会報タイトル画像


診療室

小動物臨床獣医師における人と動物の共通感染症対策

兼島 孝(みずほ台動物病院院長・埼玉県獣医師会会員)

 おもに家畜を対象とする『家畜伝染病予防法』には届出疾患が数多くあり,家畜の伝染病対策を講ずる行政組織として,全国に181カ所(平成17年5月18日現在)ある家畜保健衛生所や動物衛生研究所が家畜衛生に携わる獣医師に大きく貢献する.また,人の医療においては『感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律』(感染症法)により,多くの感染症の検査診断基準が細かく決められており,571カ所(平成16年4月1日現在)ある保健所が医師を支え,さらに,75カ所の衛生研究所(平成17年4月現在)や国立感染症研究所が初動への大きな力となっている.
 しかし,人と動物の共通感染症(共通感染症)の小動物臨床獣医師に対する公的なサポートシステムはないに等しい.
 このような経緯の中,平成16年に感染症法が改正され,4類感染症に共通感染症が多数追加された.改正前には,獣医師の届出疾患として日本でほぼ遭遇することはないであろう疾患だけ(エボラ出血熱など)であったが,改正後は,一般的な小動物臨床獣医師にも遭遇する可能性の疾患が追加された.その改正では3つの届出疾患のみ(サルの細菌性赤痢,鳥類のウエストナイル熱,犬のエキノコックス症)が追加されたが,医師には共通感染症の多くの疾患で届出義務が科せられていることを考えると,今後,同様に獣医師への届出の要求は増すと考えられる.
 小動物臨床業務において感染症の届出行為はなじみが薄く,共通感染症を検査診断または相談する機関に関する情報も少ない.92年ぶりに突如発生した口蹄疫は,産業動物獣医師の適切な届出と行政機関の連携で封じ込みに成功した.このように国内に存在しない感染症が,明日にでも国内へ侵入する可能性は小動物獣医療にも容易に想像される.
 また,平成16年度新興・再興感染症研究事業の「国内の患者症例報告に基づく動物由来感染症の実態把握及び今後の患者症例報告収集と検索システムの開発に関する研究」(高山研究班)によると,人の医療において感染症を診る機会の高い科は小児科,皮膚科,内科に多く,中でも動物由来感染症は全体の25%で経験があり,皮膚科の医師では52%に経験があると報告されている.また,65%の医師は今後,動物由来感染症が増えると予想している.検査システムの整っている医療では医師同士の連携・紹介は機能しているが,動物由来感染症に関して20%の医師で相談相手がいないと訴えている.さらに小動物獣医師への同様なアンケートでも,動物由来感染症来院時において飼い主を紹介する医療機関を持ち合わせていないと報告されている.
 以上をまとめると,小動物臨床獣医師における共通感染症対策の問題点は大きく分けて3つある.
 第1はハード面である.迅速な検査・診断が行えなければアウトブレークを防ぐ適切な初動や治療が行えない.この検査システムでは海外から侵入する未知の病原体や,国内に存在する医療界では一般的な既知の病原体の検査も含まれなくてはならない.意外にも,人の医療で一般的な共通感染症が獣医療では検査できない状況にあるからである.このような新しい検査機関を作るには膨大な予算と時間がかかる.可能なかぎり早期実現のために全国にある獣医系大学に予算を付けて,疾病ごとに分散して検査診断できるシステム作りはどうであろうか?
 公衆衛生上,自身の健康に関係する予算なら国民の理解を得やすいと思う.
 第2にソフト面である.医療界と獣医療界には目に見えない壁が存在する.その壁を壊し人的交流の活発化が急務である.それには全国にある地方医師会と獣医師会で先ずは交流を持つことが重要であろう.相手を待っていては,交流は生まれない,こちらからアポイントを取ることで道が開く.この行動の実現性は高く,効果も期待できる.案ずるより産むが易しである.
 第3は費用負担である.人の重要な感染症は公の費用で賄われている.獣医療では法整備も儘ならず,多くの共通感染症において飼い主が拒否をすれば感染源対策ができない.共通感染症は公衆衛生学上,重要な位置を占めているのは事実である.
 費用負担についてどうあるべきか(自費若しくは公費等)議論を始めてもよい時期だと思う.
 以上のような対策を考えてみたが,動かなければ始まらないし,重要な感染症について「知らなかった」では済まされない.危機管理こそ国民に期待された任務であることを肝に銘じて,議論を重ねたい.
 また,このたび(社)日本医師会と協力して,『動物由来感染症ハンドブック』を作成した.このハンドブックは無料配布.詳しくは日本医師会地域医療第三課(03-3946-2121)まで.Web版はhttp://www.med.or.jp/kansen/animal/よりダウンロード可能.
著者は9月放送の医師向け医療専門番組『アボット感染症アワー』
(9月2日ラジオNIKKEI 21:15〜21:30/9月16日
BSラジオNIKKEI 20:50〜21:05/ネット版
http://medical.radionikkei.jp/)に出演予定である.

兼島 孝  
―略 歴―


1988年 北里大学卒業
1990年 東京大学大学院研究生修了
千葉県市川市にて勤務医
1991年 埼玉県富士見市にてみずほ台動物病院開業

先生写真



† 連絡責任者: 兼島 孝(みずほ台動物病院)
〒354-0018 富士見市西みずほ台1-21-5
TEL 049-255-1122 FAX 049-255-1121