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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XI)
― ハムスター類の診療の基礎(1)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

1 ハムスター類の診療に際して
 ハムスターとは,齧歯目Rodentia,ネズミ亜目Myomorpha,ネズミ科Muridae,キヌゲネズミ亜科Cricetinaeの動物の総称である[5].
 ハムスター類には25種ほどが知られているが,ペットとして普及しているのは,ゴールデンハムスター(シリアンハムスター)Mesocricetus auratus[2]のほか,一般にドワーフハムスターと称されるヒメキヌゲネズミ属Phodopusの3種,すなわちヒメキヌゲネズミ(ジャンガリアンハムスター)P. sungorusとキャンベルキヌゲネズミ(キャンベルハムスター)P. campbelli,ロボロフスキーキヌゲネズミ(ロボロフスキーハムスター)P. roborovskii[1]である.また,まれにではあるが,モンゴルキヌゲネズミ(チャイニーズハムスター)Cricetulus griseus[3]などが飼育されていることもある.
 これらのハムスター類は,日常的な獣医臨床の対象となる動物としては,もっとも体サイズが小さいものであろう.ゴールデンハムスターは,成体で頭胴長が17〜18cm,体重が100〜130gである[2].また,ドワーフハムスター類は,成体であっても,頭胴長5〜10cm,体重30〜50gにすぎず,特にロボロフスキーキヌゲネズミはヒメキヌゲネズミやキャンベルキヌゲネズミよりもさらに小型である[1].
 ところで,動物は一般に,体サイズが小さい種ほど,代謝速度が速いことが知られている[7].これはもちろん,多くの種を比較した場合のことであり,ある特定の種をみれば例外的なこともあるが,犬や猫に比べれば,ハムスター類ははるかに代謝速度が速いといえる.
 したがって,ハムスター類は,単位時間あたりの心拍数や呼吸数が犬や猫のそれよりも高値を示し,また,寿命が短い.いま仮にハムスター類の寿命を3年,犬の寿命を15年と仮定すると,極言すればハムスター類は犬の5倍のスピードで生きていることになる.実際の代謝速度はそれほど単純な問題ではないだろうが,しかし,ハムスター類のほうが物理学的な単位時間あたりの“密度”が犬,猫やわれわれ人間よりも高いことは事実であろう.
 このことは,ハムスター類の診療に際して,重大な示唆を与える.すなわち,ハムスター類の1日は犬の数日に相当するものであるかもしれず,そのため,ハムスター類の疾病を1日放置することは,犬の場合に換算すれば,数日間にわたって放置したことになりかねない.ハムスター類の診療にあたっては,「とりあえず様子をみる」のは避けるべきであり,迅速な対応を心がけなければならない.こうしたことは特にハムスター類に限らず,エキゾチックアニマルの診療を行う際には常に考慮すべき点であるのだが,体サイズが著しく小さいハムスター類では特に重要である.
 加えて,代謝速度に関連して,薬物治療にあたっての投薬量あるいは投薬間隔にも注意すべきである.代謝速度が速ければ,投与した薬物の代謝もすみやかに行われる傾向がある.そのため,同一の薬物を同一の薬効を期待して投与する場合であっても,代謝速度が速い小型の動物の場合は,大型の他種の動物に投与するよりも高用量を必要とすることが多い.すなわち,ハムスター類における単位体重あたりの薬物投与量は,犬や猫に対して投与する場合よりも高用量にしないと,十分な薬効を期待できないことがある.あるいはまた,用量を増すのではなく,投薬間隔を短縮すべきこともあるかもしれない.
 しかし,ハムスター類に対して投与すべき薬物の用量は,まったくといえるほど,明らかにはなっていない.ハムスター類への投薬のための用量設定試験が行われている薬物はきわめて少なく,多くの場合は,犬や猫,あるいは人に対する投薬量をもとにして,ハムスター類への投薬量を推測しているにすぎないのが現状である.
 ハムスター類の診療を行う際には,その経緯を正確に記録したうえで,それを学会等で発表したり,論文あるいは症例報告として公表し,ハムスター類への薬物投与量の知見集積に努めるべきであると思う.

2 保  定  法
 ハムスター類を取り扱う際,両手でその動物をすくいあげるとよいといわれる[6](図1).しかし,このようにしてハムスターを保持すると,温和な性質の個体でない場合には,咬まれることがある.また,体サイズが大きな個体は手から抜け出して落下し,不測の事故を起こすことになりかねない.ハムスターが抜け出さないように十分に注意し,また,万一,落下したときに骨折などを起こさないように,高い位置での保持は避けるべきである.
 十分に保定するためには,頸背部からその尾側にかけての皮膚を親指と人差し指や中指で掴むようにする(図2).この部分の皮膚はルーズであり,容易に掴むことができる.ただし,掴み方がゆるく,皮膚が弛んでいると,ハムスターがその頭部を背側に向け,保定者の指を咬むことがある.
 なお,攻撃的な個体は,保定者が手指を近づけただけで,仰臥した姿勢をとり,さかんに発声を行いながら咬もうとすることが多い.このような場合には,いったんタオルなどでハムスターの全身を被ったりしたうえで保定するとよい.
図1 ハムスターの取り扱い法の1例
図1 ハムスターの取り扱い法の1例
図2 ハムスターの保定法
図2 ハムスターの保定法

3 採  血  法
 ハムスター類からの採血は容易ではない.特にドワーフハムスター類からの採血は,体サイズが小さいためにきわめて困難である.
 採血に際しては,あらかじめハムスターに鎮静薬を投与するか,あるいは全身麻酔を施すとよい.そのうえで前肢に駆血帯をかけ,橈側皮静脈から採血を行う.採血用には27ゲージの注射針を使用する[6].

4 採  尿  法
 ハムスター類から採尿を行うには,マウス用またはラット用の代謝ケージに動物を収容するのが理想的である.しかし,一般的な動物病院では,代謝ケージが備わっていないことが多いと思われる.
 そのため,通常は,液体を吸収しない材質の容器にハムスターを収容し,自然排出された尿を採取する.この際,収容する容器はなるべく清浄なものを使用し,異物の混入をできるかぎり避けるようにする.
 なお,尿道カテーテルの挿入や膀胱穿刺による採尿は不可能に近く,また,ウサギの場合に行われるような腹部からの膀胱圧迫による強制的な排尿[4]も困難である.

5 糞便採取法
 糞便は,自然に排泄されたものを採取する.
 ただし,ハムスター類の飼育に際しては,毎日,床敷等を交換しているわけではない.したがって,ケージ内の糞便を無作為に採取すると,新鮮な糞便だけが得られるとは限らず,陳旧なものも含まれている可能性がある.なるべく水分含有量が多そうな糞便塊を採取するとよい.
 あるいは,ハムスター類は,保定されると少数の糞便塊を排泄することが多い(図3).糞便は保定時に採取するのがもっとも容易であり,また,この方法により新鮮な糞便を採取することも可能である.
 なお,ハムスター類は,人に感染する可能性がある条虫類の寄生を受けていることが多い.それらの虫卵は糞便中に排出されるため,糞便の取り扱いには感染予防上の注意が必要である.
図3 ハムスターの保定時にみられることが多い糞便排泄(矢印:糞便塊)
図3 ハムスターの保定時にみられることが多い糞便排泄(矢印:糞便塊)



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