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行事等報告

第1回「はまなす会」の特別講演を終えて

北村直人(日本獣医師会顧問)

先生写真  本年5月18日,札幌にて北海道女性獣医師有志が発起人となり,セミナー「はまなす会」が開催された.
 その特別講演の依頼があり「家畜衛生と獣医師の役割」と題して,日本獣医師会顧問・日本獣医生命科学大学客員教授の立場で講師を務めたので,その一部を報告する.

 1 は じ め に
 獣医師法第22条に基づく届出は農林水産省の資料によると,平成18年の獣医師の届出数(獣医事に従事していない者も含む.)は,35,855人で,平成16年の届出数に比べて約4,500人増加.
 届出者の活動領域は,
  ア 公務員(畜産,公衆衛生分野等)が約25%
  イ 産業動物診療が約12%
  ウ 小動物診療が約37%
  エ その他(製薬会社,独立行政法人等)が約14%
  オ 獣医事に従事しない者が約12%となっている.
 特記すべきは,産業動物診療(農協,共済,会社,個人開業等)平成6年5,698人(19.8%)から4,180人(11.7%)に減少.
  小動物診療(ペット診療,個人開業,会社経営等)平成6年6,944人(24,2%)から13,202人(36,8%)に増加,獣医師の活動領域の偏在がより顕著になってきた.
特に,産業動物診療に従事する獣医師が減少してきた要因には,
  1 国際化の中での国内畜産業の変化.
  2 産業動物診療における処遇,待遇の未整備.
  3 動物を取り巻く社会ニーズの変化.
  4 獣医学教育での産業動物臨床実習及びスタッフの減少.
  5 学生の将来展望の変化等,様々な要因が絡み合っての現象と言える.
 その一方で女性獣医師の産業動物診療従事は,平成18年286人の届出数があり,平成6年当時の約2倍になっている.
 また,産業動物診療従事の中で共済(診療業務従事)勤務は111人で平成6年当時の約2倍であり,女性獣医師の産業動物診療に従事する数は,少ないながらも増加している.
 獣医学教育現場での男女学生の構成数からは当然の傾向と言えるが,頼もしい限りである.
     参考までに,今回の届出による男女別分野別獣医師数は,
     公務員は9,103人中,女性は2,377人
     小動物診療は13,202人中,女性は3,890人
     会社その他は4,956人中,女性は761人
     獣医事に従事しない者は4,396人中,女性は615人であり,
     各分野10年前のほぼ2倍となっている.
 この様な届出状況の中,酪農畜産の主産地である北海道において,女性獣医師として産業動物診療に携わる獣医師・家畜保健衛生所の獣医師・保健所食肉検査センターの獣医師・薬品器材関係の獣医師等によるセミナーが女性獣医師有志により開催された事に大きな意義を感じる.その日程等は以下のとおりである.

「第1回 はまなす会」
1 テーマ:これからの家畜の感染症対策
2 主 催:はまなす会世話人会
3 協 賛:北海道獣医師会・各薬品器材会社
4 開会挨拶及び世話人代表挨拶
5 内 容:
総合司会:小岩政照先生(酪農学園大学教授)
特別講演:
[1]「家畜衛生と獣医師の役割」
北村直人(日本獣医師会顧問)
[2]「病性鑑定の立場から」
福富豊子先生(元岡山県病性鑑定所)
話題提供:
[1]「黒毛和種繁殖牛で発生したサルモネラ感染症」
     伊藤史恵先生(胆振家畜保健衛生所)
[2]「根室管内における牛ウイルス性下痢・粘膜病の防疫体制の
確立に向けた取り組み」
     畑田百合子先生(根室家畜保健衛生所)
[3]「食肉検査について〜食の安全・安心の取り組み」
     金子麻理先生(北見保健所食肉検査課)
[4]「大動物哺育・育成期の環境除菌」
     須藤貴之先生(すどう家畜病院院長)
6 総括質疑討論
7 閉会挨拶
8 意見交換会

