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日本の獣医療にインフォームドコンセント,セカンド
オピニオン,専門医紹介制度は成立するのか
佐藤喜隆†(愛犬病院院長・東京都獣医師会会員) 佐藤 隆(さとう動物病院院長・兵庫県獣医師会会員) |
獣医業界でもインフォームドコンセント,セカンドオピニオン,専門医制度等が提唱されてから久しい.これらは,よりよい獣医療をクライアントである飼育動物の飼い主に提供するために提言されてきたところである.しかしながら,獣医師と飼い主のよりよい関係を強化すべきこれらの提言が機能することなく,むしろトラブルの引き金になっていると思われる事例があるのは何故なのか? 最近では,獣医療ミスを問われる裁判及びトラブルが,各種メディアやインターネットに取り上げられる機会が多い.公表されたトラブル例からいくつかを紹介し,獣医療に於けるインフォームドコシセント,セカンドオピニオン及び専門医紹介についての問題点を洗い出してみたいと思う. |
事例1: 数年間の治療にも関わらず好転しなかった皮膚病の猫を,皮膚病専門医に紹介したところ,180°くつがえされた診断治療により数カ月後に症状の改善をみた.ところが,飼い主はそれまでに要した費用の全額返還を当初に診療した獣医師に求め,獣医師はその支払いに応じた(本誌第57巻第10号615頁参照). |
事例2: 7歳齢のラブラドルレトリバー,去勢手術3年後に発現した両側の腹腔内停留睾丸に起因する癌及び死亡に対する責任を主治の獣医師が問われ,現在係争中である.去勢手術を実施した主治の獣医師は原因不明の貧血の犬を大学病院へ紹介した結果,過去の去勢手術の詐称に起因する癌死の責任を問われ提訴された. |
事例3: 15歳齢柴犬,子宮蓄膿症の手術のはずが同意していない下顎切断,片側乳房切除もなされ,その後死亡したとして飼い主が獣医師を提訴した. |
事例4: 9歳齢のゴールデンリトリバー,発熱があり,血液検査で異常が認められたにもかかわらず瞬膜フラップ手術を強行し,2日後に死亡したとして飼い主は獣医師を提訴した. |
事例5: ぺキニーズ,子宮蓄膿症の手術直後の死亡の責任を争っての裁判.飼い主は診断ミスと術後管理ミスについての責任を問うべく獣医師を提訴した. |
事例6: 8歳齢のミニチュアピンシェル,乳腺腫癌摘出手術3日後死亡.病理鑑定により「腎臓からの出血による腹腔内出血死」とされ,飼い主は獣医師を提訴した. |
事例1以外は,現在裁判中である.事例1,2は,その分野の獣医師専門医(以下,「専門医」)及びより上位の病院を紹介した結果,当初に診療した獣医師の診断治療が否定され,飼い主から賠償を求められたもので,改めて日本における専門医紹介の難しさを痛感させられる事例である.各種学会あるいは獣医師団体による専門医の認定制度が整いつつあるもののその専門性や認知度,さらには紹介制度についてはまだまだ未知数であり未開発である.一般獣医師(以下,「一般医」)では手に負えないために専門医を紹介するわけで,専門医からすれば,一般医の診断治療が最新ではない,適切ではないことは明白であろう.当然,今までの診断治療方針を変更,あるいは修正追加して,よりよい結果に繋がることを期待して当初に診療した獣医師は専門医を紹介するわけであるが,これが一転,自分の首を絞める結果になってしまうならば,一般医は専門医への紹介を躊躇してしまう結果になるのではないだろうか? 何故このようなことか起こるのであろうか? まず考えられるのは,1)紹介した獣医師の問題,要するに医療レベルが低い,勉強不足,診断ミスの可能性も否定できないレベルであること,2)紹介された専門医の問題,紹介した獣医師の診断治療を完全否定するような言動があった,3)飼い主の問題,より上位の診断を受けたということより,紹介した獣医師に騙されたと思うような猜疑心の強い性格の持ち主であった,と言ったら言いすぎであろうか? いずれにしてもこの3者のいずれかに問題があったのか,あるいは3者間のコミュニケーションに問題があったのかを一つ一つ検証して解決法を導き出さねば日本の動物医療に専門医紹介システムは構築できないであろう.専門医への紹介の際に,どの様な配慮が必要であるのかを,一般医,専門医双方で確立する必要があろう. 事例4,5,6の被告病院は分院もあり,複数の獣医師を抱える大規模病院である.手術例数も年間千例程度はこなしている病院もあると思われる.おそらくは入念な術前検査,完備された手術室,複数のスタッフによる手術が実施されたものと思われる.また,いずれも小動物臨床に従事する者としてはだれでもが実施する標準的と思われる手術である.少なくとも筆者の病院で実施される同様な手術よりは格段にスムーズに安全に実施されているであろう.何故このような事態に陥ったのであろうか? 事例3〜6は手術後に飼い犬が死亡してしまったために動物医療過誤として提訴されているが,手術の必要性,危険性が十分に飼い主に伝わっていなかったために生じたトラブルと言えないこともないのではなかろうか.改めてインフォームドコンセントの難しさを実証したものである.獣医師は一体どこまでを想定し,飼い主に対して提示する必要があるのか? すべてであるといえば簡単であるが,想定外の出来事に対してはどのように対応し飼い主へ説明してゆけばよいのか? インフォームドコンセント等の言葉が一人歩きをしている感があるが,この機に是非クライアントが納得,同意できる手段,手法を具体的に構築してゆく必要があるのではないであろうか? 「始めにキチンと説明したかどうか?」を問うことは簡単である.それならば獣医師は始めに何処まで説明する必要があるのか? どこまで予期できるのか? 終わった結果を見て,他人は「ここが悪い,ここで間違った」等の指摘をすることができるかも知れない.しかしながら,これは所詮,解答を知った後の試験問題の解説みたいなもので,何故,その時点でそのように考えたか,当事者本人にも後になってからでは不明な点も多いのではないだろうか.したがって,この様な獣医師とクライアント間に発生したトラブル(行き違い)を第三者が論評する場合には十分な注意を払う必要がある.何故そのようなトラブルが発生したのか? 「WHO」より「WHY」に力点をおき,個人の資質に原因を求めることや,個人への注意喚起にとどまることなく,飼い主を含めた動物医療業界のシステム全体を検証して今後のトラブル発生防止に生かさなければならないと考える.すなわち,われわれ臨床獣医師は,動物飼育者の心理の特質,日本的死生観,さらには経済観念等を改めて詳細に分析した上で,飼育者と臨床獣医師とのよりよい関係を構築せねばならないのではないだろうか? |
† 連絡責任者: | 佐藤喜隆(愛犬病院) 〒170-0013 豊島区東池袋2-21-3 TEL ・FAX 03-3971-7869 |