処理とともに,検査過程のいずれかが影響したものもあるのでは」と推察され,担当者の高度な検査技術の習得と精度管理の重要性を再認識した.
 (3)今後に向けて
 食肉の安全確保を使命とする食肉衛生検査所は,これまでと同様に,と畜場において牛のと殺解体を通じて脊髄及び回腸遠位部並びに舌扁桃などのSRMを確実に除去し焼却するとともに,処理に当たってはSRMによる枝肉や食用に供する内臓の汚染防止を徹底し,併せて,BSEスクリーニング検査の精度管理に努め役割を果たしていきたい.
 また,各と畜場が果たしている努力と責務により食肉の安全性が確立されてきたことについても,あらゆる機会を通じリスクコミュニケーションを行い,多くの消費者に理解が得られるよう努力をしていきたい.



† 連絡責任者: 高浦芳一(千葉県東総食肉衛生検査所)
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