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傷病野鳥の治療と「しまね野生動物救護
ボランティア会」の設立
河内咲夫†(河内獣医科院長・島根県獣医師会会員) |
1 日本の野生動物保護 動物保護については,英国において180年前に動物保護法が制定され,30年後に慈善団体が初めて保護事業を行ったが,日本の動物保護の歴史は浅く,徳川幕府の時代に「生類哀れみの令」を布告した将軍もいたが,諸侯は猟場を設け狩猟を行う等の矛盾が存在した(現在もフランスでは150万人が狩猟免許を持ち,スポーツとして多頭の猟犬とともに,狩猟を楽しんでいる). 日本では明治憲法下において銃の所持を許可して狩猟を認可したが,野生動物が乱獲され絶滅した動物種が出たため,大正に入り初めて動物保護法が制定された. このようにわが国では,動物の取扱いの配慮に時間を要した経緯がある. 私自身,昭和30年代に,動物輸入業界から,動物を輸入する際は日本の船でなく,オランダ船を使用することを知らされた.その理由は,日本の船員は外から檻を叩いたり,棒で突いたりするため動物の気性が荒くなるが,それに比べオランダ船の船員は優しく取り扱うため,人に慣れて入国できるということで,私は少年の昔を思い出さずにいられなかった. 木にとまったハト,湖に浮かぶカモに競って石を投げたり,当時は家庭環境も理由であるが子猫,子犬を可愛がる子供も少なかった. 傷病野生動物の保護は,昭和45年,第2次石油ショック以後の好景気による所得倍増以降,家庭環境も良くなり,電化製品,自家用車の購入の他,ペットも飼育され始めた頃から,行われ始め,昭和50年後半には,傷病野鳥の保護数も増大,60年代から安定した保護数が続くこととなる. |
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2 野鳥治療へのかかわり 日本の獣医学には鳥の教科が無く,一般的にその経験を有する動物園の獣医師が頼りにされていた. 昭和33年11月,私の住む宍道湖はコハクチョウ飛来の南限地であったが,島根県に所管のない時代,松江市観光課から保護鳥としてコハクチョウが私のもとへ持ち込まれた.鳥の治療は初めてであるが「鳥は判らぬ」といえず,幸い腸カタールで治療後3日目に放鳥することができた.その後も野鳥を診療することになり,当時,猟友会事務局長の協力を得,自宅の庭にある,池の周りに金網を張ってコハクチョウ用の池として利用した. 昭和38年,宍道湖畔標高250mの一畑薬師山に鉄道会社が経営する象,ライオン,トラ,ヒョウ,アシカ等,飼育する動物園を併設した遊園地が完成した.その際,嘱託獣医師を依頼されたが「経験がない」と断ったものの「先生の他に診療する人がいない」と半ば強制的に押付けられることになり,それからは天王寺動物園の先生方にご指導いただくこととなった.以来,同園は保護した野鳥を預けるのに好都合な場所となった. |
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3 野鳥の治療法 以後,私は野鳥の治療に積極的に取組むこととなった. 国内の保護数は欧米同様に95%が野鳥である.傷病では衝突による翼の骨折が多く,解剖学上鳥の長骨は髄腔は空洞で骨質は薄くて硬く衝撃に弱いため,粉砕状になると治癒は難しい.著者は,国内の野鳥治療の専門家等と治療法について,相談したものの納得が得られなかったため,野鳥治療の進んでいる北米で研修すべく,1997年1月イリノエ大学のセミナーへ参加した.その際同大学の外科教授からはフロリダには野鳥が多くよい獣医師が多い旨の情報を得た.幸いその年の5月に恣本鳥類保護連盟総裁常陸宮殿下の総裁賞を拝受して,後年海外の連絡が円滑に行えたため,翌年オーランドの北米学会へ参加して,学会副委員長の推薦を得,猛禽類骨折治療の権威であるDr. R. E. Hess. Jrの病院を訪問した.さらに年間1,000羽も野鳥を治療する全米一のオズボンソサエティへ訪れ,体外固定の研修を受け,器材,術式ビデオテープの提供を受けた(後に専門のリハビリセンターを訪問した). 翌年は同じく学会推薦でマイアミ市にエキゾチックアニマルの看板を掲げるDr. Harissの病院を訪問した.その際Dr. Harissからマイアミ市はアスペルギルス症とオウム病の両疾患ともに地元民によく感染するため,マイアミ大学医学部と共同研究をしている」と知らされ,検査,治療法に続き,蛋白分画を波形によって感染症を見極める等の話も伺った.また,肝心な骨外科については,飼い鳥の翼の骨折の治療は飛翔を目的としないため,鋼線ピンニングを実施するが,野鳥の翼骨折は,衝突による多発性骨折が多く,亀裂が入って粉砕状になるが,髄腔は空洞で拒否反応がないため,内径の8分目のプラスチック・パイプ状のものを挿入することにより,骨の欠損部分を補うとのことであった. このような研修経験は,現在の野鳥の骨折治療に大変役立っている. |
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4 リハビリ法とリハビリ施設 飼育動物と異なり野生動物は保護しても自然復帰を目的とするため,取り扱いには,動物にストレスを与えない等,細心の注意を要する. 野鳥では術後のリハビリが最重点で,ストレスを与えぬこと,自己の捕食能を育成すること,飛翔力を正常に戻すこと等が要件になる. 欧米を視察したが,外科技術は北米が優れ,リハビリ施設とリハビリ法はヨーロッパが合理的で優れていると感じた.最良のリハビリ施設はフランス・ヴェルサイユ国立農業試験場にある日本の農用ビニールハウス型(図1)が最も野生に近い条件で飼育管理ができると思われた. この試験場は広大で閑静なヴェルサイユ宮殿の敷地にあり,その一部を国が借用してリハビリ用施設としたもので約2haに周りを高さ3mの鉄板で囲い,外来者の入場を禁じていた.その中には幅6〜8m,長さ20〜30mの金属パイプで組まれたアーチが5棟あった.外側は金網,内側に衝突除けに化繊のネットが張られ,中の側壁には止り木,上部2mは雨除けが張られて,自由に開放(放鳥)できる仕組みになっていた.このリハビリ施設は日本に最適と考えていたところ,2002年私の出席する愛鳥懇話会に臨席された環境大臣に直訴する機会があり,先の施設について省でモデルの作成を依頼したところ快諾を得,資料を送るよう指示を受けた.すぐに資料を送ったが,数日後大臣は転任され,担当課長に善処させる旨の伝達を受けるに止った.
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5 「しまね傷病野生動物救護ボランティア会」の設置 2003年12月思い掛けなく島根県森林整備課の後押しで,民間協力(会費制)による「しまね傷病野生動物救護ボランティア会」が県のセンターを事務局に発会し,ボランティア会員による保護活動がスタートした.マスコミ報道で会員を募集すると,早速,心強いボランティア会員が集まると同時に多額の寄付をいただいた.そして,2004年11月,会員からの土地貸与があって待望のヴェルサイユ施設のミニチュアを造ることができ(図2),早速リハビリを始めて,放鳥する等好スタートを切ることができた.経費は最小限とし電気,水道設備を含め100万円以内で対応している. (本年6月2日,同会は,島根県知事に「NPO島根県傷病野生鳥獣救護ボランティア」への改組申請届を提出,認可された)
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† 連絡責任者: | 河内咲夫(河内獣医科) 〒690-0063 松江市寺町99-58 TEL 0852-21-1634 FAX 0852-21-1635 |