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オゾン脱臭に伴う危険性について
岩城隆昌†(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター助教授・東京都獣医師会会員)
我々獣医師の職場に限らず,生活環境周囲で発生する臭いを脱臭しようとする要求が高まっている.この目的のために開発された脱臭装置の中には,オゾンの酸化力を利用して脱臭(除菌)しようとした装置が市販されている.一方,各地の浄水場で行われている高度浄水処理と称するオゾンを利用した溶解性有機物(微生物類を含む)や異臭味の酸化除去・消毒・殺菌法がマスコミ等で紹介され,さらにオゾン層が有害紫外線を吸収し,我々地球の命を守っていると聞かされ,オゾンは有益で安全な物質というイメージが生まれている.しかしながらオゾン脱臭装置の中にはその使用方法(人や動物が居住する密閉性の高い室内使用)により,その安全性に問題のあるものや効果の点で疑問が残るものも存在する.そこでオゾンを利用した危険な脱臭法とオゾン分解で生じた活性酸素を利用した安全な脱臭法について解説する. |
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2 オゾン脱臭(除菌)法 オゾンの枯草菌に対する殺菌効果を測定した石崎ら[1]の結果によれば,140,000ppb(=140ppm)の高濃度オゾンに暴露されると,相対湿度50%の大気中では枯草菌に対して殺菌効果は少ないが,相対湿度が95%という高湿度では枯草菌胞子のほとんどが短時間で消滅する.枯草菌は芽胞を持つ菌の一種で最も殺菌しにくい細菌として知られる.細菌の周囲に水分があれば,オゾンが分解して発生した酸素原子と反応して生じたヒドロキシルラジカル・OHが細胞壁の周辺で作られる.この酸化力は活性酸素の中でも最も強く[2],枯草菌の細胞壁ですら酸化して破壊し,菌を死滅させる. 太田[3]の著書によれば,悪臭物質とオゾンの反応は緩慢で,1ppmの硫化水素を同濃度のオゾンで反応させた場合の半減期は約150時間と長く,悪臭空気にオゾンを吹き込んでも悪臭物質は瞬時にはほとんど分解されない.オゾンの自己分解速度(半減期)は,大気中で数〜10数時間といわれるので,その間に悪臭物質は時間をかけ徐々に一部分が分解されるものと思われる.我々がオゾン発生直後の室内に入り臭いが消えたと感ずるのは,オゾンそのものが嗅覚細胞を麻痺させて人体に有害な“臭覚麻痺に基づく無臭効果”が得られることも一因と予測される. オゾンが空気と共に鼻から体内に取り込まれると,鼻から気管を経て肺に至るまでの相対湿度が100%に近い結果,通過するオゾンに曝される全ての粘膜が酸化する[4].これらの粘膜は枯草菌の細胞壁よりも遥かに脆弱で,オゾン濃度によっては,麻痺,肺水腫の症状が現れる.日本産業衛生学会の勧告では,オゾンの作業環境許容濃度は100ppb以下とされている[5].一方,市販小型オゾン発生器(270〜700mg/h)使用でも室内オゾン濃度が5,000ppb以上になることは容易に予測され,網膜細胞の酸化破壊による視覚の低下が200ppb〜500ppbで始まることを考慮すると,上記器機使用のオゾン濃度管理には厳重な注意を払うべきであると考える. |
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3 オゾン分解触媒(活性酸素)法 オゾンが酸素に分解するまでのサブミリセカンド(1/10,000秒)の過渡期に存在する活性酸素(活性酸素も動物や人に障害を与えるが,瞬時に消滅し,移動距離も10〜20μm以内と発生近位部分しか影響を及ぼさない)の強力な酸化力を利用して脱臭を行おうとする方法である. 脱臭に利用する活性酸素は,通常,オゾン発生器とオゾン分解触媒の組み合わせで発生させる.オゾン発生器としては,(1)紫外線を酸素または空気に照射する方法,(2)水を電気分解する方法,(3)放電による方法,の三つがある[4]が,イニシャル,ランニングを含めたオゾン発生コストの点から建築物の脱臭には,(3)大気圧放電プラズマ素子等を用いた放電による方法が採用される場合が多い. オゾンを含んだ空気がオゾン分解触媒を通過すると,つぎの脱臭反応が瞬時に起こる.
