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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XVI)
― エキゾチックアニマルに由来する移入生物(3)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

5 ペットとしての哺乳類に由来する移入生物(続)
 日本には古くから多種多様な生物が移入生物として定着している.それらは意図的あるいは非意図的なさまざまな理由によって導入されたものであるが,そのなかには家庭においてペットとして飼育されていた動物も多く含まれている[2-8].
 前号[9]では,主にペットに由来する移入生物,あるいは移入生物としての定着が危惧される動物のうち,有袋目Marsupialiaと食虫目Insectivora,霊長目Primates,ウサギ目Lagomorpha,齧歯目Rodentiaについて概説したが,今回はこれに続いて食肉目Carnivoraに属する移入生物について述べてみたい.

  (1)イエネコ(猫)
 イエネコFelis sylvestris catusは,食肉目のなかのネコ科Felidaeに属する.動物学の領域ではイエネコという和名が用いられることが多いが,一般には単に猫と称されるのがふつうである.ここでは以下,猫と記載する.
 猫は,エキゾチックアニマルの範疇に含まれるものではないが,ペットとしてひろく飼育されており,その一方では移入生物として大きな問題を引き起こしてもいる.
 猫は,本来は野生の動物ではなく,家畜である.その歴史は古く,古代エジプトにおいてネズミから穀物を守るために野生のネコ科動物を家畜化したのが起原であるという.猫の祖先は,ヨーロッパヤマネコF. sylvestris の亜種であるリビアネコF.s. lybica(独立種とすることもある)と考えられている.
 日本に猫が導入されたのは,およそ1,000年ほど前のことといわれ,中国を経て伝えられたとされている.猫は,本来は家畜であり,人間に飼育されている動物である.しかし,棄てられた猫は,しばしば半野生化し,人間の生活環境内で,ゴミなどから食餌を得て生活を行うようになる.これをノラネコ(野良ネコ)という(図1).また,人間の生活に依存せずに,野山などで野生の動物を捕食するなどしてほぼ完全な野生生活を営んでいるものをノネコ(野ネコ)といい,ノラネコと区別している.
図1 猫(ノラネコ)
 図1 猫(ノラネコ) 

 こうした野生化した猫,すなわちノネコは古くから存在したと考えられる.すなわち,移入種としての猫の歴史も古いということになる.
 しかし,猫が移入種として問題視されてきたのは最近になってからである.現在,厳密な意味でのノネコは,沖縄県の一部などを除いて,ほとんど存在しないと考えられるが,なかば野生化した猫であっても,在来の小動物を捕食することがある.特に南西諸島では,猫による在来の希少種の捕食が問題になっている.また,地域によっては,海鳥を捕食することがあり,その繁殖への影響が懸念されている.さらに,天然記念物であるツシマヤマネコ F. bengalensis euptilura に対してイエネコが有する猫免疫不全ウイルス(FIV)が伝播していることが知られ,病原体の蔓延を起こすことも危惧されている[1, 11].

  (2)アライグマ
 アライグマProcyon lotor は,アライグマ科Procyonidae に属する(図2).
 カナダ南部からアメリカ合衆国,中央アメリカにかけての地域が原産であるが,日本などのアジアの一部やヨーロッパなど,世界の各地で移入種となっている.
 アライグマは,決して飼育しやすい動物ではなく,幼体時から飼育したとしても,成長にともなって凶暴になることがあり,必ずしも人間に馴れるとは限らない.このため,家庭動物として飼育されていたアライグマが意図的に遺棄されることが多いようである.
 日本におけるアライグマの移入は,動物園で飼育されていた個体の逸出もあるが,現在では,多くは家庭で飼育されていた個体の逸出や遺棄によるものであろう.現在,アライグマの移入は多くの地域で認められているが,特に北海道と神奈川県では大きな問題になっている[10].
 アライグマが引き起こす問題としては,在来種の捕食や在来種との競合,さらに農業被害等がある[10].
 アライグマに対しては,各地で駆除が行われているが,すでに広域に分布し,日本の生態系のなかで確固たる地位を得ていると考えられるため,すべてを駆除することは不可能であると思われる.
 なお,アライグマと同属のカニクイアライグマP. cancrivorus も,ペット用に輸入されていたことが推察される.本種については移入は確認されていないが,定着した場合には,アライグマと同様の問題を引き起こすことが危惧される.

図2 アライグマ
 図2 アライグマ


  (3)フェレット
 フェレットMustela putorius furo は,イタチ科Mustelidaeに属する(図3).
この動物は,ヨロッパケナガイタチM. putorius をもとにして作出された家畜である.また,ステップケナガイタチM. eversmanni も祖先となっているといわれることもある.家畜としては当初,ネズミの駆除などのために用いられていたが,現在では世界的に広くペットとして飼育されるようになっている.
 日本においても非常に多数がペット用に飼育されているが,そのほとんどは,避妊手術または去勢手術を受けたものである.そのため,たとえ遺棄されたり,逸出することがあったとしても,それが野外において繁殖することはなく,したがって移入生物として定着することはない.
 ただし,ごく少数ではあるが,生殖腺の摘出を受けていない個体も飼育されているため,フェレットが移入生物となる可能性がまったくないとはいえない.フェレットが野外に定着した場合には,在来種との競合や在来種の捕食が起こることが懸念される.
図3 フェレット
 図3 フェレット

