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診療室

対極を知り,バランスを取りたいものだと

小林正人 (山形県庄内総合支庁家畜保健衛生課技術主幹,山形県獣医師会会員)

 昨年,家畜保健衛生所(家畜保健衛生課)に戻るまでの10年余り,畜産試験場勤務を経験した.そこでは,和牛肉の美味しさを科学的に評価しようという,大それたテーマを掲げて研究に明け暮れた.安全と安心は,食品生産の絶対条件だが,安全で安心だといっても,美味しくなければ買ってもらえない.消費者は,安全,安心で,かつ美味しい食品を求めている.
 日本人は「脂好き」な国民と言われ,マグロにしろ和牛肉にしろ,脂肪分の多いものが美味しいとされている.しかし,ちょっと考えれば分かることだが,美味しい脂肪であればそういう話になるが,不味い脂肪なら入っていない方が良い.そこで,美味しい脂肪の特徴,脂肪の質に影響する遺伝的な能力,および遺伝子の解析などに関わり,脂肪の合成に関わるいくつかの遺伝子の手がかりをつかむところまで辿りついた.
 私は,家畜保健衛生所に勤めてしばらく,安全・安心や美味しさとかけ離れた,中毒や毒物の検査に関わった.毒に始まり,食べ物に行き着くという,夏台風のごとき迷走は,まったく思いもよらないことであった.しかし,昨今のCODEX委員会の動向やポジティブリスト制の施行をみると,安全・安心と美味しさを兼ね備えた畜産物生産という,一本筋の通った話に収まりそうな気がするから不思議である.
 このように,一見,対極にあるように見えて,「合わせて一本」という話は,案外多いのではないだろうか.岩手大学の内藤善久教授は,「個体診断なくして群診断はない」と強調しておられるが,けだし名言である.ハードヘルスやプロダクションメディスンにおいて,個体の健康管理を理解しなければ,群の健康管理などできるはずがない.個体診断をきちんと行い,その共通項を見出してはじめて,根底にある問題点が見えてくるはずである.
 いきなり血液検査を行い,診断マニュアルに照らして「こういう問題がある」と推測するのは,手順が違うように思える.
 感染病の診断においても同じで,非感染病の知識がないと感染病の診断はやっかいな話になるだろう.感染病は後天性疾患でもあるので,先天性疾患についての知識もまた必要である.つい先日,アーノルド・キアリ奇形の子牛が当所に持ち込まれた.「生れてすぐに親に突かれて,背中から出血している」という畜主の話があったので,触診すると二分脊椎の状態であり,すぐに診断がついた.見たままのりん告と雑学は,時として役に立つものである.
 基礎と臨床の関係も同様で,消化生理を理解しておかないと,消化器病は理解できない.いわゆる「白痢」はその典型であり,消化器官の機能の未熟,気温低下などの環境要因,飼料バランスの乱れなどの責任を,大腸菌に転嫁するのでは,あまりにも大腸菌に気の毒である.
 かくのごとく,対極を知ってバランスを保とうとすると,脈絡のない雑多な資料が部屋にあふれ,その整理がまた一仕事になる.せっかく整理しても,日々学問が進歩するので,古い知識を捨てるのもまた一仕事になる.
 和牛に脂肪壊死症という古来から有名な病気があるが,なぜおこるのかは今もわからない.新しい知見でこの病気を見直そうと思って本を読んだところ,「脂質生物学」という領域があって,脂質メディエーターの機能やその遺伝子発現など,新しく難解な知見で溢れかえっていた.この知識と研究手法を持ち込めば,脂肪壊死症の理解もさぞかし進むだろうと思った次第である.「新しきをたずねて故きを知る」というのは逆であるが,これも私流のバランス感覚なのかもしれない.

小林正人  
―略 歴―

1950年 富山県生まれ
1983年 北海道大学卒業,山形県に採用される.
職歴 家畜保健衛生所 21年
  畜産試験場 11年


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