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論 説

歴史は何時動くか
─ 学校獣医師制への戦略 ─

池本卯典(日本獣医生命科学大学学長)

先生写真 1 は じ め に
 14年前の平成5年11月,日本獣医生命科学大学学術交流会で学校獣医師問題が話題となった.いずれも活発で有意義な報告のあったと記憶している.それは,小学校教育のカリキュラム生活科で想定される人と動物との係わりと獣医師の助言,小・中学校における飼育動物の飼育管理や疾病対策,教員の動物に対する知識の啓発,動物診療費の扱い,これらの問題解決における獣医師の理念と主張,行政側の対応等が話し合われた.当時,私は自治医科大学に在職しており,法医学の講義や実務を分担するかたわら,人の保健や比較医事法にも関心があり,魅力のある話題であった.その後,獣医師による啓発運動や学校側の理解により,格段の前進が見られ今日に至っている.しかし,この成熟した国家における学校保健制度がありながら,法的構成は旧態依然といえよう.ここでは学校獣医師の必要性について,学校保健法の示す学校保健技師(第15条)及び学校医,学校歯科医,学校薬剤師(第16条)と対比しながら私見を述べさせていただく.

 2 学校保健における獣医師の必要性
 学校と獣医師の関係は,学校に飼育されている動物と情操教育効果や保健衛生もさることながら,法に変遷はあったとしても昭和22年に制定された学校教育法(第12条)が定める生徒や教職員の健康に必要な措置として獣医師の存在を無視できない.また,幾度か改正されているが昭和33年に制定された学校保健法第2条には,学校の保健安全計画を定め,第3条には学校の環境衛生について定めている.動物の飼育管理を学校行事として実行するに当って,当然,動物飼育者(児童,生徒,教職員)の保健衛生,飼育動物の保健衛生,特に近年,問題の多い動物由来の人感染症や動物飼育による環境汚染対策等,学校保健法第2,3条の遵守に獣医学は不可欠である.また,学校飼育動物の扱い方や飼育管理法,動物愛護などの生命尊重の指導にも,獣医師は国の定めた唯一の専門職といえよう.

 3 学校獣医師を学校保健法に加える意味と戦略
 (1)学校飼育動物の飼育管理並びに動物を介した学校教育の推進,動物由来人感染症からの回避による児童・生徒・教職員の保健,環境汚染の排除等に獣医師を活用する制度として学校獣医師を置く必要があり,その戦略としては次のようなことが考えられ,学校保健法を改正し,学校獣医師としての職務として,[1]学校環境衛生の維持管理に対する助言,[2]学校飼育動物の保健医療及び学校薬剤師の動物薬に係わる事項に対する助言,[3]動物愛護に係わる専門的指導,学校飼育動物の疾病予防,保健相談,救急処置,動物飼育法,動物の扱い方,動物由来の人感染症対策を規定する必要がある.
  • 学校保健法第15条に示す学校保健技師に獣医師は該当すると考えられるので,法の概念に獣医師を含み得る.
  • 学校保健法第16条の学校医・学校歯科医・学校薬剤師(学校三師とも呼称)に獣医師を加え学校四師とする.
 (2)国民衛生や学校衛生を司る専門職は,学校保健法のいう三師のみではなく,獣医師を含めた四師であることを市民にアピールできるのではなかろうか.
 同時に学校における獣医師の活動は,学校環境の整備や学校動物の保健医療,動物由来の人感染症対策及び動物愛護精神の高揚につながるのみならず,小学生時代における動物との親しみを獣医師が中心になって育成することは,かけがえのない教育体験であると共に,成人後は獣医療及び獣医師に対する理解をより深め,将来における獣医療全般の発展に大きく寄与すると思われる.
 一方,学校獣医師問題を学校保健法や学校教育法などの対象として論ずることに,法理上矛盾はないか,獣医公衆衛生学の古典「公衆衛生綜典(昭和26年:朝倉書店)」,また,「人畜共通伝染病(昭和57年:近代出版)」のいずれにも,獣医師の環境衛生監視対象として学校が示されている.さらに,獣医公衆衛生上関係のある法規として学校保健法も挙げられている.この事実は,学校獣医師を学校保健法の片隅に内挿して欲しいと求める試みも,それ程筋違いではない証明といえよう.