オゾンそのものは臭気を緩慢にしか分解できないが活性酸素は臭気を瞬時に分解できる.しかも触媒下流側には有害なオゾンは残存しない. オゾン分解触媒は,二酸化マンガン,酸化ニッケル,四三酸化鉄,酸化銅,炭酸コバルト,炭酸ニッケル,炭酸銅,のいずれか一種または複数種からなる粉末をバインダで成型した濾過層や,ハニカム形状に固着させた濾過層等を用いる.無機バインダにはシリカゲルやアルミナゲルやゼオライトなどの無機粉末が混合される場合もある(以下,オゾン分解触媒と称す). |
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4 し尿臭気の実体 人や動物のし尿の主な臭気源は硫化水素(人嗅覚閾値:0.4ppb)とメチルメルカプタン(人嗅覚閾値:約0.07ppb),及び硫化メチル(人嗅覚閾値:約3ppb)で,次いで二硫化メチル(人嗅覚閾値:約2.2ppb)とアンモニア(人嗅覚閾値:約1,500ppb)等であるが,悪臭の影響因子としては,前3物質は後2物質と比較して圧倒的に大きい. 我々の実験で,1m3のアクリル製密閉チャンバを製作し,密閉チャンバ内の硫化水素濃度が5ppbになるまで硫化水素を発生した条件下で,活性酸素発生ユニットからオゾン分解触媒を取り外し,送風ファンのみでチャンバ内を循環した場合,オゾン濃度は分解されないため10ppbまで上昇したが一方,硫化水素濃度は5ppbと変化しなかった.他方,オゾン分解触媒を取り付けた同ユニットでは,分オーダでオゾン及び硫化水素共に検出感度(1ppb)以下となった(図1).
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5 オゾン分解触媒の除菌効果 一般に空調機やエアコンならびに脱臭器等を作動させると,室内の浮遊細菌数が減少する.容積約20m3のオムツ置き室で浮遊細菌の低減効果(除菌効果)を測定した結果,浮遊細菌数[cfu]はオゾン分解触媒を稼動した場合は,しない場合と比較して,1/5〜1/10近くまで低減した(図2).これは活性酸素による殺菌と浮遊細菌捕集の相乗効果によるものと考えられた.
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6 光分解触媒法 活性酸素を利用する他の方法として近年注目されている光分解触媒法についても簡単に触れておく.酸化チタンを添着した濾材表面に紫外線が照射されると,酸化チタンからOHラジカルやO2−の活性酸素が生じる.活性酸素はその強力な酸化力により,濾材表面に吸着した悪臭成分を分解する.この光分解触媒法はオゾンを使わない分,安全に見えるが以下の欠点も指摘されている[5].(1)紫外線(UV)が直接照射された触媒表面のみでしか脱臭が起こらず,触媒に対しUV光が届かない部分は全く無効であること,(2)紫外線ランプの寿命は一般の蛍光灯よりも遙かに短時間で消耗すること,(3)紫外線照射で起こる脱臭効果は触媒照射面の汚れによって急激に低下する(汚れ除去のメンテナンスが必須). |
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7 ま と め 通常,オゾン脱臭と言えばオゾンのみによる脱臭を意味する場合が多い.オゾンの有害性については古くから知られており,濃度の高低によらず,オゾン単独による脱臭は嗅覚の麻痺作用による効果であって,健康に無害とは言い難い.オゾン発生器とオゾン分解触媒を組み合わせた「活性酸素による脱臭」は,臭気そのものを分解し,残存オゾン濃度を屋外大気中と同じppbレベル(大気中の年間平均オゾン濃度:森林でも5ppb程度)にできる.今後は,従来のオゾン単独による「オゾン脱臭」はできるだけとりやめ,健康に害のない「オゾン分解触媒法による脱臭」に転換していく必要がある. |
参 考 文 献 | ||||||||||||
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