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診療室

小動物診療における東洋医学

池田真三 (川崎市獣医師会監事 ・ 池田動物病院院長)

 小動物の臨床に携わって,40年.あっという間に過ぎ去っていった.
 この間に日本の獣医療は飛躍的な進歩を遂げた.それは,諸外国の獣医療技術と豊富な文献,国内の多くの臨床家による,たゆまぬ努力と研鑽が支えてきたものにほかならない.今日では,獣医療も人間の医療と同じように,西洋医学を中心とした高度化,専門化が進み,過去には手がつけられなかった病気でさえ,診断・治療され,多くの命が救われるようになった.一方,ペット社会も高齢化が進み,関節疾患やホルモン性疾患といった慢性病が多く見受けられるようになっている.獣医師には,これまでの「治療」という分野だけでなく,「老齢化したペットの生活の質(QOL)を高め,生涯を全うさせる.」という役割も重要になってきたように思われる.そして,そのためには,科学的な分野で推し進められてきた西洋医学のみならず,東洋医学(代替医療)を加えた医療が必要になっていると考えている.
 東洋医学というと,若い先生のなかには何か新しい医学のようなイメージを持たれる方もいるようだが,医学者ヒポクラテスは紀元前400年の昔,自然治癒説にこう記した.「病気は,体をつくる成分,すなわち体液の乱れから起こる.体は体液の乱れを正常にしようとする.それは内なる熱の働きであり,体液がそれを調理する.調理で無害になり,健康な成分から分かれた“悪いもの”は,嘔吐,下痢,排尿,発汗,咳,痰,出血,化膿などといった,いろいろなルートで排出される」.まさに最近注目されている,「体にたまった毒素は,自然治癒力によって排出され,健康になる」と言うデトックスであり,昔も今も根本的な考えは変わっていないことに気づく.
 我々獣医師は,切れた皮膚を縫うことができても癒着させることはできない.ましてや骨を再生することなど到底できない.現在の科学の力では細胞一つ作れないのである.しかし,ヒポクラテスが言う“内なる熱の働き”,つまり細胞を活き活きとさせるための手伝いはできる.細胞が正常化(活性化)すれば表在化した症状が消失していく.その結果が治癒である.医療とは,「その体が元来持っている自然治癒力を後押しすること.」であり,自らの力で直せるところまで手伝うということである.
 これからの獣医療を考えるとき,極端に言うと急性疾患は西洋医学,慢性疾患は東洋医学というように,病状によって使い分け,あるいは使い合わせていくことが良いように思われる.どちらが良い,悪いとか言うのではなく,動物の体を正常化させる手段として統合獣医療,すなわち西洋医学と東洋医学とを合わせた獣医療が望ましいと思われる.
 ところで私は,診療に役立つと思い実践していることがある.それは昔から言われている「手当て」と呼ばれるものである.具合が悪いからといって自ら病院に来る動物はいない.動物たちにとって病院は不安なところであろう.そのため診察や治療に入る前に動物の心をやわらげる,ちょっとした時間が大切に思えるのである.それにはまず診察室の「場」を整えることから始める.動物にそっと手を当て,静かに包み込み,心に話しかける.飼い主との静かな会話が流れ,診察室には柔らかな空気が揺らいでいく.「場」が整うと,動物のからだが緩み,緊張が取れていくのがわかる.そしてわたし自身も穏やかな気持ちになる.すべての動物には難しいが,診察に入る前にできるだけ実践している.(昔はもちろん,そんな余裕はなかったが)
 診察に入ってからも,我々獣医師は動物にとって嫌がることばかりをしている.注射をしたり,肛門に体温計を突っ込んだり,検査のために血液を抜き取ったり.そこで最近,体温はなるべく指で測るようにしている.人間の指先,特に人差し指は敏感なセンサーである.少し練習すれば会得することができるだろう.まず,犬や猫の耳の中にゆっくり指を入れその温かさを記憶する.次に体温計を使って肛門で測り,耳の温かさと体温計の数値を比較する.何度も行っているうちに大体同じぐらいになる.嫌がる動物の肛門で体温を測らなくとも,耳で近い値が測れるようになる.以前は,体温を測るだけで動物が暴れ病院嫌いなったり,飼い主には,それだけで不信感を持たれたり,といろいろな経験をした.このような方法により,動物が落ち着いて診療を受けるようになった.
 治癒とは「治療」という手段と精神面での「癒し」があいまってなし得るものである.真の治癒には,こうした工夫も大切だと思う.
 話を東洋医学に戻す.東洋医学に代表される代替医療,すなわち漢方薬,針灸,ハーブ,アロマセラピー,ホメオパシー,伝統医学などは,効果こそ認められているものの,それらの多くが科学的に実証されていない,という見方がある.現在の科学で実証されていなくとも,多くの分析結果や歴史が臨床上の効果を指し示すならば,動物たちの健康をより早く取り戻すための一助として,使用し症例を重ねていくべきではないかと,一臨床家として思う.事実,近年では西洋医学とともに自然医療などを臨床に加え,ホリスティック(全的)医学として,それなりの成果をあげつつあるようである.
 私が小動物の臨床にかかわりはじめた昭和40年代は,専門書など無きに等しく手探りの状態であった.その頃を振り返ると,よくまあここまでやってこられたものだ,という思いがする.しかし,人間とペットの関係がより密になり,また,ペットの高齢化が進む現代,わたしたちにできることは,まだまだたくさんあるように思われる.
 「物言わぬものに携わるものは,物言わぬものに恥ずべき行動,行為をとってはならぬ」を信条として,これからも臨床に携わっていこうと思っている.

池田真三  
―略 歴―

1966年 日本大学農獣医学部卒業
  東京都世田谷区にて研修医,勤務医
1986年 川崎市中原区にて池田動物病院を開業
  現在に至る


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