 2 概   要
 午後1時から始まり,意見交換会が終了したのが午後9時であった.
 今回の出席者は約80人,その八割強は女性獣医師.出席女性獣医師の半分が北海道内各地の農業共済組合家畜診療センター勤務(農業共済組合のほとんどの女性が参加),あとは家畜保健衛生所・保健所食肉衛生検査センター・薬品器材メーカー勤務の女性獣医師であった.
 私からは,BSEに係る平成13年度から18年度までの関連対策国家予算の推移を参考にしながら,家畜衛生の重要性と獣医師の役割について,発生当時,政権与党のBSE対策副本部長として,直接政策決定に携わった者として特に,消費者へ不信感を抱かせてしまうと,その回復に大変な時間と労力と財源を必要としてしまう事等,私見も交えて報告した.
 福富豊子先生は「病性鑑定の立場から」一刻を争う伝染病の病性鑑定が最終決定されるまでを,症例を挙げながら報告され,その過程で現場獣医師がストレスやプレッシャーを感じながら科学者として義務と責任を果たしていく重要性を含めて報告された.話題提供された,4人の先生方は,それぞれの分野・地域での特殊事情をからめて報告された.

 3 ま  と  め
 食の安全・安心に対して消費者の関心がますます高まるなか,獣医師は関係法令を守り,コンプライアンス重視することは言うまでもありませんし,動物用医薬品の適正使用や給与飼料の安全性に目を配り,正確な情報の伝達蓄積に努めなければなりません.その上で,生産者にも地球環境,家畜の福祉(Animal Welfare),農業生産工程管理手法(GAP手法=Good Agricultural Practice)などを考慮して家畜の管理にあたることを指導していくのも大切と思う.
 食の安全・安心に対し女性獣医師の感性が強いことから,産業動物診療分野に携わる方が増えることを期待したいし,反面,女性獣医師には向いているのではないかと,このセミナーで感じた.
 かつて産業動物診療は生産者も含めて獣医師は男の世界との固定観念が大勢を占めてきたが,女性獣医師が生産現場で生産者と向い合い,粘り強く食の安全,動物用医薬品の適正使用,ポジティブリスト制度の重要性を説かれている姿を垣間見たし,生産者の方々も,産業動物診療での女性獣医師の必要性を感じてきている.
 「インフォームド・コンセント徹底」宣言が社団法人日本獣医師会から平成11年9月14日記者発表されている,その意義と目的を再認識すると共に,獣医師倫理の総論的事項として「獣医師の誓い―95年宣言」を遵守しなければならない.
 獣医師は,常に最新の専門知識,技術を具有するよう自己研鑽に努めることは当然であるが,獣医師の職業倫理に照らし,また良識ある社会人として,「常に己を厳しく律することができる者こそ,真のプロフェッショナルである」ということを肝に銘じ,その与えられた使命を存分に果たさなければならない.
 最後に,意見交換会で交わされた女性獣医師ならではの意見を幾つか載せて見たい.
そ の 1
  • 牛舎に女性用トイレが無い,診療先農家で困った.
  • 公務員女性獣医師が外勤時,車での移動や出先でのトイレ使用が上司や男性獣医師と間が合わない.
  • 朝から水分調整は辛かった.
    今では,往診地区内に数カ所,トイレ使用可能農家を指定,外勤時は一定時間ごとに,休憩時間を設定などなど,配慮されたとの事.
そ の 2
 女性獣医師が結婚適齢期をむかえても,勤務地が地方の町や村の場合,適齢期の男性がほとんどいないし出会う機会が無い.
町長・村長・組合長・上司は花婿確保に責任を! との声もチラホラ.

そ の 3

 職場には,複数の女性獣医師を確保,一人だけの女性獣医師勤務は避けてほしい.
 意見交換の時間が増すほどに,本音とエネルギッシュな女性獣医師の姿があった.
 冒頭,獣医師の活動領域に遍在があると述べたが,女性獣医師の職場環境の整備等で補える分野も有ることも分かった.
 また,北海道においても女性獣医師が増えていくことと思うし,今まで取り組んで来られて女性獣医師に敬意を表すると同時に,関係各位の更なる理解を念じてやまない.
 今回のセミナーは女性獣医師有志による女性獣医師の会ではあるが,それを支えた薬品器材メーカーの方々,社団法人全国動物薬品器材協会(理事長高橋勇四郎氏),北海道獣医師会,北海道農業共済組合連合会,北海道農政部・保健福祉部など関係者に敬意を表し来年以降も引き続き開催できるよう願うものである.
 以上,私見を交えて報告とする.



† 連絡責任者: 北村直人(日本獣医師会)
〒107-0062 港区南青山1-1-1
TEL 03-3475-1601 FAX 03-3475-1604