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エキゾチックアニマルの生物学(XXI)
― エキゾチックアニマルの飼育を通して考えたこと―
人は動物を飼育する.その目的はさまざまである. 使役のため,食用とするため,というような,いわば産業上の目的のために飼育することもあれば,その一方,動物との生活を楽しむような,ペットとしての飼育もある.後者の場合,最近はペットといわずにコンパニオンアニマルということも多い. ペットあるいはコンパニオンアニマルとして,もっともふつうなのは犬と猫だろう.これらの動物は,飼育の歴史も古く,人間のまさに伴侶として飼育することも可能である. では,エキゾチックアニマルといわれる動物は,どうだろうか.犬や猫は人間とある程度の意思の疎通を図れるであろうが,エキゾチックアニマルは,そのすべてが人間に馴れるわけではないし,また,馴らして飼育すべきではない種も多い.エキゾチックアニマルには,あまり接触すべきではない種が多いことは事実である.この点で,エキゾチックアニマルは,ペットにはなりえても,コンパニオンとはなりにくい. |
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エキゾチックアニマルを飼育する楽しみとは,いったいなんだろうか.ある種の動物の場合,たとえばコリドラス類のような熱帯魚やタランチュラ類のようなクモの場合は,飼育する種の数を増していくことが楽しみの人もいる.コレクションとでもいえばよいだろうか. しかし,コレクションとは異なるエキゾチックアニマルの飼育の楽しみも存在する.それは,各々の動物の種ごとに生活の仕方が異なっていることに気づくことである. たとえば,スナネズミMeriones ungiculatus とオブトアレチネズミPachyuromys duprasi は,ともにペットとして飼育されている動物である.オブトアレチネズミは,ペットショップ等ではファット・テイル・ジャービルともいわれている.この2種は,どちらもネズミ科Muridaeのなかのアレチネズミ亜科Gerbillinaeに属し,ふつうに考えれば近縁の動物といえるだろう.しかし,飼育する際,床敷に新聞紙などを使用すると,スナネズミはこれを歯で噛んで細かくして巣材とするが,オブトアレチネズミはほとんどそのままである.これは両種の営巣方法が異なるためであろうと思われる. 系統分類上は近縁の動物であっても,こうした違いがみられることは,この2種の動物が異なる生活の仕方をしていることを示す.このような相違に気づくことも,動物を飼育する楽しみの一つではないだろうか. |
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ペットではないが,オシドリAix galericulata について考えてみよう.この鳥は雌雄のペアが寄り添って泳いでいる姿が観察されることが多く,このことから仲のよい夫婦のことをオシドリ夫婦という.しかし,オシドリは,毎年の繁殖シーズンごとに新しいつがいを形成する.また,子育ては雌だけが行っている. これに対して,ペンギン類は一般に,毎年の繁殖期にその前の繁殖期のときと同じ個体とつがいを形成することが多く,雄が抱卵をしたり,ヒナへの給餌を行っている.雄も“子育て”に参画しているわけである. このどちらの鳥が“良い”鳥かは,人間の通常の倫理観からいえば,考えるまでもない.しかし,生物学的にみるとき,両種ともに安定して次世代の個体を産生しているとすれば,どちらか一方の鳥が優れているということはない.この違いは,単に生殖上の戦略の違いにすぎないからである. |
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動物には長命の種と短命の種がある.ゾウの類は明らかに長命であり,これに比べてハムスターの類は明らかに短命である.よく知られたことだが,体サイズが大きい動物種は一般に長命で,体サイズが小さい動物は短命である. ところが,単位体重あたりの代謝は,小型の動物ほどさかんである.たとえば1分間の心臓の拍動数は,ゾウでは少なく,ハムスターでは多い.いいかえれば,長命の動物種では心拍数が少なく,短命の動物種では多いことになる. こうしたことを色々と計算してみると,心臓の拍動の回数や呼吸の回数は,動物種が異なり,寿命に長短があっても,生涯の総回数としては,それほどは変わらないことがわかる.長命のゾウは心臓の拍動や呼吸の間隔が長く,短命のハムスターはそれが短いからである. 時計で測る時間を基準にすれば,ゾウは長命,ハムスターは短命である.しかし,いま仮に,心臓の拍動1回あるいは呼吸1回を基本的な時間の単位とすれば,ゾウもハムスターも同程度の長さの一生を過ごしていることにはならないだろうか. |
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それぞれの種の動物には,寿命が定まっている.その一生の長さをどのように決めるか,寿命をどのように設定するかは,それぞれの種の価値判断(?)にもとづいて決定されているように思われる.われわれの時計の時間でいえば,ゾウの類は長命のスタイルを選択し,ハムスターの類は短命のスタイルを選択したことになる.そして,その時間のなかで,次の世代を生産している. だが,それでも私は長生きがしたいと主張するハムスターがいるとすれば,そのハムスターはどのようにすればよいだろうか.答はダイエットである.タンパク質やビタミン,ミネラルの摂取量を減らさず,カロリーだけを減じた飼料を与えると,ハムスターを長生きさせることが可能である. しかし,ここにも興味深い事実が存在する.こうしたカロリー制限飼料を給与したハムスターは長生きをするが,通常の飼料を与えてそれよりも短命に終わったハムスターと比べて,生涯に摂取したカロリーの総量は同じくらいだという. ハムスターを飼育してもすぐに死んでしまうのでかわいそうだという話をよく聞く.けれども,長命が優れているという考えは,時計の時間を基本として生活しているわれわれ人間の判断でしかない.“時間”あるいは一生の“密度”は,どの動物種にも平等に与えられているような気がする. |
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地球には多種多様な動物が存在している. おそらくは,ある状況において生存に有利な形質は他の状況では不利になり,ある状況で不利な形質が他の状況で有利になることが多々あるのだと思う. それぞれの動物を取り巻く地球の環境は変化に富み,地球の歴史のうえでも,環境はさまざまに変化してきた.こうしたなかで,生物は多様な分化を遂げ,多くの種が誕生したのだろう. そうであるとすれば,どの種の生物が優れていて,どの種の生物が劣っているということはない.すべての生物は,どれもみな,環境に適応しようとして懸命に生きているはずである. |
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動物を飼う.それが犬であれ,猫であれ,あるいはエキゾチックアニマルであれ,その行動を観察し,飼育下での生涯を目の当たりにすれば,それぞれの種の動物はわれわれとは異なる“価値観”をもって生きていることに気づく. その“価値観”に気づくことは,ペットとのコミュニケーションを図ることとはまた別の意味で,動物を飼育する楽しみである. |
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