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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XVIII)
― エキゾチックアニマルに由来する移入生物(5)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

7 ペットとしての爬虫類に由来する移入生物
 移入生物は,さまざまな経緯により導入される.ある目的をもって人為的に導入される場合もあるが,近年はペットとして家庭で飼育されていた動物に由来するものが多くなっている[1-10].
 従来,ペットとされる動物の多くは,犬や猫のほか,シマリスやゴールデンハムスターなどの小型の哺乳類,あるいは比較的小型の鳥類であり,これに加えて数種のカメ類や金魚,カブトムシなどの昆虫類が飼育されている程度であった.しかし,近年,一般にエキゾチックアニマルと称される多種多様な動物がペットとして普及し,これにともなって移入生物として定着する動物も多様になりつつある.
 本稿では,主にペットに由来する移入生物,あるいは移入生物としての定着が危惧される動物のうち,爬虫類に属するものについて述べることにする.
 現生の爬虫類(爬虫綱Reptilia)は,カメ目Chelonia(Testudines,Testudinata)と有鱗目Squamata,ムカシトカゲ目Rhynchocephalia,ワニ目Crocodyliaに分けられ,有鱗目はさらにトカゲ亜目Sauria(Lacertilia)とミミズトカゲ亜目Amphisbaenia,ヘビ亜目Squamataに分類されている.数10年前は,ある種のワニがペットとして小型の水槽に入れられているのをみることがあったが,こうした例を除けば,家庭で飼育される爬虫類の多くはカメ類であり,それも日本に生息するクサガメChinemys reevesii とイシガメ(ニホンイシガメ)Mauremys japonica に限られていたようである.
 ところが,昭和30年頃からいわゆるミドリガメが輸入されるようになり,このほかにも数種の外国産のカメ類が飼育されるようになった.そしてさらに,上述のようなエキゾチックアニマルの飼育が一般化するに及び,非常に多くの種のカメ類が輸入され,さらには多種多様なトカゲ類とヘビ類も輸入されるようになっている.
 現在,数種の爬虫類が移入生物として日本に定着している.以下に,ミドリガメのほか,代表的な種について略述する.

(1)ミシシッピアカミミガメ
 ミシシッピアカミミガメTrachemys scripta elegans は,ヌマガメ科Emydidaeに属するスライダータートルTrachemys scripta というカメの一亜種である.その幼体は,緑色を呈することから,一般にミドリガメといわれ,あるいはまた,ミシシッピアカミミガメそのものもミドリガメと称されている.
 スライダータートルは,アメリカ合衆国から南アメリカ大陸の北西部にかけての広い地域に分布し,15以上の亜種が知られている.ミシシッピアカミミガメは,その亜種の一つであり,アメリカ合衆国の南部とメキシコの北東部を本来の生息地とする.
 ミシシッピアカミミガメの幼体は,全身が鮮やかな緑色で,耳の部分が鮮紅色を示すため,色彩的にきわめて美しい.そのためであろうが,世界的にペットとしての人気が高く,多くの国に輸出されている.
 日本へは1950年代のなか頃からペットとしての輸入が開始されたという.1966年には製菓会社により,ミドリガメがチョコレートの景品とされてもいる.ただし,その景品として初めに輸入されていたものは,ミシシッピアカミミガメではなく,別亜種のコロンビアクジャクガメT. s. callorostris (独立種T. callorostris とすることもある)の幼体であったという.当時は“アマゾンのミドリガメ”などといわれていたが,ミシシッピアカミミガメにしても,コロンビアクジャクガメにしても,アマゾンに生息する種ではない.
 いずれにしても,輸入が始められた頃は高価なカメであり,飼育個体数も多くはなかったと考えられる.しかし,その後,飼育下において大規模な繁殖が行われるようになり,価格が下落し,現在では,数百円程度でペットショップ等からの購入が可能である.そのため,ペット用に流通しているミシシッピアカミミガメの個体数は膨大なものと思われる.
 ミシシッピアカミミガメは,幼体は非常に美しく,また,クサガメやイシガメの幼体よりも丈夫であり,ペットとして適している.ところが,成長にともない,鮮やかな緑色は次第に失われ,黒化する傾向がある.また,体サイズは甲長が雌で30cm,雄で25cm近くにまでなる.実際には,飼育下においてこれほど大きくなることは少ないが,甲長が20cmを超えることはふつうである.加えて,大型の個体は凶暴になることが多く,飼育者の手指を噛むことがあり,爪が発達し,特に雄の前肢の指の爪は長く,引っ掻かれると重度の外傷を負うことになりかねない.こうした点から,ミシシッピアカミミガメは,成長後に遺棄されることが少なくない.
 また,ミシシッピアカミミガメからはサルモネラが検出されることがあり,カメに起因するサルモネラの人体感染が発生したこともある.サルモネラは,本種に限って認められるものではなく,他種のカメ,たとえばクサガメやイシガメを飼育していても発生するが,ミシシッピアカミミガメにおけるサルモネラの問題が新聞等で報道された際には,それまで飼育されていた多くの個体が遺棄されたようである.
 現在,ミシシッピアカミミガメは,日本の各地において定着している.日本における繁殖の実態は明確ではないが,ある地域において在来種であるクサガメとイシガメの繁殖状況と比較した結果,ミシシッピアカミミガメのほうが1年間の産卵数がはるかに多かったという.また,仮に繁殖が行えない環境においても,多数のミシシッピアカミミガメが継続的に遺棄されていると考えられ,実際には繁殖しているのと同様に個体数が維持されていることが推察される[14].
 ミシシッピアカミミガメは,在来種のカメ,特にクサガメおよびイシガメと競合し,これらのカメを圧迫することが懸念される.
図1 ミシシッピアカミミガメの幼体
 図1 ミシシッピアカミミガメの幼体
図2 ミシシッピアカミミガメの成体
 図2 ミシシッピアカミミガメの成体

