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解説・報告

─平成16年度特定疾病専門家養成事業海外派遣報告─
アメリカ・テキサス州TAMU, College of Veterinary Medicine,
Schubot Exotic Bird Health Centerでの研修を通じて

花房泰子((独) 農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所細菌
・ 寄生虫病研究チーム主任研究員)


先生写真 日本獣医師会の特定疾病専門家養成事業(獣医師海外派遣)に参加させていただき,2005年の2月から8週間,アメリカ合衆国テキサス州のTexas A&M University,College of Veterinary MedicineのSchubot Exotic Bird Health Centerで学ぶ機会を得た.本稿では,私がそこで経験したこと等について報告したい.


1 Texas A&M UniversityとCollege Stationについて
 Texas A&M University(TAMU)という大学や大学があるCollege Station(カレッジステーション)という街については,どちらも日本人にはなじみが薄いかもしれないので,まず簡単にTAMUとカレッジステーションについて説明したい.
 私が滞在した大学の名前は「Texas A&M University」.略してTAMUと言う.この名前を最初に聞いた時「A&M」とは何かの略称かと思ったが,これが正式名称である.TAMUの前身は「Agricultural and Mechanical College」という男子校で,1871年に創立された全米でも歴史のある大学の一つである.1960年代に初めて女性を受け入れるようになり,その時に現在の名称「Texas A&M University」になったそうである.
 TAMUの所在地であるカレッジステーションは,テキサス州の中東部.宇宙センターで有名なヒューストンの北西,ダラス南東,テキサス州都オースチンの北東.3つの大都市で形成される三角形の真ん中にある小さな都市である.日本からはダラス・フォートワース空港か,ヒューストン国際空港で飛行機を乗り換えると,1時間程でカレッジステーション空港に到着する.現地で会った日本人研究者は「カレッジステーションは,つくば市に似ている.」と言っておられた.確かに,大都市から少し離れた場所に大学や研究所があり,TAMUの学生と職員とその家族によって街が構成されている点など,多くの研究者や研究所のスタッフとその家族が暮らしているつくば市と似ているかもしれない.
 それにしてもTAMUの大きなことには驚愕した.大学の敷地内に飛行場があり,構内を貨物列車やバスが走り,立体式の巨大な駐車場がいくつもあり,アメリカンフットボールのスタジアムがあり,さらに立派なゴルフコース(打ちっぱなしではない)まであると申し上げれば,その大きさを想像していただけるだろうか.これが「University=総合大学」なのだなと,心の底から感心した.
 大学の大きさとともに,カレッジステーションに来て驚いたことの一つに極めて治安が良いことが挙げられる.夜,ラボのメンバーとレストランで食事をする際に「ノートパソコンなどは車に残しておいても大丈夫.」と言われた時には耳を疑ったが,それで,ほとんど問題が起こらないほど治安が良いそうである.これは,カレッジステーションの住民のほとんどが経済的にかなりゆとりがあることと無関係ではないだろう.ただあまりに治安が良いので,つい油断しそうになるが「テキサスでは,かなりの人が銃を持っているからね.決してそのことは忘れてはいけないよ.」と,仲良くなった同僚からアドバイスを受けた.彼女から受けたもう一つのアドバイスは「テキサス州に来たら,テキサス州と教会とブッシュ一族の悪口は言わない方が身のため.」と言うものであった.後者は冗談半分だが,いずれにしても,テキサス州の人達は,テキサス州のことを,とても誇りに思っているようである.テキサス州の州旗(Lone Star)があちこちに掲げられ,何かと言うと「テキサス・サイズ」「テキサス・スタイル」という言葉が飛び出す.これはテキサス州が以前メキシコ領で(そのせいかメキシコ料理屋さんが沢山ある)分離戦争を経てアメリカ合衆国の州になるという立場を選び取ったという背景もあるのかもしれない.さらに,テキサス州は「9年間,国として独立していた」という歴史があり,「いつでも合衆国から独立できる」という証文まであるそうだ.州の動物は小哺乳類がアルマジロで,大哺乳類は肉牛のLong horn.肉牛が州の動物に指定されていることからも分かるように畜産もとても盛んであるし,個人で馬を所有している人も沢山居る.
 さて,話が少し横道にそれたが,TAMUの敷地の北西にCollege of Veterinary Medicineがある.全米に「獣医関連の大学」は32校にあるらしいのだが,その中でも最大の規模と最も古い歴史を誇る大学の一つである.主な建物は「Small Animal Medicine」「Large Animal Medicine」「Veterinary Medical Science」の3つ.さらに小さな建物があちこちに点在し,広大な試験農場もあるらしいが,あまりに規模が大きいため,滞在期間中に全容を知ることはできなかった.
 ここの臨床施設の充実度は,まさに先進国アメリカと言えるものであろう.小動物病院は,緊急事態に備えてスタッフが常駐し,24時間態勢で診療を受け付けているし,別な棟にある大動物病院には日本で犬や猫を連れて来院するような気軽さで,牛や馬を連れた畜主が病院を訪れていた.テキサスには個人で馬を所有している人が多いので,馬の診療需要も多いのだろう.そして,どちらの病院にも,世界各地からの研修医や留学生が数多く滞在し,日夜研鑽を積んでいた.それにしても,大動物臨床施設は日本の大学とは比較できないほどの規模である.迷ってしまいそうなほど大きな大動物舎(実際,私は迷子になった)には,何組もの手術準備室に手術室,入院設備が完備されており,圧巻の一言に尽きる.さらに小動物病院,大動物病院のそれぞれに薬剤室があり,それらの薬品を管理する専任スタッフが居るのも,日本では珍しいのではないだろうか.臨床部門と基礎研究部門は,密接に連絡を取り合っており,私が滞在期間中におこなった臨床治療試験の際も,小動物病院の薬剤師が細やかなアドバイスをくださったことが印象的であった.

