1 は じ め に
インフォームドコンセントとセカンドオピニオン,どちらも最近よく耳にする言葉である.動物医療に携わる者にとって,非常に重要な事なのだが,正しく理解され,実行されているか否かはいささか疑問である.改めて考えてみたい.
2 インフォームドコンセント
インフォームドコンセントの訳語として,“説明と同意”あるいは“納得診療”などが生まれたが,結局は“インフォームドコンセント”のまま使われていることが多い.インフォームドコンセントはinformed,つまり,情報を与えられ,それを十分に理解している患者(家族)によるconsent,つまり,同意のことであり,主体はあくまでも患者(家族)側に置かれている.しかしながら,インフォームドコンセントが“医師あるいは獣医師による説明”と考えられていることが多いのではないだろうか.インフォームドコンセントは獣医師からの一方的な情報伝達ではなく,家族側からも獣医師に対してさまざまな事情や考え方を伝え,最終的に合意に到達した上での家族からの治療に対する依頼であると言える.このプロセスは,まず獣医師が診断名あるいは現時点での問題点及びその治療に関する情報を家族に伝えることから始まる.そして,これらの情報を正しく理解しようとする家族からいろいろな質問を受け,これと平行して,家族は家族側の都合(時間的,経済的問題,仕事,家庭,人生観,etc)を獣医師に説明する.この時点で,獣医師と家族はお互いの情報を共有することになり,合意を目指して,つまり,最終的には動物にとって,家族にとって最も好ましい結果となるようにコミュニケーションを続けることになる.
インフォームドコンセントのための獣医師の説明は,
- 家族が自分たちにとって最良の治療法が選択できるようにするものであり,承諾を得るためのものではない
- 公平かつ公正であるべきで,自分の得意とすることにかたよらない
- 主観は可能なかぎり入れないようにする
- トラブルを避けるためのものではない(結果的にはそうであったとしても)
ここで少し具体的な例をあげてお話ししよう.
症例は犬,7歳,避妊済み雌
下顎及び鼠径部のリンパ節が腫脹し,元気食欲低下,熱もあるようだとのことで来院.
まず,リンパ節が腫脹している原因を調べるための検査の必要性を説明することからはじめる.検査の結果,リンパ腫と診断されたと仮定する.ここで,獣医師は家族にも理解できる言葉でリンパ腫とは一体どのような病気なのか,予後,治療方法について説明する必要がある.ここでは,治療をしなかった場合の経過や予後についての説明も必要である.たとえば,
- 体表のリンパ節が腫脹してくるタイプのリンパ腫は抗癌剤に非常によく反応するので,抗癌剤による治療が最も一般的である
- 抗癌剤を投与した場合の治療のゴール,つまり,どの程度の成果をもって治療が成功したと考えているのか
- どの程度の延命が期待できるのか
- 治療中どのような副作用が起こり得るのか,その程度や頻度,命の危険性などに関する詳しい説明
- 治療のスケジュールと費用
- 抗癌剤を使用しない場合の治療の選択肢
などについて説明する.これらの説明は獣医師が一方的に行うのではなく,家族の質問に答えながら進めていく.ここまでが“家族に対する十分な情報提供”,つまり,正しい診断に基づいた病気の説明と治療方法に関する情報提供である.これらはあくまでも一般的な治療方法についての説明であり,これに対して,家族は時間的なこと,経済的なこと,看護能力のこと等々,家族側の都合を説明することになる.
リンパ腫の場合,治療の選択肢として,
- 抗癌剤を投与する
- ステロイドのみの投与を行う
- 対症療法のみを行う
- 代替医療による治療を行う
- 治療は行わない
- 安楽死
などがあげられる.病気の進行状況や動物の状態により選択の範囲は異なるが,治療可能な動物の場合,獣医師としては抗癌剤を投与したいと考える人が多いのではないだろうか.しかしながら,どの方法を選択するかは家族が決めることであり,われわれ獣医師は“抗癌剤を投与すべきです”とは言えない.それぞれの家族は動物にとって,そして家族にとって最良の選択をしようとする.それが動物愛護の観点から許されるものであるならば,私達は動物医療提供者として最期まで最善を尽くす義務がある.
以上のような一連の作業が動物医療におけるインフォームドコンセントであり,インフォームドコンセントが,すべての始まりと言っても過言ではない.この時点で疑問や説明不足に対する不満があると,動物が亡くなった時,家族は病院関係者を恨んだり,自分を責めたりすることになる.
人の医療の場合には“告知”,つまり,患者に癌であることを伝えるか否かということが常に問題になるようであるが,動物医療の場合には,家族に検査結果及び診断を伝えるということからすべてが始まる.家族と獣医師間のコミュニケーションが非常に重要な理由はここにある.