(2)クサガメ
 クサガメChinemys reevesii は,バタグールガメ科Bataguridaeに属するカメである.
 北海道と南西諸島を除く日本の各地と中国,台湾に生息する.クサガメには亜種は設けられていないが,日本に生息するクサガメと中国あるいは台湾に産するクサガメでは,体サイズや甲の形状,鱗の形態に相違が認められている.
 クサガメは古くからペットとして飼育され,特に幼体はゼニガメと称されて販売されている.ゼニガメとは,本来はイシガメの幼体をさす名称であったが,最近はイシガメの幼体に限らず,クサガメの幼体もゼニガメといわれている.
 ペット用に販売されているクサガメは,日本産の個体もあろうが,輸入された個体も多い.輸入されたクサガメは,日本産の個体と同種ではあるが,日本産のクサガメとは遺伝子が明らかに異なっていると考えられる.したがって,それが野外において定着した場合には,在来のクサガメと交雑を起こし,遺伝子の攪乱が生じることは疑いがない.
図3 クサガメ
 図3 クサガメ

(3)ミナミイシガメ
 ミナミイシガメMauremys mutica は,クサガメと同じく,バタグールガメ科に属する.ミナミイシガメには,基亜種ミナミイシガメM. m. mutica とヤエヤマイシガメM. m. kami の2亜種が知られている.
 基亜種は,中国東南部や台湾に分布するもので,日本においては,京都市などの限られた一部の地域に生息しているにすぎない.日本に生息する基亜種は,昭和時代の初期以前に台湾から持ち込まれたものであると考えられている.また,近年,滋賀県や大阪府でもミナミイシガメの定着が確認されるようになり,分布が拡大していることが推察される[13].
 一方,ヤエヤマイシガメは,本来は八重山列島(石垣島,西表島,与那国島)に限って分布していたといわれるが,現在では,八重山列島に限らず,琉球諸島の多くの島で生息が知られるようになっている.琉球諸島における分布の拡大は,いずれも八重山列島からの移入であると考えられている[11, 13].
 基亜種のミナミイシガメやヤエヤマイシガメの分布拡大は,ペットとして飼育されていた個体の遺棄や逸出が原因になっている可能性が高い.
図4 ミナミイシガメ(ヤエヤマイシガメ)
 図4 ミナミイシガメ(ヤエヤマイシガメ)

(4)セマルハコガメ
 セマルハコガメCistoclemmys flavomarginata もバタグールガメ科に属する.
 本種は,中国の東南部と台湾,石垣島,西表島に分布する.中国と台湾に生息するものを基亜種C. f. flavomarginata としてチュウゴクセマルハコガメと称するが,このほか,台湾に生息するものを基亜種としてタイワンセマルハコガメと称し,中国産の個体を別亜種C. f. sinensis としてチュウゴクセマルハコガメということもある.ただし,いずれにしても石垣島と西表島に生息するものは,別亜種ヤエヤマセマルハコガメC. f. evelynae とされている.
 ヤエヤマセマルハコガメは,1972年に国の天然記念物に指定されている.また,2000年にはセマルハコガメそのものが「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(CITES,ワシントン条約)の附属書 II に掲載され,その商取引が規制を受けるにいたっている.しかし,それまでは,中国と台湾に産する個体が数多く輸入されており,現在でも飼育下における繁殖個体といわれる幼体がペット用に広く販売されている.
 ペットのセマルハコガメを遺棄することはほとんどないと思われるが,逸出することはあろう.こうしたセマルハコガメは,日本の各地で散見される.沖縄島においても,基亜種とヤエヤマセマルハコガメの両亜種の生息が確認されている[11, 12].
 移入種として定着したセマルハコガメの亜種間の交雑により,遺伝子の攪乱が生じることが予期される.また,沖縄島には,セマルハコガメと同様に陸棲の傾向が強いリュウキュウヤマガメGeomyda japonica が分布している.セマルハコガメは,リュウキュウヤマガメと競合し,これを圧迫する可能性が高く,さらにセマルハコガメとリュウキュウヤマガメの交雑も生じているという[11].
図5 セマルハコガメ
 図5 セマルハコガメ
(以降,次号へつづく)


引 用 文 献
[1] 深瀬 徹:獣畜新報,56,195-196(2003)
[2] 深瀬 徹:獣畜新報,56,340-342(2003)
[3] 深瀬 徹:獣畜新報,56,422-423(2003)
[4] 深瀬 徹:獣畜新報,56,471-472(2003)
[5] 深瀬 徹:獣畜新報,56,551-553(2003)
[6] 深瀬 徹:明治薬大研究紀要,34,1-20(2005)
[7] 深瀬 徹:日獣会誌,59,715-717(2006)
[8] 深瀬 徹:日獣会誌,59,787-790(2006)
[9] 深瀬 徹:日獣会誌,60,17-19(2007)
[10] 深瀬 徹:日獣会誌,60,102-104(2007)
[11] 太田英利:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,245-247,地人書館(2002)
[12] 安川雄一郎:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,94,地人書館(2002)
[13] 安川雄一郎:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,95,地人書館(2002)
[14] 安川雄一郎:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,96,地人書館(2002)



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