|
ODA(政府開発援助)参加で出会った熱帯動物遺伝資源たち
柏原孝夫†(東京都獣医師会会員) |
私は戦時中馬政局で馬担当を運命づけられていたものの(馬事研究所嘱託)敗戦により原子力平和利用の研究を通じて大学教官となり,ベトナム戦中ODAに参加以来,四半世紀にわたり途上国の畜産開発業務に従事することとなった.その際熱帯において現地住民と共存する動物資源の存在を知った.先進国による生産性向上を目指した家畜改良により人類の奴隷と化した欧米の動物遺伝資源と異なり,熱帯途上国では生態系が自然のまま保たれて,住民が愛する熱帯動物資源と共存する姿に,共感を覚えた. | |||||||||||||||
1 家畜資源に占める畜牛の比率 FAO統計によると家畜資源の世界全体における分布比率の最も高い家畜は牛であり,その15%を占めるのがインドの町角に佇むゼブ牛(肩峯牛)であり,正に熱帯畜牛のモデルと考えられる.朝が来ると牛は餌を求めて街中を悠々と歩き廻り,農民も日が暮れれば寝,夜が明ければ起きる.それが双方にとって当たり前の生活であり,農民も不自由や不満を感じることはない. |
|||||||||||||||
2 中東は家畜開発のホームランド 旧約聖書にみる牧羊の故事にみるごとく,イスラム社会に羊が根づいたことが理解される.1974年,昭和49年度通産省中東一次産品買付調査団長としてイラク,オマーン,レバノン,パキスタン等を訪れた際,バクダット・イラク博物館前(銀座通り)に100頭あまりの羊群が走り過ぎるのを見た.遊牧が農村・都会を問わず存在することを目のあたりにしたが,先のイラク戦争以降,羊たちの存在が心配でならない. 中東は有名な象牙製「牛の親子」の像からも畜牛のホームランドと推察されるが,近年,ウシ由来のミトコンドリアDNA制御領域配列多様性に関する星型樹形集団の構造解析(Troy他Nature,2001)により,欧州の畜牛の起源が中東にあるという遺伝的証明がされ,中東の畜産に果たした役割を示すこととなった. また,農耕の第一歩が中東の形跡にみられる一方,世界の畜牛に影響した米国畜牛開発300年の成果は称賛に値するものの,途上国社会の住民と共生する熱帯動物資源は人為的改良が加えられなくとも生物資源として重要な存在である.人類の有史前の狩猟と採集の時代に生きた動物と同様,近代農耕(単一栽培・家畜改良)に優る資源と思われ,熱帯動物資源研究開発の手がかりとなったと思われる. |
|||||||||||||||
3 アジア太平洋地区は野牛のホームランド ネパールの高地に生息するヤク,インド〜ベトナムの山林にすむガウア(最大の野牛),ミータン(ガウアの畜化),バンテン(畜化でバリ牛),クープレイ(絶滅危惧種),水牛(アジアの牛なかま),黒白斑水牛(テドンボンガ/絶滅危惧種)などアジア南部は野牛の宝庫と称しているが,ジャワ島中部ジョクジャカルタのヤシ林に立つマンダラ建築ボロブドールで水牛の造形を見た(1978年)折,水牛は東南アジアの動物であると痛感した.インドのある水牛専門家が将来世界の畜牛が水牛で置きかえられるであろうと極言したが,それは熱帯の動物が生産性のためでなく,農民にとって自然を守り続ける財産として存在するからである.また寄生虫症のない畜牛はゼブ牛にあらずとインドの先生が述べられたが,三大国際伝染病以外,途上国は寄生虫症に関しても対策が求められている. |
|||||||||||||||
4 南米は21世紀の農業を支配する 南米は熱帯(亜熱帯)林に恵まれ,21世紀の途上国全体における農業の1/2を南米が賄うであろうと予測されている(FAO).南米では最初の高官専門家(大使クラス)としてパラグアイに駐在(1986〜87年)したが,プロジェクトの中で,熱帯畜牛を学ぶ機会を得た.そこでは米国で開発されたゼブ牛(ブラーマン種(図1))よりもインド由来のゼブ牛(ネロール種(図2))の方が評価が高かった.それは放牧時にネロール種の方がブラーマン種より疾病等が少いためである.博物館でも,南米畜牛に双頭重複奇形を屡々みた(図3).これは他の野生獣にも出現するので,南米の土壌・草成分に原因が考えられる.一方パラグアイのプロジェクトでは畜牛の不妊をもたらすCampylobactor fetus infection が注目されたことを付記する(図4). また「クリオジョ(Criollo/スペイン語)」という名称は南米植民地で300年以上の自然淘汰をうけた,ヨーロッパ由来の動物,植物,人間などに用いられるが,畜牛のクリオジョ牛はスペイン由来で肉牛としてはネロール種より味が良く,また,ガウチョ(牧童)の愛用する土産馬クリオジョは乗り易く,東京大学の牧場にアルゼンチン政府から寄贈されたこともある(図5).