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解説・報告

米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告2000(V)

鈴木 真(ファイザー(株)中央研究所)・黒澤 努(大阪大学医学部助教授)

極超短波照射
 極超短波照射による加熱は,神経生物学者がin vivoで,解剖学的な構造を保ったまま脳の代謝産物を固定するために用いられる141.実験動物(マウス・ラット)の安楽死用として特別に設計された装置がある.これは調理用のものとは仕様が異なり,出力は最大1.3〜10kwである.動物の頭部に向けて極超短波を照射する構造になっている.脳内酵素活性を急速に停止させるために必要な出力は,装置の効力,共鳴装置の同調及び頭部の大きさに依存する142.意識の消失及び安楽死に要する時間は,装置によってさまざまである.10kw,2450MHzの装置を出力9kwで用いた場合,18〜28gのマウスの脳内温度は0.33秒後に79℃,250〜420gのラットでは0.8秒後に94℃まで上昇する143.

利点―
(1)0.1秒以内に意識が消失し,1秒以内に死亡する.
(2)酵素的に不安定な物質を分析する際に,in vivoで脳組織を固定する最良の方法である.

欠点―
(1)専用機器が高価である.
(2)現在市販されている装置に適応できる動物の大きさは,マウスやラット程度である.

推奨―極超短波照射は,急速に意識を消失させる適切な装置を用いれば,小型げっ歯類の人道的な安楽死の方法である.この目的のために設計され,十分な出力をもち,極超短波の分布が適当な装置を使用すべきである.家庭や施設で用いられる調理用の電子レンジを安楽死に用いてはならない.
 
胸部(心肺,心臓)の圧迫
 胸部(心肺,心臓)の圧迫は,この報告書に記載した他の手法が実用的でない場合,小型から中型の鳥類の安楽死に使用される144

利点―
(1)簡単に実施できる.
(2)明らかに無痛である.
(3)分析や汚染などの研究に,死体を最大限に利用できる.

欠点―
(1)傍観者に与える感覚的な不快感を考慮する必要がある.
(2)動物に与える苦痛の程度は不明である.

推奨―胸部(心肺,心臓)の圧迫は,他の方法が用いられない場合,屋外で鳥類の安楽死に用いられる物理的な方法である.一方の手の親指と他の4指で背後から翼の下をつかみ,肋骨に指を置く144.他方の手の4指は胸骨腹側縁の叉骨下部に置く.すべての指に力を込め,心臓と肺が停止するまで保持する.速やかに意識が消失し,死に至る.この方法を用いるためには,鳥類を傷付けないよう適切な訓練が必要である.胸部の圧迫を実験室で行ったり,大型あるいは潜水する鳥類144,あるいは他の動物種に用いてはならない.
 
捕殺用罠
 動物を機械的に死亡させる罠は,商業目的(毛皮,皮革,肉),研究目的,財産保全のため,及び人の安全のために,野生の小ほ乳類を採取し,死亡させるために用いられる.罠の使用については議論の余地があり,本研究会は捕殺用罠がこの報告書で前述した安楽死の基準である,急速にかつストレスを与えずに動物を死に至らしめるという基準と常に合致するものではないと認識している.このため,生け捕り用罠を用いて他の安楽死の方法を適用することが望ましい.生け捕り用罠を用いるにあたっては,この罠が使えない場合,動物に対してより苦痛を与える場合,人間に対して危険な場合などがある.新しい技術によって捕殺罠の性能は向上し,動物の意識を素早く消失させる改良が加えられてはいるが,個々の製品について性能を試験すべきである145.捕殺用罠を用いる場合には,国際基準化機構(ISO)の評価手順149,あるいはGilbert150,Proulxら151,152あるいは HiltzとRoy153の方法により評価し,最も人道的なものを選択する必要がある146-148
 要求される水準にまで能力を向上させるために,通常の製品に調整を加える必要がある.加えて,科学的研究に特化すると,設置方法(地上用や樹上用),餌の種類,設置場所,目的の動物のみを選択する装置,本体の位置を決める付属品(サイドウィングやコーンなど),感知部の感度,感知部のタイプ,サイズ及び形状は罠の性能に影響するため,十分に考慮する必要がある.
 捕殺用罠には,さまざまな動物種に対して前述した基準に合致するよう改良され,その性能が科学的に評価されたものがある151,152,154-167

利点―自由行動する小動物を保定及び人間との接触による苦痛を最少限に抑えて死にいたらしめる.

