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診療室

「獣医師」とは「十医師」と思う

福永男功人(福永動物病院院長・千葉県獣医師会会員)

 私も開業して10年を迎えた.自分の中では一区切り,一段落したようでもあり,一方で出発点に立ったような気持ちでもある.
 大学を卒業して社会に出た当初は,獣医師としては未熟で,自分をコンピューターに例えれば,ハードディスクとメモリーが不足しており,国家試験に合格し「獣医師」として意気揚々と社会に出たものの,勤務獣医師として数カ月で「先生」と患者さんから呼ばれるようになるには人間的,技術的に前途多難であることがわかった.
 まず,ハードディスクの容量が足らないので仕事が遅く,加えてメモリーが少ないので応用がきかない.人の脳は10テラバイトあると言われるが,使用している領域はほんのわずかであり,その少ない部分を最大限に活用(?)した結果,最近になりようやく自分にもある程度の技術が蓄積されたかなと思えるようになった.PCも高性能になり多彩な機能が内蔵され便利になってはいるが,操作が困難になったり必要な作業が増えたりと一長一短で,使用している人間の方がすぐに使いこなせるわけではない.私は日々一つずつでも技術が向上すれば,いつかは「獣医師」もしくは「先生」と呼ばれても恥ずべきことが無いものと思ってる.
 そんな私が日頃感じていることを綴りたい.
 まず,診療に関しては「あわてず,先入観で判断しない」であり,仕事は落ち着いて取り組んだほうが良いということである.実際,緊急手術などで「今これをすべきだ」と取り組まざるを得ないような場面こそ,頭の中を整理して最良の手術方法や器具の準備,術後の対応を選択する方が,後に再手術やトラブルも無く良い結果が得られることが多いように感じる.いわば「始めに二度なし」である.
 実際に開業して間もないころは,「せっかちのしくじり」の言葉どおり,技術や知識が少ないために選択肢が限られ,先入観にとらわれて急ぐ必要のないことを優先し後で後悔することになり,正に「弱り目に崇り目」,「泣きっ面に蜂」といった状態に陥ることとなった.最近は「慌てず,騒がず,押さず,引き返さず,速やかに」などと緊急避難の標語のように対応することを心がけている.
 次に「人の和を大切にすること」である.13年前の勤務獣医師時代から,大変お世話になった院長には,無理難題を押し付けられた気がしていたが,自分が人を使う立場になりその苦労がようやく理解できるようになった.また,その当時,勉強会や診療の手伝いなどで知り合った先生方や,開業してからも,公私共にアドバイスいただいている先生方のおかげで「連れがあれば三里」,今の自分があるのだと思う.
 最近では,セミナーや各学会に参加した際,終了後の懇親会にも積極的に出席している.学会発表されている熱心な先生方やセミナー講師の話を身近で伺うことは大変勉強になる.特にお酒が入ると,大変貴重な話を聞けたり,ちょっとした診療のヒントなどを得ることができたり,このような機会に各地の先生方に会うのが楽しみとなった.これは「好きこそものの上手なれ」というように,セミナー等に参加すると,実際の診療に役立つことはもとより,さらに深く勉強してみようと興味をそそられ,自己の研鑽につながることとなる.
 また,普段の診療では飼い主とのコミュニケーションをとる上でも「わが身をつねって人の痛さを知れ」の言葉どおり,その時々の飼い主の心境を考え,動物の病気も自身が経験したその痛さを伝えるようにしている.例えば,以前骨折した際の痛みを思い起こし,骨折した動物に対して,ペインコントロールを考慮したり,無理をせず腫れが収まるまで数日手術を延期したり,ギブス,包帯による体の自由の不便さを念頭に置くなど,「世渡りの殺生は釈迦も許す」は,日常診療では良いとは言えないこともあると考えている.
 さらに「開業は何でも屋であること」である.表題の「十医師」とは,獣医師は,犬,猫,エキゾチックアニマルから始まって,外科,内科,放射線科,救急医療,整形外科,躾相談,ペットロスの相談,公衆衛生,事務など,少なくとも10項目以上に対応する必要があることを表したものである.分からないことも多く,逆に飼い主に教えられることも少なくない.特に,末期状態となった心不全や腎不全,癌の動物に対して無力なことが多く,10の項目を知ってるくらいでは足りず,さらに項目を増やす必要があると痛感している.近年は専門分野を持つ獣医師が増え,人医学のように細分化された専門の先生に診ていただける機会が増えることで,今まで難治とされていた病気が治療できたり,先天性疾患をより正確に診断できる可能性が向上することは喜ばしいことである.ハードの部分では高度医療が進みCT検査やMRI検査,内視鏡や腹腔鏡などもルーティンで行われている先生方も多いと思われるが,日常診療の中で様々な専門医療や高度医療を行っている先生方には頭が下がる思いである.
 勤務獣医師時代は顕微鏡をみて,検便中の糞線虫をミクロフィラリアと勘違いしていたが,そんな私でも学会やセミナーを通じて「千日の謹学よりも一時の名匠」さながら,自分で分からないことは,まず専門分野の先生,経験を積まれている先生方にご教授いただき,知識や技術を向上させていきたいと思っている.
 開業して10年を迎えるが,広く浅くではあるが十分な知識や技術を習得して,今まだ「十医」としてではあるが,診療で的確なアドバイスができ,最良の治療を施すためにも,自分の中にあるハードやソフトを可能な限り拡張していきたいと思っている.

福永男功人  
―略 歴―

1994年 麻布大学卒業静岡県伊東市にて勤務
1997年 神奈川県大和市にて研修及び勤務
  千葉県四街道市にて福永動物病院開業


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