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馬耳東風

 初詣に鹿島神宮に出かけた.日本で一番初詣の人出が多かったのは東京の明治神宮であるが,明治神宮の歴史はたかだか百年,それに引き替え鹿島神宮は八百万の神々がわが国を豊葦原の国とするに先立ち設定することにしたそうだから神代から計算すると二千数百年の歴史がある.神話はともかく続日本記には鹿島の文字が登場している.そして鹿島立ちの言葉が示すように万葉の時代から多くの日本人の祈願を受けて来た神社でもある.その鹿島神宮のお使いは鹿とされ,神鹿として今でも神宮内の鹿園に飼われている.しかしどうしてこの地が鹿と縁が深くなったのかよくわからない.丹沢や金華山のような土地ならともかく,千葉県の犬吠埼から茨城県の大洗崎にかけての海岸地帯がとくに鹿の生息に向いていたとは思えないからだ.そしてこの地の鹿は奈良まで出張する.鹿島神宮の白い牡鹿に乗ってはるばる常陸の国から奈良まで出かけたのが奈良春日大社の主神であるタケミカヅチノミコトだ.今も春日大社が鎮座する奈良公園周辺に放し飼いされている鹿たちは,この時の常陸の国からやってきた鹿の子孫であるそうだ.当時常陸から奈良までは相当な距離で,鹿に乗って行ったとはいえかなりの時間がかかったに違いない.その際立ち寄ったかどうかわからないが,東の鹿島神宮から西の奈良春日大社に至るまでのルート上には鹿の名がつく地名が驚くほど沢山ある.挙げればきりがないので,ここでは挙げないが,興味がある方は各自お調べ願いたい.なお西へたどって,安芸宮島の巌神社にも鹿が放し飼いされているが,この鹿のルーツはどうなっているのか不勉強でよく知らない.まさか常陸の国からの出張鹿ではなかろう.とにかく鹿は古来から神聖な動物とされて来たようだ.
 鹿と人との関連で最も古い痕跡は,フランス南西部ラスコー洞窟の壁画であろう.古代史の教科書等でおなじみであるが,私は本物を見て描かれてるとはいえその見事な角に感動した覚えがある.日本では,島根県で発掘された「見返りの鹿」という埴輪があるそうだ.古墳時代に我々の祖先が鹿に興味を抱いていた証拠である.
 洋の東西を問わず人が鹿を見て神秘さを感ずる根元はあの角にあるに違いない.あの見事な角は生物学的に鹿にどのようなメリットがあるのかよくわからないが,人の目には豊饒のシンボルに映る.ヨーロッパの由緒ある屋敷の客間には決まって角付き鹿の頭部が飾ってある.ラテン語に豊饒の角と言う言葉があるのも頷ける.
 例年日本一を争っていたJ1の鹿島アントラーズがこのところ精彩を欠いている.今年こそアントラーズ(角)の神秘さと威力を発揮して欲しいものと,ファンの一人として願っている.

(子)