2 Schubot Exotic Bird Health Centerについて
 今回の研修中,私が滞在していたのは,Schubot Exotic Bird Health Centerという,鳥類の研究所である.この研究所は,愛鳥家であったMr. Richard M. Schubot氏からの寄付で1987年に設立されました.DirectorのDr. Ian Tizard氏を筆頭に,私の直接のボスであったAssociate DirectorのDr. David N. Phalen氏,鳥類飼育の専門家であるDr. Darrell Styles氏を初めとする多数のスタッフが,鳥類,特にオウム・インコ類を主とした鳥類の感染症や栄養に関する疾病の研究を行っている.しかし研究所とは言っても,基本は大学の一角にある研究室の一群であり,他のフロアにある研究室にいるスタッフも多いので,日本で言う「研究所」とは,少し趣が違うかもしれない.
 さて,Schubot Exotic Bird Health Centerの一番の目玉は,何と言ってもAviary(鳥小屋)であろう.Aviaryは,Veterinary Medical Scienceから徒歩5分程度のところにある独立した建物である.鳥類飼育の専門家であるDr. D. Styles氏によって設計されたもので,作業室と飼料室を挟む形で清浄鳥飼育室と感染鳥飼育室に分かれている.実際に,清掃・給餌等の作業をしてみると分かることだが,ケージの配置や床の傾斜,水道栓の配置などが,実に管理しやすいように設計されているので極めて効率的に作業を進めることができる.そして当然のように,備え付けの皿洗い機があり,それを使って鳥の餌・水入れを洗うのはいかにもアメリカらしいなと,何となく可笑しくなった.
 ペレットなどの主な餌は飼料メーカーから寄付され,それに種子類,野菜,果物を加えた飼料が給与される.これらの飼料も栄養学的に計算して飼料設計がなされており,加える副食の量も「コンゴウインコにはブラジルナッツ1個とピーナッツ2個を追加」「ボウシインコにはピーナッツ1個追加」などと,細かく指示が出されている.けれど「物事には例外が付き物」という,スタッフの極めてテキサス的な判断により,時には,私のお気に入りのコンゴウインンコ(Dr. Pepperという名前がついていた)に,オヤツとしてピーナッツを渡すことを許可してもらったりもした.このテキサス的判断は,ピーナッツのために愛想が良くなったDr. Pepperと遊べる私と,普段よりちょっと沢山ピーナッツを貰えるDr. Pepperの双方にとって大きな楽しみをもたらしてくれ,テキサスにおける忘れ難い思い出の一つとなっている.
 このAviaryで多く飼育されているのは,南米産のコンゴウインコ類・ボウシインコ類・コニュア類で,それらに加え,オセアニア原産の白オウムといった多種多様なインコ類,鳩,カナリア,そして数羽の採血用鶏が飼育されている.私は入室できなかったが,別な建物に結核菌等の人と動物の共通感染症に関する試験をしているBSL2〜3のAviaryもあり,ヨウムなどのアフリカ原産のインコ類もいるようである.Aviaryの鳥達は,ワシントン条約の発効前に捕獲された元野生のインコや,ペットであったものが諸事情で寄付されたものが大半を占めている.そして極めて高価な鳥種や,ワシントン条約の付属書ソに分類され,商業目的での取引が禁止されている種類も多いことから,盗難や各種トラブルを防ぐためにも,Aviaryの管理は厳重になされている.さらに全米各地から,治療の方法が見つからない病鳥を寄付したいという相談や,病理解剖の依頼が文字通り押し寄せている.何しろ,私が研究所に行った初日の朝,Dr. Phalenと一緒に一番最初に行ったことは,ガリガリにやせ衰えたルリコンゴウインコの安楽殺とその病理解剖だったと申し上げれば,その件数と多忙さの一瑞を想像いただけるだろうか.

