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診療室

湘南夜間救急動物病院(SEAMeC)の設立

難波信一(マーブル動物病院院長・神奈川県獣医師会会員)

 


 この道を行けばどうなるものか
 危ぶむ事なかれ
 危ぶめば道はなし
 踏み出せば その一足が道となり
 その一足が道となる
 迷わず行けよ 行けば分かるさ

 

 アントニオ猪木氏が有名にしたこの一節.一休宗純の言葉と言われ,四十を越えても,尚「不惑」を達観できず人生を歩んでいた私に一筋の光明をもたらしてくれた座右の銘である.恐らく,この言葉の力を借りたからこそ,昨年2006年という激動の年を乗り切れたのではないかと思っている.
 私にとっての2006年は,これまでの人生の中で最も変化に富んだ一年であった.特筆すべきは,当地域に夜間動物病院を設立したことである.「夜間,ペットの具合が悪くなったらどこへ行けばいいのか?」という飼い主の問いかけに,「電話して下さいね」とは言うものの,個人の病院では100%対応できないというジレンマを抱えながら日々の診療に当たっていた.個人で夜間救急に対応するには,まず人材の確保,人件費,セキュリティーなどが大きなネックとなる.院長自らが夜間をカバーしたとしても,「常に均質な動物医療サービスを提供する」という観点に立つと,「夜間の診療をしている」という言葉の裏には,どうしても「可能な限り」という言葉が見え隠れしてしまう.このジレンマに立ち向かって克服したのが大阪市のN動物病院グループであり,それに続いて各地で続々と夜間動物病院の設立が相次いだというのが実際のところであろう.
 2006年2月,当地に「湘南夜間救急動物病院(SEAMeC)」を設立した.これは,神奈川県獣医師会藤沢支部と湘南支部の会員が一体となり,その中の有志が出資して設立した病院である.通常,有志が運営する夜間動物病院では,出資している動物病院に通う飼い主達が最大の利用者となる.当然と言えば当然のことである.ところが,当地に設立した夜間動物病院は,藤沢支部または湘南支部獣医師会会員の病院に通ってさえいれば,出資の有無に拘わらず夜間診察料の割引が受けられることが特徴である.このシステムを実践するに当たっては,出資者の寛大かつ崇高な理念がなければ実現不可能だったと思われる.設立に当たって,すべての事がスムーズに運んだわけではなく,どちらかというと,すべての事につまずきながら進んだと言っても過言ではない.
 まず,発起にあたって,獣医師会会員の中から様々な意見が出た.建設的な意見もあったが,中には批判的な意見さえ出てきたというのが実際である.どんな事柄でも,人数が多ければ多いほど,様々な意見が出るのは至極当然であり,予想できていたとは言うものの,ある時は閉口したこともあった.しかし,発起人はどうしても,地域獣医師会として取り組みたかったのである.もちろん,有志だけで設立すれば,志が同じ者同士なので,障害などほとんど考えられないことは予想していた.しかし,獣医師会離れが見え隠れする昨今,獣医師会に入って獣医界や地域社会に貢献するという使命感だけで会員を増やすことは,甚だ困難になっていると感じている.「より魅力的な獣医師会にすれば,会員数が増えるのではないか」という理念の下,具体的な事業を展開することによって,目的が達成できるのではないかと考えたのである.夜間救急動物病院がその具体的な事業展開として果たす役割は多大と思われる.
 このような事業を始めるに当たっては,様々な思惑が交錯する.時として「強引」が必要となる場面もあるだろうし,時には「協調」が必要な場面も出てくる.「強引」だけでは,「個人でやればいい」となるだろうし,「協調」だけでは,地域獣医師会会員すべての意見を充足させなければならず,何年経っても夜間病院設立には至らないと考えられる.理想的には,「走り出したら止まらない馬に優秀な騎手を乗せる」のが一番だと思う.
 ところで,湘南夜間救急動物病院設立に当たっては,思わぬ副産物が生まれた.これまで,藤沢支部と湘南支部は隣同士の支部ではあったが,交流は全くなく,近くて遠い隣人であった.夜間動物病院の構想は,それぞれが持っていたにも拘わらず,支部単独で設立,運営するまでには至っていなかった.たまたま一部の会員が宴席を共にして,意気投合し,発起,設立となったわけである.設立の打ち合わせを重ねる中で両支部の交流が深まり,現在では親密な支部関係を保っている.今回の夜間動物病院設立は,支部同士のつながりが,いかに大切かと言うことを再認識させてくれることとなった.
 湘南夜間救急動物病院の役割については,当地が日本大学動物病院のお膝元であり,また県内には麻布大学動物病院もあることから,高度動物医療を担う病院と言うよりは,より患者側に立った夜間動物病院という位置づけが最良であると考えている.つまり,夜間病院では「先生,うちのペットが……!!」,「よし,まずは朝まで頑張ろう!!」,その後搬送された掛かり付けの病院で,「うちでできなければ,大学へ」という形が理想的な構図と考えている.
 国内には多くの地域で夜間動物病院が設立されてきた.しかしながら,まだ十分な数にたっしていないと思われる.もちろん,個人病院でも夜間への対応を行っているところが増えてはいるが,地域に根ざした準公共的な夜間動物病院があり,地域獣医師会が運営しているという姿が理想的だと考えている.もし,同様の考えを持って夜間動物病院設立を目指しているものの,なかなか進まないという状況にある獣医師会会員諸兄の要望があれば,湘南夜間救急動物病院の設立に関わる経緯や情報を開示することは吝かではないので連絡をいただきたい.

難波信一  
―略 歴―

1987年 日本大学大学院獣医学研究科獣医学専攻修士課程修了
  動物病院勤務
1989年 日本大学農獣医学部獣医学科第二内科学研究室助手
1991年 テキサスA&M大学研修,動物病院勤務
1993年 神奈川県藤沢市にマーブル動物病院開業
現在に至る


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† 連絡責任者: 難波信一(マーブル動物病院)
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