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解説・報告(最近の動物医療)

「生物学的整形外科」の新しい展開(VII)

岸上義弘(岸上獣医科病院院長・大阪市獣医師会会員)

<皮膚再生症例>
 雑種猫,4歳,雄,体重,3.8kg.咬傷によってアブセスとなり,肘部に皮膚欠損を起こした(図19a).Debrideしたあと,PRPを使用し,閉鎖環境とした.23日後,血行に富む良性の肉芽組織が盛り上がった(図19b).さらに閉鎖環境とし,計50日後には上皮化と発毛をみた(図19c).
 
図19a 猫のアブセス後に起こった皮膚欠損
図19a 猫のアブセス後に起こった皮膚欠損
 
図19b 23日後の所見.血行に富む良性肉芽が盛り上がった
図19b 23日後の所見.血行に富む良性肉芽が盛り上がった
 
図19c PRP使用の50日後,上皮化と発毛によってほぼ完治した
図19c PRP使用の50日後,上皮化と発毛によってほぼ完治した

 

VII あ と が き
 ここからは学術の話ではないので,ご興味のない方は読み飛ばしていただきたいのだが,日本の大学教官の先生方に進言させていただきたいことがある.研究・授業・論文・診察その他会議などで大変な毎日を送っておられるので,無理な話かも知れないが一度聞いていただきたい.授業で学生に教えていただく内容は,おそらく教科書に載っていることであり,つまり従来から判っている内容である.それを学生は学ぶ.それで終了であり,それで当然なのかも知れない.しかし,これから将来のことを思うと,それだけではなく,各方面での「今までにすでに何が判っていて,現時点で何がまだ判っていないか」,これを学生に教えていただけると非常に有り難い.何が判っているかよりも,何が判っていないかの方が,知ることは難しい.おそらく,何が判っていないかを教えてもらった学生10人のうち,1人ぐらいは「よし,それを自分が追求してみたい.」と感じるのではないだろうか.少なくとも学生の知的好奇心はくすぐることができるのではないだろうか.ただ教えられるままに,受け身の姿勢で授業に出ている学生のやる気が,少しは変わるのではないだろうか.こういう偉そうなことを申し上げるのは本当に恐縮であるが,実は私自身が学生時代に,「ただ習うのみ」という受け身の学生,まさにそのものだったという反省から由来するので,どうかご勘弁いただきたい.
 科学の真理は深淵であり,永久に辿り着けないものかも知れないが,科学者はそれを追い求めて研究すべきであろう.特に日本の大学に見られる教育姿勢は,教科書に書いてあることを学ぶ.それだけのように見える.いろんな研究はされてはいるものの,「これとこれを研究しておきなさい.」と教官に命じられるだけで,学生の主体性は置き去りにされているような気がする.教官という職業の仕事の量が多すぎる,そして人手が足りないという理由もあるのだが.
 そうして大学を卒業してきた人たちは,「教科書ではこう書いていた.」「文献的には,こうだった.」「あのアメリカの先生は,セミナーでこう言っていた.」,そう言って,借り物の知識を,あたかも自分が汗してつかんだ事実であるかのように振る舞う傾向がある.しかし,自分の研究成果ではないのなら,それほど自慢する必要はないし,空に浮かぶ雲のごときものである.科学に絶対という正しさは有り得ない.現時点での精一杯の思い込みが載せてあるのが教科書であり,翌年には,まったく異なることが書いてあることも,特に医科学ではしばしばである.われわれ科学者は,せめて教科書をどんどん改訂していくだけの気概は持っていたい.現在の学生が将来,教官や研究者になったときに,あるいは臨床家になったときに,その気概が有るかどうかで,地球上の科学の進歩の状況そのものがまったく異なってくるのではないだろうか.そういう考え方を若いうちからできる幹細胞のような人材にしておくのが「教育」ではないだろうか.あとは環境や知り合う教官の背中を見て,どんな細胞になるか,何をすべきか自分で決めて行くであろう.自分を進歩させる気概がないのなら,アポトーシスが待っているだけだ.もしも学生が「いま,何が判っていないのか.」「われわれのこの手で教科書を改訂して行くべし.」と大学で教わったならば,未来は変わると信じている.私自身,鳥取の研修時代に,山根義久先生が御研究に四苦八苦されている背中を見なければ,今の自分はない.若いうちから,自分は収入の安定した公務員になるという夢を持つのも結構だが,少なくとも科学者たることを選ばれた獣医師の先生方なら,科学を一歩でも前進させ,真理に近づくという義務と権利はあるはずである.
 臨床家も同じことであり,日々の臨床は新しい驚きに満ちている.何か疑問に思うことがあっても,否定してしまい,「みんな教科書に書いてあることに違いない.」「教科書に載っていることを学ぶだけで精一杯だ.」と狭いところに自分を置いてしまい,そこにある新しい事実を見逃してはいないだろうか.教科書通りにやってみても,うまく治癒しないときに,「自分が何か間違っただけだ.」と否定的に判断して終わりにするか……,それとも少し別の所に視点を置き,「何か不思議な異なる現象が起きているのかも知れない.」と熟考し,また「何か教科書に載っていない別の治療法が有るかも知れない.」と悩み考えるか,……いろんな考え方があるだろう.後者のような,こういった柔軟かつ可能性を肯定する考え方を大学で教えて欲しかったと思うのだ.日本人獣医師の研究が教科書に載らない一つの理由が,教科書絶対主義そのものにあると考えている.偉そうなことを申し上げてきたが,私自身を振り返っての反省として書いているので,どうかお許し願いたい.
 大学の基礎研究,教育,そして臨床家,これらはすべてリンクしている.互いに輪を形成し,どれひとつ欠けても科学は進歩しない.基礎研究あっての臨床,臨床あっての基礎へのフィードバック,教育なしでは基礎も臨床も破綻する.臨床家は,本当に臨床で役に立つ研究を基礎に願っている.基礎の先生は,何が臨床で困っているのかを本当に知りたがっている.学生はその双方の真摯な背中を見たがっている.
 医学・獣医学の歴史を紐解いてみると,ほんの数年前に教科書に載っていたことが,現在からみると「えっ?」と思ってしまうようなことになっている.もしも未来からみると,いまわれわれがやっている医療など,原始時代の幕開けのような表現をされてしまうかも知れないのだ.私の今回の記述も2年もすればゴミ箱行きかもしれない.それだけ医科学の進歩は速い.生体というものは,人間が作ったコンピュータとは違う,底なしの不思議箱である.到底われわれが支配できるものではない.しかし,あきらめないで追求していけば,どんどん手の内を見せてくれる優しさも持ち合わせている.生体は,知れば知るほど,あまりに精巧すぎて畏怖の念を抱くかも知れないが,そのぐらいの方が研究や臨床の対象として,やり甲斐があるというものではないだろうか.
 今回お話しさせていただいたのは,「生物学的整形外科」についてであった.生体に対し,大きな侵襲を与えて形状ばかり整復するのではなく,より小さな侵襲しか与えないことによって生体の持つ生物学的要素を温存し,細胞やサイトカインを温存し,組織の再生と修復を妨害しないという医療についてお話ししてきた.もちろん解剖学的な形状がずさんであれば機能回復は望めないが,それを完璧に追求しようとして余計なことをしすぎると,生体はへそを曲げて細胞を動かさなくなり組織損傷を修復しなくなる.解剖学的整復と生物学的要素の温存という両者の協力が必要であろう.

 

参 考 文 献
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