会報タイトル画像


診療室

診療獣医師の独り言

大橋英二 (あかしや動物病院院長・北海道獣医師会会員)

 

 我家には室内にシーズー5頭,屋外にゴールデン・レトリーバー1頭がいる.毎日の診療で多くの犬猫達と接していながら,グッタリと疲れた時ほど愛犬達との夜の散歩が至福のひとときである.排便排尿,食餌,定期的なシャンプー等に要する労力は確かに相当なものであるが,不思議と家族の誰一人として苦に思っていない.動物病院に来院する飼い主のほとんどは,私の場合と同様に自分の伴侶動物を,愛おしく,大切にしている.自分や配偶者の具合が悪くても病院にめったに行かない人も,動物病院にはすぐに連れて来る.車に夫婦と犬と乗っていて交通事故を起こし,夫が救急車で病院に運ばれたのに妻はその病院へは行かず,自分も怪我をしながら犬を連れて来たことがあった.犬は無傷であった.なぜこれほどまでに伴侶動物は愛されるのだろうか.家庭で飼育されている動物は,飼い主を100%信頼し,全身全霊で慕ってくれる.人の3歳前後の子供とほぼ同様に「父さん母さん大好き」と態度で示し,それは寿命が尽きるまで変わることはない.このように動物からの偽りのない信頼と愛情を感じるために,愛情を注ぎたくなるのだと私は理解している.
 「美しい日本」,昨今耳にするこの言葉が何を意味するのか,私には理解できない.どうやら学校教育でもこの精神を押し進めるらしく,また,一つの庁の省への格上げと,最上位の決意文・決まり事を変更しようとしていることと関係があるらしい.旧五千円札の肖像であった
新渡戸稲造は,1900年に「武士道」という本を英語で書き上げアメリカで出版した.これは10カ国で訳されて世界中で読まれ,最近でも1995年にギリシャで出版され爆発的に売れたという.この本の目的は,礼節,忠義,道徳,名誉を重んじ,和と人間愛を追求する真の日本人の精神を世界中に紹介する事であった.当時の国際連盟事務局次長を勤めていた時も武士道・日本人の精神を貫き,「不寛容な西洋社会に寛容な東洋社会の寛容の精神を取り入れて……」と感謝の言葉を贈られている.また,稲造は真の国際人が持つべき物は「賢明な寛容さ・行動より大切な静思・紛争や勝利より大切な理念」であるとした.私は,「美しい日本」とは,上述の「武士道・日本人の精神が満ちあふれた郷土」であると理解していたのだが,思い違いだったのだろうか.
 私達獣医師は,疾病を診断し治療方針を決定するために,客観的・科学的手法を用いる.例えば,皮膚に難治性の化膿性病変がある場合,単に消毒,抗生物質の投与を繰り返すだけでは解決しないことを知っている.感染や炎症の沈静化を妨げる様々な要因,例えば栄養,内分泌疾患あるいは免疫疾患といった個体の問題,飼育環境,飼い主の金銭的,時間的あるいは家族の協力等の個体を取り巻く問題の解決が必要なことがある.今,国際紛争解決のためなどという,私には理解できない名目で,殺りく,破壊行為が地球規模で行われているが,その方法で世界の人々の幸福が得られるのだろうか.稲造の言葉,伴侶動物が教えてくれる信頼と愛情の大切さ,そして私達科学者としての獣医師の立場から解決の糸口を考えてみよう.
 「美しい世界・美しい地球」を提唱したい.世界中の誰もが愛する家族,恋人,友人らが幸せであることを望んでいる.稲造が説いた武士道の精神で,世界中の紛争の根源と成り得る貧困,食料問題,地球環境問題,感染症,希望の持てない日常生活に対して,日本が率先して手を差し伸べることができないだろうか.そのためには膨大な人員,莫大な費用,高度な科学技術が必要であるが,日本には全てが備わっている.国内で発生する様々な災害,事故現場において迅速に的確に活躍する組織が実に頼もしく存在する.剣を鍬に持ち変えることで,さらに強大な組織となり世界中で活躍できる規模になることができる.既に,2004年ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ前環境副大臣は,国連環境計画とともに世界中で10億本以上の木を植えるキャンペーンを開始し,世界各地で広がりを見せている.日本の科学技術がこのような行動を後押しすることができる.私達臨床獣医師は,愛する小さな命を守る手助けをすることで期待に応えよう.数千数万人の命を殺りくすることが,いとも簡単に行われるのに対し,伴侶動物の命一つさえ救うことがいかに大変であり,しかし大きな価値があることを飼い主に知ってもらうことができる.日々の診療・研究で得られた新たな知見やより有効な治療法は世界に向けて発信することで世界中の飼い主の幸福に寄与することができる.稲造の「紛争や勝利より大切な理念」を持った真の国際人として「美しい世界・美しい地球」を目指して行動することで,世界中から(武士道・日本人の精神が満ちあふれた)真の「美しい日本」と呼ばれたい.

大橋英二  
―略 歴―

1987年 帯広畜産大学大学院修士課程修了
1989年 勤務医の後,北海道十勝地方で,あかしや動物病院開業
2004年 博士号(獣医学・岐阜大学大学院連合獣医学研究科)取得
  現在に至る


先生写真



† 連絡責任者: 大橋英二(あかしや動物病院)
〒089-0535 中川郡幕別町札内桜町112-2
TEL ・FAX 0155-21-5116 E-mail : akashiya@netbeet.ne.jp