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解説・報告

豚のサルモネラ症の現状と対策(||)

浅井鉄夫(農水省動物医薬品検査所検査第2部主任研究官)

(3)農場におけるサルモネラの定期検査
 農場のサルモネラ調査は,分離検査や抗体検査で行われる.発育ステージごとに採材をすることで,サルモネラの排菌状況や濃厚に感染する時期を特定し,衛生対策に利用することができる.糞便・環境材料を用いて定期的にサルモネラ検査を実施し,サルモネラの汚染状況の把握が基本となるが,感染した豚が常に排菌するとは限らない.デンマークで行われているサルモネラコントロールプログラムでは,細菌検査と抗体検査が併用されている[121]
ア 菌分離検査
 サルモネラの分離では,汚染調査などでは増菌培養が行われる.増菌培地[9, 25, 41, 47, 119],検査材料[84, 89],検体量[33]により分離成績に影響を与える.対象とする血清型や検査材料によって選択する必要がある.SCでは,テトラチオン酸塩含有増菌培地や高温培養(42℃)で増殖が抑えられる株が存在するため,Rappaport-vassiliadis[118]を用いて37℃で培養する[84].また,SC実験感染豚の糞便検査では,テトラチオン酸塩含有増菌培地で分離率が低かった[2].しかし,SC以外の血清型のサルモネラでは,選択性の弱い増菌培地は,偽陰性につながる[84].
 通常,サルモネラの分離には糞便が利用されるが,SCを対象に検査する場合,糞便より好中球[89, 98]や血餅[84]の方が分離しやすい.
イ 抗体検査
 STとSCの内毒素(LPS)の混合抗原を用いたELISA (mix ELISA)[81]が,サルモネラのモニタリング手段として利用されている[12, 113, 114, 121].少なくともO4群とO7群に属する血清型のサルモネラ感染は,mix ELISAによって血液[81]や肉汁中[82, 105]の抗体を検出できる.しかし,排菌し始める時期から約1カ月遅れて抗体が上昇するため,個体によっては,偽陰性となる[67].抗体陽性豚からサルモネラが分離されるとは限らない[53, 67, 70].特にと場材料では注意が必要である[26, 102].サンプルの採取ステージによっては,排菌終了後においても残存する抗体を検出するため,農場の排菌状況の過大評価につながる[53].逆に,培養法は感度が低いため,偽陰性となるとされている[70].
 STのLPS抗原(O4群)を用いたELISAによる国内の豚の抗体調査(2000〜2001年)成績では,52農場中35農場(67.3%),1498頭中195頭(13.0%)が陽性で,と場出荷直前の5〜6カ月齢豚では458頭のうち94頭(20.5%)が陽性であった[6].SCのLPS抗原(O7群)を用いたELISAでは,サルモネラ発症5農場由来の血清では123頭中72頭(58.6%)が陽性であったが,未発症50農場由来の血清では619頭中1頭(0.16%)で陽性がみられた[76].
 