 (3)学校保健法施行規則によると,第23条1項7号に学校医は「校長の求めにより救急処置に従事する」と定めている(大国:学校医マニュアル・1991).動物の場合においても,疾病の処置は,養護教員や一般教員では限界があり,その補完は獣医師に依頼せざるを得ない.校長は,学校医に対する救急要請と同じく,獣医師に学校動物の保健衛生に係る救急を依頗しても奇異ではない.換言すれば,学校飼育動物の管理責任者は当該学校長ということになろう.なお,学校飼育動物を介した児童の身体被害の発生も予測されるが,その場合の補償責任は,被害者に重大な過失でもない限り学校側にある.学校における児童・生徒等の疾病や傷害の医療費は学校に重度の過失でもない限り,健康保険が適用される.
 なお,公立学校の学校三師の災害補償については,「学校医・学校歯科医・学校薬剤師の公務災害に関する法律」の適用により,公務災害補償を受けることができる.しかし,ボランティアで活動している獣医師は枠外である.

 (4)現在は,学校飼育動物に係わる多くの獣医師は善意ある奉仕活動に近いといわれている.本来,獣医業そのものが利益率の高い職業ではなく,自由診療とはいえ,医業や歯科医業に比較して代価は低い.
 一方,獣医療には,健康保険制度はないので,診療費は動物所有者の支払いとなる.そこで,学校飼育動物の場合,公立は教育委員会が,私立は学校法人等学校側が支払いの当事者になる.したがって,学校側は予め予算を必要とする.しかし,現在の学校に当該予算は乏しく,多くの獣医師はボランティア活動として学校飼育動物の保健衛生を支えている傾向が強い.
 この問題の対応は難しいが,学校保健師法の改正によって学校獣医師を学校医師と同レベルに定着させることにより,行政的対応も修正され,いずれ解決されるであろう.

4 お わ り に
 伝統的な学校保健の担当者は,学校医・学校歯科医の二師であったが,それに学校薬剤師が加わって三師となった.学校薬剤師の職務は,学校の環境衛生や保健薬の投与や整備であることは先に述べた.
 近年,学校に動物が飼育され,それが生命尊重等の教育指導に活用されるようになり,獣医師の関与が必然的に発生した.しかし,学校保健法上の学校保健担当者に獣医師が加えられる気配は今のところ乏しい.理由の真意を行政担当者に質したいが,おそらく学校保健法に同調しないと回答されるであろう.しかし,その論理は過去の見解であり,動物由来の人感染症と人感染症予防医療法と獣医師の関係を行政組織上の視点から考察すればよく判る.学校飼育動物の健全な育成,児童・生徒・教職員の安全性の確保,そして獣医師の未来のためにも学校保健法の改正による学校獣医師制度の早い成立を願って止まない.

 

編集発行者から
   初等教育課程等における学校飼育動物活動の取り組みに関し,日本獣医師会が考える学校獣医師制のアプローチについては,小動物臨床部会の学校飼育動物委員会(委員長:唐木英明日本学術会議第二部部長)において検討を重ね,「子どもの心を育てる学校での動物飼育(学校獣医師制の必要性と活動事例)」と題する報告をとりまとめ,山根会長から,文部科学省初等中等教育局長,都道府県教育委員会教育長ほかに要請したほか,地方獣医師会長には,学校飼育動物活動の推進について(平成19年8月17日付け19日獣医第138号)により学校獣医師制の意義と取り組みの方向等を通知した.委員会報告は,日本獣医師会ホームページにも掲載しているので参照願いたい.



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