欠点―
(1)動物が短時間で死亡しないことがある.
(2)目的とする動物の選択性及び効率は作業者の技術と熟練度に依存している.

推奨―捕殺用罠は本研究会の安楽死基準に必ずしも一致するものではない.しかし,目的とする動物の選択性,速やかな死,研究に必要な各部を損傷しない,及び目的外の動物を損傷することが少ないことを考慮した上で用いられる場合には,実用的かつ効果的に研究用動物を収集する方法である168,169.罠は少なくとも1日1回チェックする必要がある.動物が負傷している,あるいは死亡せずに捕獲されている場合は,速やかにかつ人道的な死に至らしめる必要がある.捕殺用罠は他の方法が使用できない,あるいは失敗した場合にのみ用いるべきである.夜行性動物用の罠は,昼行性の動物を捕らえないように,昼間は仕掛けてはいけない168.罠生産者は対象とする動物の疼痛及び深い不快を最少限にする工夫を凝らす必要がある.
 

付随的な方法

 気絶及び脊髄破壊は,適切に行われれば意識を消失させるが,確実に死に至らしめるわけではない.したがって,これらの方法は,動物を安楽死させるため,薬剤,放血あるいは断頭などの他の方法と併用する必要がある123
 
放 血
 気絶あるいはその他の方法により意識を消失している動物を確実に死に至らしめるために用いられる.極度の体液減少は不安を伴うため,単独で安楽死に用いることはできない170.血液を得るために放血する場合には,鎮静,気絶あるいは麻酔で意識を消失させる必要がある171
 
気 絶
 動物は不貫通のボルトによる頭部の強打,通電により意識を失う.気絶させた後は速やかに他の方法で死に至らしめる必要がある.気絶による意識消失の評価は困難であるが,驚愕あるいは眼瞼反射の消失,瞳孔散大,協調運動の消失で判断する.脳波の特徴的な変化及び視覚誘発反応の消失も意識消失を示すと考えられてい
60,172

頭部への強打―おもに,頭蓋骨が薄い実験用小動物に用いられる9,173-175.中枢神経系を速やかに抑制するため,頭蓋骨の中心部を十分な力で一撃する.適切に実施すれば,速やかに意識を消失する.

不貫通ボルト―不貫通ボルトは反芻獣,ウマ及びブタの意識消失に用いられる.ボルトによる気絶の兆候は,瞬間的に転倒及び数秒間の強直性痙攣,その後に認められる後肢のゆっくりとした,そして徐々に速くなる動きである.不貫通のボルトについての他の特徴は前述した貫通ボルトと同様である.

電撃による気絶―交流電流がイヌ,ウシ,ヒツジ,ヤギ,ブタ,魚類,ニワトリなどの気絶に用いられてい
133,134,140,177,178.イヌによる実験では,速やかに気絶させるためには確実に脳に電流を流す必要性が示された.イヌでは,電流が前肢と後肢間あるいは頸部と四肢間に流れた場合には,心臓に細動を惹起するが,速やかな意識消失は生じない139.動物種を問わず電流によって気絶させる場合には,電極を頭部の両側に装着する,あるいは
電流が確実に脳に流れる他の方法で,速やかに意識を消失させる必要がある.電極の装着方法及び動物の保定がこの方法の問題点である.電気的な気絶の兆候は,最終的には筋弛緩に至る後肢の伸展,後弓反張,眼球の下方移動,間代性痙攣へ移行する強直性痙攣である.気絶後は電気による心細動,放血,その他確実な方法で死亡させる.詳細は電撃の項を参照すること.
 
脊髄破壊
 脊髄破壊は,一般的に,意識を消失させる方法と併用して確実に死亡させる方法として用いられる.カエルなど解剖学的に中枢神経系への到達が容易な動物種では,安楽死として単独で用いられるが,麻酔薬の過剰量投与が望ましい.
 
