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鳥インフルエンザの発生が教えてくれたこと
![]() 平成17年の茨城県を中心とした高病原性鳥インフルエンザの発生は,畜産関係者に大きな衝撃と経済的打撃を与えたが,一方で,生産,流通及びそれらを監視・指導する行政の各分野及び獣医師を中心とする畜産関係技術者に解決すべき多くの問題を提起した.今回の鳥インフルエンザは弱毒タイプのウイルスによる発生ではあったが,中国及び東南アジアを中心にヨーロッパからアフリカ大陸に至るまでの全世界に猛威をふるい,多数の死者まで出している強毒タイプの流行のニュースと同時に,消石灰を散布して真っ白になった養鶏場において防護服を着用し,マスクやゴーグルで完全防備した多数の人員が鳥の殺処分をしている映像が半年以上の間,連日放映されるであるから,消費者の不安も増大していったに違いない.また,茨城県央部の異常なまでの高い鶏飼養密度が世間の注目を浴びたが,これはとりもなおさず,畜産物生産現場の効率追求のための歪んだ姿とあわせて,畜産に対する畜産行政の指導の限界についても思い知らされた. 茨城を中心とした鳥インフルエンザ発生は地域住民や生産,流通,消費の各方面に多くの教訓を残して収束したが,今回の発生が教えてくれたことを改めて考え直してみる必要がある. |
2 鳥インフルエンザ発生 平成17年6月26日に茨城県の旧水海道市(現坂東市)の一養鶏場で確認された高病原性鳥インフルエンザは,その後茨城県と埼玉県に限局して,かつ41農場において580万羽という大発生に至った.東アジア及び東南アジアを中心として流行している毒性の強いH5N1亜型とは異なり,極めて毒性の弱いウイルス(H5N2亜型)によるものであったことから,鶏の死亡率はほとんど平常と変化がなく,産卵率も低下しないことからその浸潤状況の把握は困難を極める一方,一部の生産者の間には通常考えられている「伝染病」とは異なることから,殺処分を基本とする防疫対策にも疑問が呈されるなかでの防疫措置の実施という困難もあわせて抱えることとなった. しかし,弱毒タイプの鳥インフルエンザウイルスも鶏間で感染を繰り返せば「強毒化」していく危険性が高いこととあわせて,人から人へ直接感染する新たなインフルエンザの発現はなんとしても阻止しなければならなかった.このため,発生地域としては限局していたことから,農林水産省及び厚生労働省の指導の下に,農場管理者及び防疫作業従事者等への感染を防御しながら,殺処分による防疫措置を決定したが,殺処分による清浄化という選択は正しかったと判断すべきである. |
3 情報の公開と広報活動 茨城県は全国一の採卵養鶏県ということもあり,地域住民はもとより生産・消費双方の関係者から不安の声が高まったことから,県庁内に専用質問窓口を設置し質問や一部の抗議の声に対応した.あわせて,消費者には本病の正しい知識と,関係畜産物の安全性についての広報に努めた結果,大きな混乱はなかったと確信しているが,これは先手・先手と手を打ったおかげであると考える. 一方で,公共報道機関への情報提供にも努めたが,当初は「正確」な情報にこだわりすぎたため,報道機関から県から提供される情報量が極端に少ないとの不満の声が寄せられることとなった.これらの要望も踏まえて検討した結果,やはり,正確性に多少欠ける面があったとしても,現在起こっている状況を過程情報も含め広報することにより,現状を正しく把握し,結果として混乱を最小限に食い止め,消費者には安心感を与えることができる. |
4 行政機関の連携 防疫措置は,業に従事する人間の感染を防御しながら,かつ最も効果的な殺処分や鶏体の処分,畜舎や周辺の消毒,そして周辺農場への浸潤状況の把握と伝染防止措置などの措置を実施することから,農林はもとより,厚生,環境等の関係行政機関の数は,県の中だけでも十数カ所にも及んだ.国における各省庁及び市町村,生産者団体等となると,それこそ数十の機関,団体になるであろう. また,一般市民の関心は特に人への感染に集中することから,この分野の関係者及び関係機関との連携が特に重要となる.人への感染経路は野鳥や鼠などの動物,飼料や卵等生産物などの物の移動,そして関係者などの人間の介在に特に注意を要するので,監視のための組織の数も多数になってくるので,調整に非常な困難と労力を要することを忘れてはならない. |
5 お わ り に 家畜衛生行政の分野においては,本病の発生やBSE対策などが世間の注目を浴びていることから,畜産物の安全性の確保という観点除いて論ずることができない.しかし,家畜伝染病予防法の第1条を例に引くまでもなく,家畜衛生の基本は伝染病の発生予防とまん延の防止によって畜産の振興を図ることにある.また,公衆衛生についても生産現場からの衛生確保が重要となっている.それぞれの行政機関は設置の目的を見失うことなく,職分を全うすることが求められている.一旦事が有れば,経営規模の肥大化・地域集約化及び行政ニーズの多様化に対応するため,それぞれの機関,団体が連携して事に当たる体制を敷くことが必須となるので,危機管理としても重要伝染病の情報を一元化し,方針策定と多数の関係機関との連絡調整を行う専門的なコーディネーターの育成が緊急の課題となっていることを,今回の本病の発生が教えている. 以上,発生県である茨城県の県北家畜保健衛生所所長として防疫業務を担当した立場も踏まえ所感を記した. |
† 連絡責任者: | 戸谷孝治(茨城県県北家畜保健衛生所) 〒310-0002 水戸市中河内町966-1 TEL 029-225-3241 FAX 029-224-6661 E-mail : t.toya@pref.ibaraki.lg.jp |