死を目前にした患者を対象に死の瞬間について研究したエリザベス・キュブラー・ロス女史は,人間は死ぬ前に,否定,怒り,葛藤,取引という段階を経て死を受け入れるという最終段階,つまり受容に至ると述べている.さらに,これは死ぬ本人だけではなく,家族にとっても同じことが当てはまり,受容して死ぬことが本人にとっても家族にとっても最も望ましいと述べている.動物の場合,本人の気持ちの変化は不明であるが,少なくとも家族はこれとほぼ同様の段階を経て動物の死を受容するものと思われる.
家族にとって,原因がはっきりしない,どうして動物の調子が悪いのか分からないということは非常に辛いものである.検査の結果,死に至る病であることや死期が近いということが判明したとしても,それを受け入れるための時間が持てるということは家族にとって大切なことである.
3 セカンドオピニオン
動物病院には,セカンドオピニオンを求める人,他院でのセカンドオピニオンを希望する人の両方が来院する.本来のセカンドオピニオンの意味を踏まえながら,私達はどのように対応すべきかを考えてみよう.
セカンドオピニオンは,日本語に訳すと“第2の意見”となるが,あまり一般的ではなく,インフォームドコンセントと同様に,そのままカタカナ書きで使われている.具体的には,診断や治療について主治医(あるいは現在診察を受けている医師)以外の医師の意見をセカンドオピニオンと呼んでいる.
本来,主治医の診断や治療方針に対する疑問を解決するためのものではなく,これから受ける治療について,他の専門医の意見も聞いてみたい,参考にしたいという時のためにセカンドオピニオンは存在する.しかしながら,実際には,セカンドオピニオンを求める患者の側も,求められる医師の側も多少のぎこちなさを感じているのではないかと思われる.
通常,セカンドオピニオンを求める場合,主治医にその由を伝えれば紹介状とそれまでに受けた種々の検査に関する情報を用意してくれる.すべての資料を持参したのに,セカンドオピニオンを聞きに行った病院で,前の病院と同じ検査をふたたび受けなければならないということは通常ないはずである.これは患者の身体的な負担を軽減するためだけでなく,無駄な経費と時間を省くという点からも理にかなっている.
セカンドオピニオンは,複数の医師の意見を求めることにより,診断や治療法に誤りがないか確認ができるだけでなく,患者とよりよい関係が持てる医師の選択,あるいは主治医とセカンドオピニオンを求められた医師双方の協力が得られるなどの利点がある.これらの点については動物医療においても同じことが言えるのではないだろうか.
人の医療においては,医師はセカンドオピニオン受診に協力することが法律で義務づけられているが,日本ではセカンドオピニオンが普及しづらい土壌があり,その主な原因は医師の側にあるとされている.つまり,医師のプライド,自分の医療に対する自信とそれを覆される可能性に対する恐怖心,同業者である他の医師に対する職業的嫉妬心,などにより,患者に“セカンドオピニオンを求めたい”と言われた時に,あまりよい反応を示さないことがあるというのである.このような場合,患者の側も“紹介状は頼みにくい”,“検査結果などの資料は借りられないのでは”など,立場的にも弱者であり,心身ともに疲れ果てている患者及びその家族は本当にどうしたらよいか途方にくれてしまう.
さて,動物医療におけるセカンドオピニオンはどうなっているのであろうか.
動物医療においては,本来の意味でのセカンドオピニオンが求められることはほとんどないのではないかと思われる.現状としては,
- 主治の獣医師(かかりつけの獣医師)では診断がつかない
- 主治の獣医師では診断あるいは/及び治療に必要な施設・設備が不十分である
- 主治の獣医師の診断に基づいた治療に効果が見られない
- 主治の獣医師(患者)とのコミュニケーションがうまくいかない
などの理由で上診あるいは転院という結果になっているのではないかと思う.
動物医療においても,本来のセカンドオピニオンではないが,すでに他院で診察を受けた(時には複数の病院のこともある)動物が来院することもそう珍しいことではない.また,逆にセカンドオピニオンを求めたいので紹介状とこれまでの検査結果が分かるような資料を貸して欲しいという申し出を受けることもあるであろう.
動物医療の現場で問題となっていることのひとつに他の動物病院に対する批判がある.転院してきた患者に対して,前に通院していた病院の診断や治療に関して批判的な意見を言ったり,患者の怒りを助長するような発言をすることは慎むべきである.
人と動物がより良く生きるために,大きな役割を担っている動物医療,しっかりとしたインフォームドコンセント,セカンドオピニオンが行われるためには,動物医療においては次のような課題があると考える.
- 動物医療体制の整備
(ア)動物病院間の協調と連携
(イ)それぞれの役割分担を明確化
(ウ)二次診療,専門診療を担う動物病院の整備
- 動物医療の標準化
(ア)臨床獣医師教育の充実
(イ)獣医師間,動物病院間の医療知識/技術の標準化
4 さ い ご に
今後,動物医療に求められるものは益々多様化し,より円滑な獣医師間,動物病院間の連携が必要とされる.よりよい動物医療を提供するために,皆で考えていこうではありませんか.
【参考ホームページ】
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