特別な配慮
馬の安楽死
 ペントバルビタールあるいはペントバルビタール配合剤は,ウマの安楽死の第一選択である.大量の溶液を投与する必要があるため,頸静脈への静脈カテーテルの留置が有用である.興奮しているあるいは気の荒いウマへのカテーテル挿入を容易にするため,アセプロマジンやα2アドレナリン作動薬などのトランキライザーが用いられるが,これらの薬剤が有する循環器系に対する作用により意識消失までの時間が延長し,その結果,筋運動やあえぎを生ずる場合がある.オピオイド受容体作動薬あるいはオピオイド受容体作動薬/遮断薬とα2アドレナリン受容体作動薬は,保定を容易にする.
 レース場で致命傷を負ったウマの安楽死などの緊急時には,凶暴なウマや大動物を静脈内投与のために保定することは困難である.鎮静薬が作用するまでに,動物が暴れて自身や周囲を負傷させることもある.このような場合には,サクシニルコリンのような神経筋遮断薬を用いることもあるが,動物が処置できる状態になった後は,ただちに適切な方法で安楽死させる必要がある.サクシニルコリン単独,あるいは不十分な量の麻酔薬との併用は安楽死に用いることはできない.
 銃撃などの物理的な方法も,場合によってはウマの安楽死として考慮すべきである.貫通ボルトも適切な保定のもとでは可能である.
 
人あるいは動物の食用動物
 人あるいは動物の食用動物の安楽死において,組織に残留する化合物は,米国食品医薬品局(US Food and Drug Administration)で認可されているもの以外は使用できない179.二酸化炭素は組織に残留しないため,食用動物(おもにブタ)の安楽死に用いられている唯一の化合物である.このため,通常は物理的方法が用いられている.バルビツール系誘導体あるいは他の化合物により安楽死された動物のと体には,有害な残留物が含まれていると考えられることから,人あるいは動物が摂食しないように廃棄する必要がある.
 自由行動をする野生動物に対して適切な安楽死の方法を選択する際には,安楽死された死体が肉食動物あるいは腐肉食動物に摂食されることを考慮しなければならない.肉食動物あるいは腐肉食動物において,薬剤に汚染された死体の摂食による膨大な数の中毒や死亡例が報告されている107.毒物の摂取が考えられる広大な領域では,適切な死体の廃棄を安楽死の一部として考慮する必要がある.もし死体が放置されるのであれば,銃弾,貫通ボルトあるいは毒性のない注射剤(塩化カリウムと他の毒性のない麻酔薬との併用)が,腐肉食動物あるいは肉食動物の中毒の機会を低下させるために用いるべきである.
 
特殊な種の安楽死:動物園,野生,
水棲及び変温動物
 愛玩,畜産及び実験動物に関する情報と比較すると,動物園,野生,水生,変温動物などの安楽死についてはほとんど研究されておらず,ガイドラインもほとんど定められていない.特異な,あるいは普通ではない特徴を有する動物種においても,動物を安楽死させる場合には,常に疼痛がなく可及的速やかに死に至らしめる必要がある.
 これらの種の安楽死を選択する場合,これまで述べてきた内容に加えて,要因及び基準を考慮する必要がある.選択する方法は,安楽死される動物種,大きさ,安全性,局面及び作業者の経験に依存する.安楽死される動物が野生か,捕獲可能かあるいは自由行動をするかを考慮する必要がある.解剖学的な相違は考慮しなければならない.たとえば,両生類,魚類,爬虫類及び水棲ほ乳類は,家畜とは解剖学的に異なる.静脈の走行も異なる.甲羅あるいは防御用の解剖学的な適応(針,鱗,とげ)を備える種がいる.物理的方法を用いる場合,脳が小さいため中枢神経系への到達が困難であり,未熟練者には局在部位を特定するのが困難である.
 
動物園動物
 身近な動物と共通点を持つ,捕獲された動物園動物及び鳥類には,これまで述べてきた方法の多くが使えるであろう.しかしながら,人や動物が傷つかないように,取り扱い及び物理的あるいは化学的な拘束方法などの予防策を講ずることが重要である16
(以降,次号へつづく)


† 連絡責任者: 黒澤 努(大阪大学医学部動物実験施設)
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