3 メガバクテリア(Macrorhabdus ornithogaster)の診断について
 私はこの研究所で,主にメガバクテリアについて学んだ.ここでは,臨床の先生方が一番興味を持たれるであろう,診断法について述べてみたいと思う.メガバクテリアとは通称で,正式には「Macrorhabdus ornithogaster」という学名を持ち,子のう菌類に属する真菌である.以前は,「大きな細菌」ということで「メガバクテリア」と呼ばれていたが,細菌で無いことが明らかになった現在では,「Macrorhabdus(マクロラブドス)」と呼ぶことが適切であると提唱されており,本稿においても,以後はMacrorhabdusと記載する.
 Macrorhabdusは,多くの種類の鳥の腺胃に寄生する真菌で,消耗性疾患や,突然死の原因となるため,鳥類の臨床現場においては大きな問題となっている.この菌が細菌であるか,真菌であるかについては,長い間,議論の対象とされてきたが,2003年にDr. David Phalen等のチームが16S rDNAの解析により,真菌であることを明らかにした.Macrorhabdusに感染した鳥の治療にはアムホテリシンBの経口投与(2回/日)が行われるが,ブリーダーのような多数の鳥を飼育する施設におけるコントロールは極めて困難であるとされている.また,アムホテリシンBは毒性が強いこと,投与しても治療効果が認められないケースもあることなどから,安全かつ効果的な治療法の開発が望まれている.しかし発見以来,20年以上の年月が経過しているにも関わらず培養系が確立されていないため,診断法,治療法を含め,この真菌に関する研究は,遅々として捗っていないのが現状である.
 さて本題の診断法であるが,最初は,写真でしか見たことのないMacrorhabdusを,顕微鏡下で確認するトレーニングから始まった.Macrorhabdusの診断は鏡検以外にほとんど方法がない.そこで,直接塗抹・グラム染色・カルコフルオロステインと言う真菌の細胞壁を染める染色法を用いて糞便材料を鏡検したが,実際に試みてみるとこれが難しい.雑誌や書籍では「鏡検によるMacrorhabdusの診断は容易である」との記述を見かけるが,なかなかMacrorhabdusとそれ以外のモノを区別することができない.最初は「直接鏡検による診断」が難しいのは,経験不足や鏡検力不足と言った自分の技量に起因するのだと思っていた.しかし8週間の滞在を終えた後,これは初心者であるから難しいのではなく,糞便をサンプルとした鏡検によるMacrorhabdusの診断が困難であるのだと確信するに至った.
 一番大きな理由は,似た形状の菌が多すぎると言うことである.私が鏡検した鳥類糞便の中では,特に,パタゴニアイワインコやボウシインコ類の糞便にグラム陽性大桿菌が多く存在し,しかも時にそれが長く連なっていることがあるので,Macrorhabdusとの識別が極めて困難になるのだ.これは,直接塗抹,グラム染色の双方において,同じことが言えると思う.実際に,私のボスであったDr. Phalen氏(Macrorhabdusが真菌であることを報告したチームのリーダーで,病理の専門家.)に,一緒に顕微鏡を覗いてもらい「これはMacrorhabdus?」と聞いても「よく分からない」という返事が返ってくることが度々であった.逆に彼に「これはMacrorhabdusだと思う.」と言われたサンプルについて,カルコフルオロステイン法によるチェックをおこなったところ,Macrorhabdusではないという結果が出ることも度々あった.