5 治 療
 下痢や呼吸器症状といった臨床症状をともなう場合,飼養環境の改善や抗菌剤の投与が一般的に行われる.抗菌剤の投与は,薬剤耐性菌の発現を抑えて抗菌剤の有効性を確保するため,慎重使用の原則に基づいて実施されなければならない.そのためには,「適切な診断」と「適切な薬剤の選択」が重要である.発病豚の早期発見・早期治療が最も効果的な対応法となる.また,発病豚を隔離や適切な淘汰を行い,豚群から分断する必要がある[61, 104].斃死豚は,速やかに豚房から排除し,汚物は,水洗・消毒等の処置をする.
(1)適切な診断
 敗血症・肺炎は,離乳子豚の急死例において見られる病態であるが,国内の衛生状態を勘案すると「胸膜性肺炎」,「豚丹毒」,「レンサ球菌症」,「浮腫病」など細菌性疾病だけでも数多くの疾病があげられる.サルモネラによる下痢便は,「黄灰白色泥状の悪臭便や粘血便」とされているが,必ずしも典型的な便性状を示すとは限らない.また,血便をともなう疾病としては,「増殖性腸炎」,「クロストリジウム感染症」,「豚赤痢」,「豚鞭虫症」などがある.これらの疾病は,臨床症状や飼育状況から推定できるものもあるが,最終的には微生物学的に確定診断が必要である.
(2)抗菌剤による治療
 抗菌性物質の使用に関しては,経験的治療(Empiric therapy)から根拠に基づいた医療(Evidence-based medicine)への変換が求められている.治療薬の選択に当たっては,分離菌の薬剤感受性を調べ,有効薬剤を選択する必要がある.特に,第一次選択薬は,起因菌種の薬剤感受性成績などを参考に選択すべきである[5].投与方法は,発病状況に応じて注射,飲水添加,飼料添加等を選択する.食欲飲水欲の低下した豚には注射剤が有効である[92].また,抗菌剤の長期使用は,多剤耐性化や保菌化を助長する[92].多剤耐性化は,食中毒患者の死亡率に影響を与える可能性をもった問題である[42].特に,国内の豚の間には,養豚の現場で治療薬として選択されるアンピシリンやテトラサイクリンに対する耐性を含む多剤耐性ST[28, 48]やSC[99]が存在する.抗菌剤の治療効果は投薬後,経時的に観察し,抗菌剤の種類や投与期間など治療方針を検討する.
 通常,下痢の場合では,軽症のものは投薬により2〜3日で回復する[48].発病初期に対処療法とともに適切な抗菌剤を投与すれば,死亡率や排菌を軽減することができる[93].しかし,重症例では,治療効果が低く,多くの発育不良豚が出現する[93].対処療法としては,水洗・消毒の徹底など環境の改善や適切な飼料給餌や給水,飼育密度,温度・湿度,作業導線及びピッグフローなど管理の見直しが必要である.
(3)薬剤感受性
 サルモネラの各種抗菌剤に対する感受性は,由来動物,血清型,ファージ型などにより一様ではない[27, 50, 86, 122].さらに,豚に起病性の高いSCやSTの薬剤感受性及び耐性パターンは変化するため,可能なかぎり情報の更新が必要である.1970年代に分離されたサルモネラは,アンピシリンやキノロン剤に感受性を示した[60, 61, 93]が,2000年以降の成績では,それら両薬剤をふくむ多剤耐性が見られる[27, 28, 29].また,国内の豚においても,多剤耐性サルモネラとして知られるDT104が分布する[27].1999〜2001年に豚から分離された ST 35株中11株(31.4%)がDT104であった[28].DT104は,アンピシリン,ストレプトマイシン,サルファ剤,テトラサイクリン,クロラムフェニコール耐性の遺伝子をインテグロンと呼ばれる構造の中に保有するSTで,1990年ごろから牛の間で流行し,成牛型サルモネラ症から頻繁に分離された[91].国内で分離されたDT104のPFGEによる遺伝子型を調べたところ,豚由来株は,牛由来株に比べてPFGE型の多様性も少なく,薬剤耐性のパターンも上記五剤のみであった[28].また,豚から分離されるSTにおけるDT104の比率は,2001年に比べて減少傾向が見られている(未発表データ).一方,DT104以外の多剤耐性STは,アンピシリン,ストレプトマイシン,サルファ剤,テトラサイクリン,カナマイシン耐性を呈する株も分布している(未発表データ).
 2002年に国内で分離されたSCは,ストレプトマイシン耐性(83.8%)を示すものが最も多く,次いでテトラサイクリン(40.5%),アンピシリン(21.6%),カナマイシン(16.2%),トリメトプリム(10.8%)に耐性を示した(未発表データ).また,これら5薬剤すべてに耐性を示す多剤耐性株も10%程度認められた(未発表データ).また,国内の家畜から初めて分離されたフルオロキノロン耐性サルモネラは,この多剤耐性SC株がフルオロキノロンの暴露により薬剤の作用部位が変異したものである[29].
 SCやSTは,コリスチンやビコザマイシンには感受性であった[5].コリスチンは,組織への分布がほとんど認められないことから,肺炎や敗血症の全身感染例では,感染開始時期に投与する必要がある.
(4)発症予防
 豚のサルモネラ症は,日和見感染症的な疾病で,宿主の易感染化につながるストレス因子は,感染豚からの排菌量を増加させ,感受性を増加させる[61, 92, 93, 127].ストレス因子としては,暑熱,寒冷,多湿,換気不良,密飼,輸送,微生物感染などがあげられる.
 STの発症例では,高温・高湿,密飼,豚房内への頻繁な出入り,汚染源との距離など複数の発病要因があげられた[48].また,導入豚で発生した症例では,若齢豚のみで発症がみられ,年齢抵抗性が影響した[97].
 SCやSTの症例において,PRRSの関与が示唆されている[8, 99]が,SCとPRRSとの混合感染のみでは症状の悪化は認められないが,免疫抑制剤の投与(ストレス負荷)によって重篤化した[123].PMWSの症例からPCV2とSCの混合感染も報告されている[58].また,豚鞭虫との混合感染症例も報告されている[55].
 
6 最 後 に
 生産現場におけるHACCPで,すべての血清型のサルモネラ汚染は,重要管理点(CCP)の一つとしてあげられている.多くの血清型のサルモネラは,腸内細菌叢の一部のように定着し,農場から排除することは非常に難しい.また,豚に対して問題となるサルモネラは,SCやSTといった敗血症などを引き起こすきわめて起病性の高い血清型である.
 HACCPに基づく適切なと殺が行われれば,と畜豚の腸内容の保菌率を勘案しても,と体の汚染率はきわめて低く,また,豚肉は基本的に加熱調理される食材であるため,国内で豚肉を原因食材とする食中毒の発生はほとんどない.しかし,臓器から分離される場合には,と体汚染が頻繁に引き起こされる[66].また,臨床症状を呈する前の発病初期の豚は,と場へ出荷されてしまう可能性があり,糞便を介さない豚肉汚染の危険性も指摘されている[71].一方,豚由来のサルモネラが,飼育関係者へ感染した症例報告もあり[43],養豚場のサルモネラ汚染は,食品を介さないZoonosisとして問題となりうる.
 このように,豚におけるサルモネラ汚染は,さまざまな面で重要な問題のひとつといえる.今後の国内での防圧対策の進展に期待したい.

 

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