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診療室

不  惑  そ  し  て  還  暦

大出 光†(栃木県獣医師会常務理事・大出動物病院院長)

 関東には親鸞上人が布教の拠点とした寺院がいくつかあり,その一つのお寺の住職さんから治療のお礼にと「老いを学ぶ」―私の老年学入門―という本をいただいた.著者の略歴をみると精神科の医学博士で松下電器健康管理センター副所長を繰り上げ希望退職後,仏教大教授をなされ他にもいくつかの著書があると書かれている.
 私は1946年生れ,1971年開業で今年還暦を迎えた.開業年数だけでも不惑の年(40歳)に近い年数である.しかし60歳をこえたのにまだ惑っている.
 入門書によれば『中年の象徴的年齢である40歳を“不惑(まどわず)”とよぶことは広く知られているが,多くの日本人はそれを誤用しているようである.だいたい不惑とは,孔子が自分の40歳について語った言葉で,われわれ凡人は40歳からむしろ惑いはじめるという.勉強しなければならないものが,あまりにも多く残っていることに愕然とするのも,中年期に特徴的な悩みである.と同時に,おのれの限界がはっきり見えてくる.それまでは,他人の業績は,自分がその道を歩まなかっただけのことで,自分も同じことを行っていたら,同じ成果をあげることができた,と思えたのが,実は誤った考えであったことを自覚させられるのも中年期である.「少年老い易く学成りがたし」(朱熹「偶成」)と気づくのが少年期でなく,中年期ないし高年期であるところに,人生の皮肉ときびしさがあるといえるであろう』
 「お父さんいつまで仕事をするのよ!」と娘はいう.「いつまでかなー」多くの獣医師諸先輩方のように死ぬまで診療をするつもりはないのだが….
 伝統的な農業中心の社会では,高年者は経験豊かな長老としての尊敬を受けることができたが,工業化が進んだ情報社会では,高年者よりも最新の技術と知識をもつ若者が尊重されることは,火をみるよりも明らかであろう.それでも高年者で新しいものを取り入れ頑張っている人は多数いるし,最近開業した人達も一部の会員以外はほとんど旧態依然の診療をしているのも事実である.それ故,私でもまだまだ仕事を続けていけそうにも思える.しかしこれからの動物病院は専門病院化するか,ホームドクターに徹するか,選択をせまられるのではないだろうか(40歳代のころ眼科を専門に勉強しようと思った時期もあったのだが,日々の診療に追われて実現しなかった).
 今さら,専門病院化する気力も能力もないので,経験と積重ねたオールラウンドな知識をもとに診療を続け,特に専門的知識,技術が必要なものは他院を紹介することにした.
 もともと一人ですべての科を正確に診ることは不可能だと思うので,広く浅く,ほどほどの医療器具をそろえて診療することは止むを得ないであろう.
 そのようなことから,高度医療センターの設立には,いろいろな意見を耳にするが,私は大賛成で,勇気ある素晴らしい構想であるのだから小異を捨て大同につき協力するべきと考える.本件に限らず,すべての会員がもろ手を挙げて賛成することは難しいだろうが,高度医療センターが必要なことは多数の会員が認めていることと思われる.
 無理は承知でお願いするが,北関東にもう一病院計画することができないだろうか.それも北関東横断道と国道4号,50号の交差点の栃木県はいかがだろう.さらに北海道から九州まで数箇所に同様の病院を設立いただくことが理想である.実現に向けては諸々の困難,リスクはあると思われるが,遅かれ早かれいずれにしてもこのような施設は必要となり,時代の流れを止めることはできない.
 私が日本獣医師会の山根会長に県の講習会の講師をお願いして以来,ちょうど20年が経過した.老人サロンのような組織を改革して,斬新な若い後継者を育てていただきたい.生活に困らなくなった人達だけのボランティア的組織では発展は望めない.獣医師会の俊才を薫育していただきたいと思う.
また,宇都宮にて開催された,平成18年度公衆衛生講習会(関東地区,栃木県獣医師会担当)において「いつ発生してもおかしくない狂犬病」という演題で講演いただいた,堤 可厚先生(杏林大学医学部)を紹介させていただく.懇親会で堤先生とお話しする機会を得,その経歴,人柄,現在を知ることができ,私の獣医師観(人生観)を変えるような非常に有意義な時間となった.「こんな生き方をする人が獣医師にもいるんだ」という驚きと衝撃そして感動.今は忘れ去られた激動の60年安保世代の熱と意気そして反骨を感じると同時に,生きる事の意味を自問せざるを得なく,今の自分と重ね合わせじくじたる思いがあった.
私のような意気も熱もなくなった人間には,これからの獣医師会や獣医療に意見する資格はないだろうが,このような方々に接するにつけ,診療しているかぎりは動物病院としての義務と責任を実直に果たしていきたいと思う今日この頃である.

大出 光  
―略 歴―

1968年 帯広畜産大学卒業
1971年 大出動物病院開業
現 在 栃木県獣医師会常務理事
栃木県獣医師会小動物部会会長


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† 連絡責任者: 大出 光(大出動物病院)
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