 もし直接塗抹,もしくはグラム染色による判断が困難な場合は,カルコフルオロステインによる蛍光染色は,極めて有効な方法であると考えられる.しかし,この方法には蛍光顕微鏡が必要なため,どこでも簡単にできるという状況ではない(染色自体は3分足らずでできるし,大変容易である).また,鳥の種類が変わると糞便中の食餌残ーも随分異なるため,カルコフルオロステイン染色を用いても,不正確な結果が出る可能性もあると感じた.鳥の採食している飼料によっては,多量のキチン質を含んだ残ーが糞便中に存在するため,飼料残ーがカルコフルオロステインで染まり,診断が困難になることが多々見受けられたからだ.さらにMacrorhabdusに感染している鳥が糞便中に排菌する確率は決して高くない.このことも糞便の鏡検のみに頼る診断の難しさが増加する要因であろう.
 直接鏡検以外の診断法開発の可能性について考えてみよう.PCR法のようなDNA診断法であるが,Macrorhabdusが真菌であることと,糞便からのサンプル抽出となるので,PCRに用いるために充分な純度のDNAを,充分な量回収することは極めて困難であると考えられる.また,先ほども述べたが感染している鳥が糞便中にMacrorhabdusを排菌する確率は高くないため,DNA診断をMacrorhabdusに用いる計画は現実的とは言えない.実用的かつ正確な診断法としては,免疫学的な診断法が最も望ましいと考えられるが,その手法の確立には,まだ長い時間が必要となると考えられる.
 これからの,Schubot Exotic Bird Health Centerと,Dr. Phalen氏等のMacrorhabdusに関する研究ターゲットは,臨床現場で求められている,効果的で毒性が低く,安価な治療方法の確立と,正確で迅速な診断法の開発が中心になると考えられる.また,世界各地におけるMacrorhabdusの疫学調査や遺伝的多様性の調査も,これからのテーマとされている.今回得られた知識を元に,微力ながらも,その一助となるような仕事ができればと考えている.

4 お わ り に
 テキサスの人達は大らかで人懐こく,何もかもが楽しく,美味しく,珍しく,あっという間に8週間は過ぎていった.このような派遣の機会を与えてくれた日本獣医師会と,滞在中,常に温かくサポートしてくれたCollege of Veterinary Medicineのスタッフの皆様に心から感謝申し上げる.そして,最後に,我々の研究のために,尊い命を捧げてくれた十数羽の鳥達に心から感謝すると同時に,彼らの冥福を祈りたいと思う.



† 連絡責任者: 花房泰子((独) 農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所細菌・寄生虫病研究チーム)
〒305-0856 つくば市観音台3-1-5
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