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診療室

蹄   病   に   挑   む

岡田佳之 (茨城県獣医師会理事 ・ 岡田家畜医院院長)

 乳牛の運動器病の死廃率は一般に25%と言われて久しい.私が蹄病に関わって,かれこれ15年になるが,乳牛の蹄を取り巻く環境は15年前とほとんど変わらない状況にある.蹄の問題は「言うは易く行うは難し」の典型的な例のように思える.
 この問題を考えるのに,まず経済動物としての観点から単に運動器病での死廃による損失額を計算してみる.乳牛の運動器病での年間の死廃率と頭数を全国レベルでみると2000年〜2004年度の5年間の平均で21.7%,頭数で26,472頭である(家畜共済のデータから).さて,死廃率を10%に減らすことを目標とすると,12,199頭の牛は助けられるとみてよい(私が定期的に巡回している酪農家の運動器病の死廃率の平均は9〜10%である).次に,乳牛1頭の経済価値はと言うと,1年間の乳牛の平均生産乳量を8,000〜9,000kgとするとその牛は約20万円の価値(所得)がある.従って単純には1乳期助かれば12,199頭×20万円で約24.3億円の「MOTTAINAI(「もったいない」と言う考え方や言葉が世界中になく,ノーベル平和賞を受賞したケニアの副環境大臣マンガリ・マータイさんがこの考え方に感銘して「MOTTAINAI」を世界に通じる共通語とすることを提唱した)」と言うことになる.同様のことが,大型化された養豚場でも起こっている.不適切な飼養管理のため,肺炎を主徴とした事故率が多発傾向にあり,「MOTTAINAI」が毎年繰り返されている.「MOTTAINAI]はあくまでも人間側の勝手な論理であり,彼らにとっては「MOTTAINAI]などどうでもよい.健やかに生きるために,毎日おいしく食事がとれて痛みや病気の苦しさから解放されれば,それでよいのだ.その結果,我々人間にその恩恵として安全でおいしい肉や牛乳を与えてくれるのだ.彼らは物言えぬ動物たちである.痛みや苦しさに耐えている彼らを見て見ぬふりをしている畜主や我々獣医師は,そのうち彼らから手痛いしっぺ返しを受けることになるであろう.(もう既に受けているのだが残念ながら気が付いていない.)
 私は今,宮城県の農業共済や日本装蹄師会が肢蹄疾患の予防対策としての削蹄師と獣医師のネットワーク化の取り組みを進める事業に注目し,また期待している.具体的には農家を中心として,それを取り巻く共済,削蹄師,獣医師会,家畜保健衛生所などが連携して,それぞれが協力し合い知恵と汗を出し合おうという事業である.それぞれの既得権を振り回したり,組織としての硬直さがあっては前には進まない.法の遵守は当然であるが,いかに連携しあうかと言うところで知恵を出し合っていくべきと考える.私のように削蹄師と一緒に削蹄作業をしながら,その都度蹄病を処置していく獣医師を育成することは蹄病を減らすのに理想的であるが,現実としては人間関係や経済的な問題でかなり難しい気がする.また,一般診療の中で獣医師が蹄病を診ることも専門的な枠場や特殊な道具を使うため開業獣医師ではなかなか困難である.それならば人間の歯科医のように専門的に「蹄病科」という看板を掲げることを許可し,広範囲に蹄病専門に見て歩く獣医師を養成することがより近道と思われる.それには削蹄師の協力が必要となる.例えば削蹄師が農家を訪問し削蹄した際,牛をピックアップし,専門の「蹄病科」の獣医師に診療を依頼するという手順に従う必要があると思われるからである.削蹄師が獣医師に依頼するような関係にないと,このネットワークは円滑に進まない.農家が獣医師に往診を依頼しても良いが,細かな部分では,削蹄師に頼らざるを得ない.その連携ができるか否かがこの事業を進める上で重要な気がする.これからますます集約的で合理的な畜産が求められようとしている.そのため,動物たちにその犠牲として快適でない生活を強いることは我々人間の大いなる罪である.あくまでも動物達の身になって考え,共存共栄できる環境を作ることが万物の霊長たる我々人間の,特に獣医師の使命のような気がする.

岡田佳之  
―略 歴―

1953年 茨城県生まれ
1975年 日本獣医畜産大学卒業,茨城県玉里村の家畜診療所に勤務
1985年 自宅(茨城県新治村・現土浦市)にて開業
1991年 横転枠場を考案し牛の削蹄と蹄病治療を開始し現在に至る
1996年 1級認定牛削蹄師取得


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