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論 説

動物診療補助専門職の位置づけを考える

大森 伸男(日本獣医師会専務理事・神奈川県獣医師会会員)
 
先生写真 1 現状と課題
 動物診療に従事する獣医師の力により,また,動物飼育者からの多様なニーズへの対応が求められる中で,動物医療技術の高度化,診療科目の専門分化,診療提供形態の多様化が進展しつつある.
 このような中で,特に,小動物医療分野においては一人獣医師のみによる動物診療は困難な実情にあり,獣医師と診療施設の運営事務を含め動物診療を補助する専門職スタッフとの役割分担による共同作業により動物医療の提供が行われてきている.
 現に,小動物診療施設の多く(9割程度)においては,VT,動物看護士(以下「AHT」)と称する者が雇用され,[1]獣医師が行う診療の補助や検査業務のほか,[2]入院動物の飼育管理,[3]診療施設の窓口業務,[4]動物のトリミング等の理美容業務に従事している.このようにAHTが動物医療において独自の職業分野として定着しつつある中,[1]AHTの養成コースを有する養成施設が,学校法人等による運営形態の専門学校で60校程度,大学2校,短期大学1校のほか,無認可施設を含めると80校以上に上るとされている.また,[2]養成コースの修了者を対象にAHTの技術認定を行う民間組織が5団体((社)日本動物病院福祉協会,日本動物看護学会,日本小動物獣医師会,全日本獣医師協同組合,日本動物衛生看護師協会)存在し,それぞれが独自にAHTの認定証を発行している.現在,AHT養成コースの修了者は毎年2千人以上,診療施設に勤務するAHTと称する者は2万人程度存在するとされている.
 AHTは,すでに,獣医師の専管業務とされる動物診療において,診療の補助行為をはじめさまざまな動物医療関連業務を通じ獣医師とともに動物医療を担う立場にあり,また,そのことが動物飼育者に対する適切な動物医療の提供を図る上で不可欠な存在となっている.にもかかわらず人の医療における看護師等の医療専門職のように,法令により業務の範囲や業務に関する禁止行為すら定められていない.また,資格制度の下に置かれていないこともあり,技術・知識水準は区々であり,質の保証された人材の安定的確保がおぼつかない.さらに,受け入れ側の雇用環境も整備されているとは言い難い状況にある.
 このような状況を現状是認し,ビジネスチャンスに委ね続けることは,動物医療の質の向上には繋がらない.また,動物診療提供の責任分担,動物診療過誤等の診療トラブルへの対処を図る上で,獣医師及び動物飼育者の双方にとって,曖昧模糊の状況はいずれ許容範囲を超えるのではないかと危惧する.そして,AHT自身にとっては,職域環境の整備を図る上において阻害要因となるとしても過言ではない.
2 日本獣医師会における検討の経過と対応
 日本獣医師会においては,動物及び動物飼育者に対し適切な動物医療を提供するためには,動物診療を補助する者(以下「動物診療補助者」)を動物医療を担う専門職スタッフとして健全育成を図ることが必要との観点に立ち,獣医師の専管である飼育動物の「診療業務」と動物診療補助者が担う「診療の補助業務」の関係の法令の整備とともに動物診療補助者の職域環境の整備の必要性について検討を開始し,平成15年4月,「動物診療における動物看護士のあり方」を取りまとめ,農林水産省をはじめ,動物医療関係団体等に,次の事項を提言した(詳細は,日獣会誌第56巻第7号417〜427頁参照).
  1. AHTを動物診療補助者として位置づけ,その健全育成を図ることが必要.
  2. 獣医師の業務独占とされる「診療行為」と動物診療補助者が担う「診療補助行為」の法令上の関係を整理した上で,動物医療の信頼確保のため,動物診療補助者に係る全国統一の資格制度の創設を検討することが必要.  あわせて,獣医学系大学の動物臨床実習において獣医師指導教員の直接の指導・監督の下で獣医学学生による一定の基礎的診療行為を行えるよう措置することが必要.
  3. AHT養成施設については,資格制度の創設の検討にあわせ,カリキュラム,施設・設備,教員配置等の要件について基準の制定を含め養成環境の整備を図ることが必要.
  本年3月につくば市において開催した日本獣医師会の三学会年次大会においては,AHT認定に係る民間5団体とAHTの代表者を招請し,「AHTの認定の現状と今後の職域について」シンポジウムが開催されたが,各団体ともに日本獣医師会関与の下で今後,資格の全国統一化を推進する方向で協議・検討を進めることで意見の一致をみた.
 また,AHT,しつけ・訓練,トリマー等の動物関係専門技術者の養成課程を有する専修学校等が相互協力し,教育内容の整備,向上を図ることを目的に日本動物専門学校協会が4月に設立され,今後,全国専修学校各種学校総連合会の職域関係団体としての認可を取得したいとしている.
 一方,獣医師法及び獣医療法を所管する農林水産省は,先の小動物獣医療に関する検討会報告(平成17年7月)において取りまとめたとおり小動物医療における動物診療補助者の担う役割に一定の理解を示しつつも,社会的に安定した職業として位置づけるには,動物診療補助者に関係する団体,獣医師会等の民間段階における平準化に向けての取り組みが必要であり,資格制度については時期尚早とし,獣医師の診療行為と動物医療補助者が担う診療補助行為の法令整備の必要性について一切言及してはいない.
 いずれにせよ,動物診療補助者については,その担うべき業務の動物医療における位置づけを狭義のものとし捉え現行の関係法令の枠内において運用することで足りるとするのか,この際,新たな法整備を行うことを視野に対処するとするのか.このことの整理無くして前には進めない段階にきている.
 日本獣医師会は,現状において動物診療の補助業務を担う当事者としてのAHT自身を含め,地方獣医師会,AHTの養成及び認定に関わる各団体,関係者の意識統一と関係者・団体の全国組織化を支援するとともに,前記提言の実現を目指し,職域別部会の小動物臨床部会(部会長:細井戸大成職域担当理事)に別途,本件検討のための個別委員会(動物診療補助専門職検討委員会(仮称))を組織し関係者間における検討・協議を推進することとしている.
3 さ い ご に
 私見ながら,今後,[1]動物診療において主治の獣医師の直接の指導・監督の下で行う飼育動物に対する一定の診療の補助行為を適法に行えるよう措置した上で,[2]診療補助行為を含め,動物診療には該当しない臨床検査行為や診療類似行為を業として行う者を現状の「動物の“かんご”に携わる者(動物看護師)」の概念(括り)とは区別し「動物診療補助専門職」として位置づける.おそらくそのような整理をしないことには資格制度の創設は望む可くもない.これらの実現にはいずれも法令の整備を要することとなる.身内からの課題提起のみで解決するには困難が伴うが,現状是認を続けることの代償もまた大きい.


† 連絡責任者: 大森伸男(日本獣医師会)
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