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馬耳東風

 「犬の献納運動」と書かれた回覧板が,東京八王子市内の隣組に廻った.市役所と警察の連名で,期日と受付場所が書いてある.戦争末期昭和19年12月のこと.
 「皆さんの犬を,お国のために献納して下さい.犬は重要な軍需品としてお役に立ちます.」そして市内で200頭も集まったと.応じない者には出頭命令が来るから,泣く泣く愛犬を手放した.強制供出の理由は,兵隊の防寒具や革製品に使うためだ.戦争中の陸軍には訓練された犬がいて,軍用犬として歩哨,伝令,偵察,電話線架設などの任務で,立派に戦地で活躍していた.
 一方,戦局が不利になる数年前から,野犬撲滅と狂犬病予防対策の目的で,犬の買い上げが行われていた.警察署に連れていくと,6か月以上の親犬は1円,子犬は50銭貰えた.昭和18年頃には3円と1円になった.
 この不用犬買い上げ制度は戦後も続き,東京都は野犬掃蕩規制で親犬100円,子犬50円としていた.
 昭和24年,東京都は蓄犬取締条例を施行し,飼い犬は登録制とし,蓄犬票を50円で交付したが,翌25年狂犬病予防法が施行され,登録制はこれに移行された.
 さて話は別だが,昔「畜犬税」というのがあった.大正15年(1926)の「地方税ニ関スル法律」によるもので,犬は奢侈品として車税や金庫税などと雑種税の一種で賦課され,次第に扇風機税,ミシン税などにも広がった.その後数度の改正を経て市町村法定外普通税となり戦後も続くが,国民生活も向上したので法定外普通税として残る.最初は1円だった税額も戦後は300円になる.昭和30年当時全国2,686地方団体が課税し,かなりの財源となっていたがその後零細課税の整理対象となり,昭和54年には3団体のみとなり,遂に昭和57年全国から姿を消した.税金で実数は掴めた.
 ところで犬の税金はもっと昔にもあった.時は元禄時代綱吉の頃.江戸市中3か所に数万頭もの「お犬さま」を飼養していたため資金難になり,町民から家の間口1間につき金3分,農民から収穫高100石につき1石を徴収した.犬を飼ってなくても取られた悪税だった.
 さてさて,犬も戦時中は受難の運命にあったが,その昔綱吉の時代に優遇されたとはいえ,我が国では動物愛護思想は乏しく,漸く明治後期に動物愛護運動が始まり,大正年間には警察の野犬取締方法の改善が叫ばれ,昭和2年に至り日本人道会の提唱で,我が国初めての動物愛護週間が設けられ,近年動管法から動愛法へ進歩する.
 犬は人類最良の友とも言われ,花咲爺や桃太郎のお伽噺から忠犬ハチ公を経て,今やアニマルセラピーから介助犬の時代にまでなった.正に犬に歴史あり.

(寅)