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米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告2000(IV)
鈴木 真(ファイザー(株)中央研究所)・黒澤 努†(大阪大学医学部助教授)
バルビツール酸誘導体 |
バルビツール酸は大脳皮質から始まり,順次下方の中枢神経系を抑制し,意識の消失から麻酔状態へと至る.過剰量では深麻酔状態から呼吸中枢の抑制による無呼吸へと進展し,心停止に至る. 麻酔に用いられるすべてのバルビツール酸誘導体は,静脈内投与であれば安楽死に用いられる.効果の発現が早いため,バルビツール酸誘導体による意識消失は速やかであり,血管を穿刺する際の最少限あるいは一過性の疼痛を与えるだけで済む.理想的なバルビツール酸誘導体は,強力,長時間作用型,溶液中で安定であること及び経済的であることが条件である.ペントバルビタールナトリウムはこれらの条件を満たしており,最も広く用いられているが,他にセコバルビタールなども有用である. 利点― (1)バルビツール酸誘導体の最大の利点は即効性にある.これは用量,濃度,投与経路,投与スピードに依存する. (2)バルビツールは導入がスムーズで,動物に与える不快感は最少限である. (3)バルビツールは他の安楽死用薬剤より安価である. 欠点― (1)最良の結果を得るためには静脈内投与が必須で,熟練した作業者が必要である. (2)それぞれの動物を保定する必要がある. (3)現行の連邦基準では厳密な使用記録を要求され,米国薬務局(DEA)に登録された責任者の管理下で用いることが義務付けられている. (4)意識を失った状態で動物が鳴き声を発することがあり,感覚的に好ましくない. (5)死体の中に薬物が残留するため,その死体を摂食した動物にも鎮静を生ずる,あるいは死に至ることがある. 推奨― 小動物の安楽死にバルビツール酸誘導体を用いることの利点は,その欠点を十分に補うものである.バルビツール酸誘導体の静脈内投与は,イヌ,ネコ,その他の小動物及びウマの安楽死に好ましい方法である.腹腔内投与は,静脈内投与が与える苦痛が大である,あるいは危険な場合に限られる.心内投与は動物が深い鎮静,意識消失あるいは麻酔状態にある場合に限定される. |
ペントバルビタール配合剤 |
数種の安楽死用製品がバルビツール酸誘導体(通常,ペントバルビタールナトリウム)に局所麻酔薬,あるいは代謝されてペントバルビタールとなる薬剤を加えて調合されている.これらの添加物の中には緩徐な心毒性を有するものがあるが,この薬理的作用は重要ではない.これらの配合剤はDEAによりSchedule
|||の薬剤に分類され,ペントバルビタールナトリウムのようなSchedule ||に分類される薬剤よりも入手,保管及び投与が容易である.ペントバルビタールナトリウムとリドカインあるいはフェニトインとの配合剤の薬理学的特性及び推奨される使用法は,純粋なバルビツール酸誘導体とほぼ同じである. ペントバルビタールと神経筋遮断薬との配合剤を安楽死に用いるべきではない. |
抱水クロラール |
抱水クロラールは大脳を緩徐に抑制する;したがって,動物によっては保定が問題となる場合がある.呼吸中枢の進行性抑制に起因する低酸素症により死亡するが,死に至る前にあえぎ,筋の痙攣及び鳴き声が認められる場合がある. 推奨― 抱水クロラールは条件付で大動物の安楽死に用いられ,静脈内投与すること,及び前述の副作用を減少させるため鎮静後に実施することが必要である.イヌ,ネコ及び他の小動物には副作用が大きく,動物の反応が感覚的に好ましくないので,安楽死に用いることができない.そこで,他の方法を選択する. |
T-61 |
T-61は3種の薬剤を混合した非バルビツール系,非麻薬系の安楽死用注射剤である.これらの薬剤は全身麻酔,クラーレ様及び局所麻酔作用を有する.T-61は市場から撤退し,米国では製造されておらず,入手不能である.カナダや他の国では入手可能である.T-61は静脈内以外の経路で投与された場合,吸収速度及び活性成分の作用発現時間が異なると疑問視されているため,注入速度を注意深くモニターしながら静脈内投与する必要がある. |
トリカインメタンスルフォネート (Tricaine methane sulfonate : MS 222,TMS) |
MS 222はトリカインメタンスルフォネート(TMS)として市販されており,両生類及び魚類の安楽死に用いられている.トリカインは安息香酸誘導体で,水溶液は弱アルカリ性(CaCO3当量として50mg/l未満)である;水溶液は重炭酸ナトリウムで緩衝する必要がある104.10g/l の保存溶液を調整し,重炭酸ナトリウムを飽和するまで添加するとpH7.0〜7.5となる.保存溶液は褐色瓶で,冷蔵保存あるいは可能であれば冷凍保存する.溶液は毎月,あるいは茶色に変色した時点で交換する105.安楽死のためには250mg/l 以上が適切で,魚類は鰓の動きが停止してから10分以上薬液の中に浸しておく104.米国ではMS 222に21日間の薬物消退期間が設定されている;したがって,食用動物の安楽死には適切ではない. |
麻酔下の塩化カリウム |
無麻酔状態の動物に対しては不適切かつ非難される方法であるが,麻酔下の動物への過飽和塩化カリウム溶液の静脈内あるいは心内投与は,心停止及び死亡させるための適切な方法である.カリウムイオンは心毒性を有し,1〜2mmol/kgを静脈内あるいは心内に急速に投与すると心停止に至る.この方法は,安楽死後の動物の死体が肉食動物及び腐肉食動物に摂取される状況では中毒の危険性を低下させるため,家畜や野生動物の安楽死に用いられる106,107. 利点― (1)塩化カリウムは規制のない化合物である.入手,運搬,屋外での調製が容易である. (2)意識を消失させる方法とともに塩化カリウムを用いる場合,その死体を処分できなくても,死体を摂取する肉食動物及び腐肉食動物に毒性を示さない. 欠点―注射時やその直後に筋組織の攣縮及び拘縮が認められる. 推奨― この方法を実施する作業者は訓練され,麻酔技術についての知識を有しており,静脈内に塩化カリウムを投与する適切な麻酔深度を評価できることが最も重要である.塩化カリウムの静脈内投与には,意識が無く,筋反射が見られず,痛覚刺激への反応が消失している外科的麻酔状態にあることが必要である.飽和塩化カリウム溶液を心内あるいは静脈内へ急速に投与すると心停止を生ずる.麻酔導入後に組織中に残留している麻酔濃度についての記載はない.麻酔薬と塩化カリウムを併用した安楽死後の死体を摂取した肉食動物が中毒に至ったという報告はないが,残留している麻酔薬による中毒の危険性があるため,安楽死後の死体は適切に処分する必要がある. |
安楽死に適さない注射剤 |
付表4にあげた注射剤(ストリキニーネ,ニコチン,カフェイン,硫酸マグネシウム,塩化カリウム,洗剤,溶剤,消毒剤と他の毒物や塩類,及びすべての神経筋遮断薬)は,安楽死に単独で用いてはならない. |
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