  (4)ハクビシン
 ハクビシンPaguma larvata は,ジャコウネコ科Viverridae,パームシベット亜科Paradoxurinaeに属する(図4).
 中国,台湾,インド及び東南アジア一帯に広く分布している.
 ハクビシンは,江戸時代には日本における生息の記録があり,一説には在来の動物であるともいわれている.しかし,本種は,東南アジアや中国,台湾に広く分布し,日本では本州と四国の多くの地域に生息しているが,九州には分布していない.南方由来の動物は,通常は台湾から九州を経て本州に分布を拡大するのがふつうであり,九州に生息していないことはハクビシンが移入種であることを示していると思われる.また,日本において,ジャコウネコ科の動物の化石が認められていないことも,ハクビシンが移入種であることを裏づけると考えられる.
 ただし,前述のように,江戸時代にはすでにハクビシンが日本に生息していたようであり,移入種としての歴史は非常に古いといえるだろう.また,昭和の初期頃には,毛被獣としてハクビシンが飼育されたことがあり,その後,それらの個体が遺棄され,日本各地に分布を広げたことが推察される.
 さらに,近年,中国からといわれるが,愛玩用にハクビシンが輸入され,家庭動物としての飼育も行われている.ただし,アライグマと同様に,ハクビシンも人間に馴れやすい動物ではなく,意図的に遺棄されることがしばしばあるという.このため,従来から移入種として定着しているハクビシンに加え,最近になって新たな移入が成立している可能性がある.
 移入として定着したハクビシンは農業被害を起こすことが多い[12].
 また,最近,重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルスは,ハクビシンに由来するものではないかともいわれているが,その真偽は別にしても,移入種はその動物のみで移入が成立することはありえず,その体内に多種の微生物や寄生虫の感染あるいは寄生を受けた状態で侵入し,移入種として定着していることを十分に考慮すべきである.

図4 ハクビシン
 図4 ハクビシン


  (5)ジャワマングース
 ジャワマングースHelogale javanicus は,ジャコウネコ科,マングース亜科Herpestinaeに属する.
 中国南部,東南アジアからインド,アラビア半島にかけて広く生息している.移入種としては,西インド諸島,ハワイ諸島,フィジー諸島,また,日本の沖縄島と奄美大島に移入されている.
 西インド諸島,ハワイ諸島,フィジー諸島では,ネズミ類の天敵として,サトウキビ畑におけるネズミ類の駆除のために導入されたという.その結果,ネズミ類による被害は一時的に減少したが,代わってマングースによる農業被害と,さらにマングースに捕食されにくい樹上性のネズミによる被害が増加したという.
 日本においては,エキゾチックアニマルとしての飼育はほとんど行われていないが,毒蛇であるハブ類の対策のため,その天敵として,さらにハブの被捕食者であるネズミ類の天敵としてジャワマングースの導入が行われたという経緯がある.しかし,ハブ類は夜行性であるのに対し,ジャワマングースは昼行性であるため,ハブ類に対する捕食効果は低いようである.加えて,ハブ類の餌となるネズミ類に限らず,捕食者を欠いた環境で進化を遂げた南西諸島の多種の動物を捕食するようになり,奄美大島ではアマミノクロウサギPenralagus furnessi,沖縄本島ではヤンバルクイナGallirallus okinawae などの在来の哺乳類や鳥類,爬虫類の捕食が確認されている.アマミノクロウサギやヤンバルクイナは,絶滅の危機に瀕しており,その原因がすべてジャワマングースによる捕食によるものとはいえないが,少なくともこれらの動物の絶滅に拍車をかけていることは明らかであろう[13].
 ジャワマングース導入の失敗は,ある特定の種の動物を駆除するためにその天敵を導入することがいかに困難であるかを示す好例であろう.
(以降,次号へつづく)


引 用 文 献
[1] 阿久沢正夫:外来種ハンドブック,日本生態学会編,
村上興正,鷲谷いづみ監修,222-223,地人書館(2002)
[2] 深瀬 徹:獣畜新報,56,195-196(2003)
[3] 深瀬 徹:獣畜新報,56,340-342(2003)
[4] 深瀬 徹:獣畜新報,56,422-423(2003)
[5] 深瀬 徹:獣畜新報,56,471-472(2003)
[6] 深瀬 徹:獣畜新報,56,551-553(2003)
[7] 深瀬 徹:明治薬大研究紀要,34,1-20(2005)
[8] 深瀬 徹:日獣会誌,59,715-717(2006)
[9] 深瀬 徹:日獣会誌,59,787-789(2006)
[10] 池田 透:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,70,地人書館(2002)
[11] 伊澤雅子:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,76,地人書館(2002)
[12] 鳥居春己:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,74,地人書館(2002)
[13] 山田文雄:外来種ハンドブック,日本生態学会編,村上興正,鷲谷いづみ監修,75,地人書館(2002)



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