なお,南米の牧場では駝鳥をよくみるが,毒蛇退治に必要のためである. 中南米の現地住民には,マイクロライブストック(小型家畜)も愛用されている.もちろん家禽はその代表であるが,畜牛にも小型牛がBonsai Cattleと名づけられている.カピバラは50kgにも達するネズミの類で,レストランでも料理に使われ,私の口には合わなかったが,加工肉や皮の手袋が珍重され,ベネズエラではカピバラ牧場も存在する.さらに「森のニワトリ」と称されるグリーンイグアナは中米原地住民の大切な蛋白源であり,豚や牛よりも容易に入手でき,熱帯林の葉を食すため,牧草による肉牛生産より生産性が高く,イグアナ牧場の計画もある. 南米のカピバラ,中米のグリーンイグアナなどは,共通の財産として扱われ,生産性とは無縁であり人と動物がともに生活する相利共生の関係をもって,熱帯雨林地域において重要な存在となってる. |
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
5 熱帯途上国で栄える馬科動物資源 馬科動物資源の過去半世紀に亘る頭数の推移をみると欧米では半減したものの,途上国(アジア,中南米)では増加し,その中でも経済性が高い小型ウマ(ロバ,ラバ)が増加した.すなわち途上国の動物と共生する住民と異り,生産性向上を目指して開発された家畜を奴隷のごとく利用する欧米先進国において,馬科動物資源が減少したのは,先進国において,馬が社会の動力源として存在する一方,途上国の馬が住民の仲間として社会に根付いているとの理由からである.古代アラビア人は馬を「神の使い」と信じて馬を愛し,旧約聖書に見られるように神によって創造された馬への感謝の念により,人は,馬とともに自然に対する責務を有すると考える.また,イスラム教徒は,アラビアンナイトの中にみられるように貴相に富んだアラブ馬を肥沃な三日月型地帯に暮らす遊牧民の権勢誇示の象徴的動物として開発した. 南米ラテンアメリカ人は,馬好きの人種(Horsely people)と称せられるほど馬を愛す.1925年ガウチョ(騎馬の上手な牧夫)が乗馬クリオジョとともに,アルゼンチン(ブエノスアイレス)から北米の首都ワシントンまで857マイルを17日間(50マイル/日の速度)で走破した.この乗馬クリオジョ(Lunarejio Cardal)の記録は南米で育ったクリオジョ馬(図6)の頑丈さを示す歴史に残る記録である. 南米で注目されてるのは,ロシア原産の縮れ毛異常形質をもつバシュキル馬(縮れ毛馬)で,冬期に縮れ毛の体毛が4〜6インチの長さに伸び,皮下織に脂肪を蓄え寒気に適応する.また鼻孔が小さいため冷たい外気を制限でき,一方,夏季にはタテガミの毛や尾毛が脱毛する.この馬は耐久レース,騎馬ゲームで活躍しているが,南米の馬好き人種Horsely peopleにとっても格好の乗馬となる. 世界最小の愛玩用のファラベラポニー(図7)は,パラグアイの牧場でもよく見かけたが,体高80cm以下,胸囲90cm,管囲10cmである.この馬はブエノス郊外のレク・レオ・デ・ロカ牧場ファラベラ家が100年かけて最小の馬を選抜交配し,愛玩用に子どもの乗馬として改良したもので,体高に比し体躯幹全体にわたり奥深く見える.毛色はアパルーサ色(大小さまざまな斑点のある黄ばんだ白色Appaloosa Horseアラビア海岸の馬に多い)が好まれる. 以上,熱帯動物資源について紹介させていただいた. |
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
なお,熱帯動物資源の研究開発に当たって,ODA参加と同時に日本熱帯農業学会より熱帯動物資源の研究班を委嘱されたことも役立ち,磯賞をいただいた. その他台湾大学客席教授として,台湾水牛の乳肉用に改良するため,イタリア水牛の精液導入に先鞭をつけたこともODA参加の貴重な思い出であり,一方バルバドスブラックベリー羊(熱帯肉めん羊)導入が国のジーンバンク事業に発展したことはODA参加の成果であり,農水省当局始め関係各機関に感謝申し上げたい. 最後に,著者が国際協力に参加,訪問した地域(20カ国)を次のとおり紹介させていただく. [1]中東(イラク,オーマン.レバノン,パキスタン),[2]南アジア大洋州(ベトナム,インドネシア,フィリピン,タイ,バングラディシュ,ネパール,台湾,香港,シンガポール),[3]東アジア(韓国,中国(シルクロード),中国東北(旧満州)),[4]南米(パラグアイ,ブラジル,アルゼンチン,ペルー) |
† 連絡責任者: | 柏原孝夫 〒169-0074 新宿区北新宿2-5-25 TEL 03-3227-0537 |