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解説・報告

─ 平成17年度特定疾病専門家養成事業海外派遣報告 ─

米国CDC,NCID,DVBDにおける研修等に参加して

壁谷英則(日本大学生物資源科学部専任講師)


 1 は じ め に
 この度,日本獣医師会の主催する平成17年度特定疾病専門家養成事業(獣医師海外派遣)に参加させていただき,米国Centers for Diseases Control, National Center for Infectious Diseases,Division of Vector-Borne Infectious Diseases(CDC,NCID,DVBID)における研修,ならびにカナダ・カルガリーで開催された第60回The International Conference on Diseases in Nature Communicable to Man(INCDNCM)に出席する機会を得ることができた.本年6月20日に日本を出発し,同8月12日に帰国するまで約8週間の長旅であった.私の人生でこのような長い期間日本を離れる経験はこれまでに無く,出発前は不安なところもあったが,振り返ってみると,いろんな人たちとの出会い,また,大変貴重な経験の連続で,私の一生涯の宝物である.
 感染症制御の分野において世界の先導的役割を担うCDCの施設のうち,特に私が現在所属する日本大学動物医科学研究センターの共通テーマである人獣共通感染症と最も関連の深いDivision of Vector-Borne Infectious Diseasesで,実際に私が経験してきたことを中心に,CDCにおける活動のごく一部をご紹介させていただきたいと思う.

 2 CDCの組織について
 DVBIDはもともとアメリカ西部におけるアルボウイルスを取り扱う施設として1950年代に作られたCDCのDisease Ecology Sectionを前身とする.ユタ州・Loganに施設は存在していたが,コロラド州北部に位置するGreeley,さらに現在のFort Collinsに移すと同時に,国のペスト・プログラムを扱う部門が加わり,対象が細菌まで広がった.その後,1989年,Division of Vector-Borne Infectious Diseases と名前を変更し,ライム病,野兎病など細菌性人獣共通感染症をはじめ,ダニやノミなどのベクターを介する感染症対策のReference lab.として現在に至っている.特にArbovirus Diseases Branchでは米国におけるWest Nile Virus感染症の疫学情報を集約する重要な役割を果たしている.

 3 DVBIDにおける調査・研究活動
 北米大陸では現在の日本には存在しない(あるいはまれにしか存在しない)重要な感染症が現在でも広く分布している.狂犬病ウイルスの森林型流行はその代表的なものである.これらのうち,野生動物,特に野生齧歯類を自然宿主としている人獣共通感染症として,ハンタウイルス肺症候群,ペスト,野兎病など人に重篤な症状を引き起こすものも少なくない.DVBID,Plague sectionでは,特に野生齧歯類を対象とした各種細菌性人獣共通感染症の疫学調査を継続的に実施している.その一端として,古くから野生齧歯類を原因とする人獣共通感染症の発生が多く認められるニューメキシコ州をフィールドとし,野生齧歯類を対象とした調査を行っている.主な対象はペストであるが,同時に,Bartonella属菌に関する疫学的研究を行っている.実際に調査対象とした地域の付近には,ペストの他に齧歯類に分布するある種のBartonella属菌の人への感染事例がある.こういったフィールドにトラップを仕掛け,捕獲された齧歯類から麻酔下で採血を行う.さらに同一個体の中での菌の動態を検討するために,各齧歯類にID番号を振り,またフィールドへ戻し,一定期間の後に再度齧歯類を捕獲する.興味深いことに,ある種の齧歯類は行動範囲が限られているため,一度捕獲されたものと同一個体を捕獲することは意外に容易とのことであった.こうして採取された血液から,分離培養,あるいはPCR法によりペスト菌,あるいはBartonella属菌を検出する.特にPCR法では,両属菌を同時に検出するMultiplex PCR法を開発し,疫学研究に応用している.

 4 共同研究体制の確立
 今回私が研修を実施したのはCDC,DVBID,Plague section(Chief;Dr. Ken Gage)のDr. Michael Kosoyのラボである.Dr. Kosoyと初めて出会ったのは,2001年Montana州で開かれたAmerican Society for Rickettsiology-Bartonella as an Emerging Pathogen Group.という学会であった.さらに昨年,スウェーデン・Uppsalaで開かれたThe 4th International conference on Bartonella as Emerging Pathogensで再会し,研究成績について討論をした.この学会はBartonellaを扱う数少ない世界の研究者が集まることから,参加者同士がすぐに顔見知りとなり,さらにお互いの扱う研究対象が近いことから,踏み込んだ討論をすることができる.ここでの討論がきっかけとなった.
 Dr. Kosoyはロシア出身で,6年前までAtlantaのCDC本部に所属していた.1995年のザンビア・キクウィトにおけるエボラ出血熱のアウトブレークの際には,現地で活躍したとのことである.結果論ではあるが,彼のラボでアメリカでの貴重な経験ができたことは一生涯の宝である.彼だけではなく,彼のラボにいたすべての方たちとよい信頼関係が築けたと信じている.

 5 The International Conference on Diseases in Nature Communicable to Man(INCDNCM)
 研修の最終週は,Dr. Kosoyのラボのメンバーとともに,カナダ・カルガリーで開かれたThe International Conference on Diseases in Nature Communicable to Manに出席した.これまでは,あまり日本の研究者には知られていない学会のようである.それもそのはず,この学会の前身は,カナダとアメリカにおける野生動物と人との間の感染症を対象としたもので,さらに地域的にもアメリカ西部とカナダを対象としていた.しかしながら今年で60回目となる歴史のある学会である.近年の数々の新たな人獣共通感染症の出現とともに会も発展したとのことであるが,先ほどのBartonella学会同様,実にアットホームな雰囲気であった.しかしながら,取り扱う内容,さらには参加している研究者は実に興味深く,今後機会があれば是非参加を続けたい学会の一つとなった.以下に今回の学会で取り上げられたトピックスを挙げておく.
 The International Conference on Diseases in Nature Communicable to Man(INCDNCM)
 1.Influenza & Respiratory Pathogens
 2.Prions & Spongiform Encephalopathies
 3.West Nile Virus and other Viral Encephalitides
 4.Bacterial Zoonoses

 6 お わ り に
 今回の研修は,日本獣医師会よりいただいた大変貴重な機会であった.改めてここに感謝の意を表すとともに,関係する方々に改めて御礼申し上げたい.
 
写真中央がDr. Kosoy.左は彼のラボのメンバーであるKelly,Sheff.
写真中央がDr. Kosoy.左は彼のラボのメンバーであるKelly,Sheff.

 


† 連絡責任者: 壁谷英則
(日本大学生物資源科学部獣医学科獣医公衆衛生学教室)
〒252-8510 藤沢市亀井野1866
TEL ・FAX 0466-84-3377 E-mail : kabeya@brs.nihon-u.ac.jp