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紹 介

英国の獣医病理学専門家制度

─ 日本人初の認定試験合格経験から ─

神原隆仁(Director Pathology, Safety Assessment-US GlaxoSmithKline)

 海外の獣医病理専門家制度はあまり日本では知られていないが,今回は英国の制度を紹介したいと思う.この国の獣医病理専門家(専門獣医)は人の病理専門医と同じThe Royal College of Pathologistsに所属し,本部はロンドンにある.名称からも分かるようにエリザベス女王が後援者で,本部がある建物のカールトン・ハウスは以前,王族や首相が住んでいた歴史のある建物である.
 この試験の受験資格は獣医資格(英国の獣医師資格以外でも可)を持ち,専門分野でトレーニングを受けたものである(詳細http://www.rcpath.org/index.asp?PageID=47).
 試験は一部と二部から構成されており,一部は筆記,実技及び面接試験で,二部は実技及び面接試験である.一部の筆記試験は一日かけて行われる.午前中が獣医病理学総論で,全ての動物種を含む.3時間で5〜6設問中4問を選択し解答する.午後は獣医病理学各論で小動物,大動物,実験動物,鳥類及び魚類の中から受験申請時に予め選択しておき,その専門について5問中4問を選択し3時間で解答する.私の経験からこの筆記試験が最難関であった.例えば病理の分子レベルから,メカニズムまで具体的に解答しないとなかなか合格点に到達しない.
 特に1題あたり45分間で全てを網羅しなければならず,A4サイズにして最低でも3〜4ページは書かなければならないので時間との戦いでもある.また,4問中1問でも不得意なものがあると他の3問で合格点数を補うことは非常に困難なため,4問すべてについて解答しなければならない(過去の試験問題についてはこちらを参照 http://www.rcpath.org/index.asp?PageID=51).
 この筆記試験に合格したものだけが実技試験を受けられ,選択した専門ごとに行われる.わたしの専門分野の実験動物では2日間にわたって行われた.試験は,犬とラットの実際の病理解剖,約10枚のスライドを使ったマクロ病理診断,3時間で約20枚の組織病理診断(細胞診1枚,電子顕微鏡写真1枚を含む),検査データー分析及び面接試験から構成されていた.組織病理試験は形態的記載,特長,病因,類症鑑別,病理診断名などを述べることは当然だが,各標本に小問が付いておりこれにも解答しなければならない.例えば,病変を起す薬品名,類症鑑別の問題点,寄生虫のライフサイクル,他に必要な特殊検査についてなどである.検査データー分析の試験では,例えば癌原性試験から20枚ほどのスライドを使ったピアレビューや,組織標本検査,電子顕微鏡写真診断及び臨床病理検査の結果を総合分析して要約レポートを作成する.面接試験は単なる雑談ではなく,いろいろな病理写真,伝染病や安全面での問題点,最近の論文などについて質問が一時間近くされるので最後まで気が抜けなかった.一部に合格すると二部の受験資格が得られる.二部は翌年行われ,病理解剖を除くすべての実技と面接試験が一日かけて行われる.
 私の専門分野は毒性病理だが,多くの人々が最低でも5年ほどの専門分野でのトレーニングを積んだ上で受験している.筆記試験の準備は1〜2年の受験勉強が必要で,仕事や家族の時間と両立して勉強をするのはかなり大変であった.このため英国では毒性病理研究者でこの資格を持っている人は全体の半数にも満たないほどである.
 一部に合格するとDiploma of the Royal College of Pathologists(DipRCPath)の称号があたえられ(図1),二部に合格するとMember of the Royal College of Pathologists(MRCPath)の称号が得られる(図2).授与式はロンドンの本部で行われ,会長より一人ずつ証書が手渡しされる(図3).授与式後に祝杯とディーナーパーティーが夜遅くまで催され,多くの人々が夫人同伴で出席していた.
 日本人として初めて合格した私の経験から,試験は当然英語で行われ,日本人にとって不利と思われる方もいると思われるが,英語力の試験ではなく,あくまでも専門知識を試すものであり,英国獣医大学卒業や英国獣医師免許あるいは学会所属などの制約もない.この試験は外国人の受験生も多く,日本人の方々にも是非チャレンジしてほしいと思う.
(追 記)
 最近,私が英国からアメリカへ転勤後,試験様式が変更になった.詳細は前頁のホームページを参照されたい.
図1 DipRCPath認定書
 図1 DipRCPath認定書
図2 MRCPath認定書
 図2 MRCPath認定書

図3 ロンドンで行われたMRCPathの授与式
図3 ロンドンで行われたMRCPathの授与式


† 連絡責任者: 神原隆仁(Pathology, Safety Assessment-US GlaxoSmithKline)
709 Swedeland Road, UE0376 King of Prussia PA19406, USA
TEL +1 610 270 7563 E-mail : tkcw@tesco.net