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解説・報告

酪農学園大学附属動物病院新築の一年と近未来

新山雅美(酪農学園大学獣医学部教授)

 酪農学園大学附属動物病院は新築移転し,2004年4月1日に装いを新たに開院した(図1).長年にわたり臨床教育と診療活動に携わってきた臨床教員にとってはこの上ない喜びである.

酪農学園大学附属動物病院全景
図1 酪農学園大学附属動物病院全景

1 新動物病院の概要
 新動物病院は酪農学園ロータリー奥の旧機農高校と圃場跡地の一角にあり,24,623m2の敷地に,動物病院本館5,663m2(図2),臨床講義棟690m2,生産動物医療の実習棟377m2と入院棟488m2,感染動物管理棟275m2,野生動物医学センター105m2,動物処理棟486m2,炭化プラント277m2,排水処理施設56m2,堆肥場116m2,乾草庫159m2の建物群から構成され,建物床面積の合計は8,728m2で,欧米の大学附属動物病院に近い大きさになった.
 酪農学園大学の動物病院の大きな特徴は,社会基盤の異なる生産動物医療と伴侶動物医療の教育研究,野生動物医学研究の各分野をきちんと並立させて,さらに臨床獣医学と基礎獣医学をプロジェクト研究で連結させる姿勢を示していることである.
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図2 動物病院本館平面図


2 生産動物医療部門
 まず酪農学園大学獣医学科設立の動機であった「畜産物の生産と安全を守る生産動物医療に貢献する臨床教育と研究及び情報発信の拠点の創出」については,この施設で伝統を堅持する姿勢を明瞭に示した.
 生産動物医療部門は病院本館右側の診断診療施設とそれに接続する平屋の動物繋留施設からなっている.生産動物診断診療施設には往診準備室1,大小の牛診療室2室,牛手術室1,胚移植(ET)室1,馬診療室1,馬麻酔導入覚醒室1,馬手術室1,馬手術準備室1及び検査室を配置した.牛の入院棟には1房4m×5mの広さで,房間に1mの観察通路をもつ牛房が5房,馬房が6房,搾乳室1がある.入院棟には子牛の感染動物管理棟が接続し,その一部はP3水準の飼育,実験室である.
 本館に隣接する臨床講義棟の1階には80名対象の牛実習室があり,これに牛の実習棟が接続している.ここには入院棟と同じ広い牛房を4房とタイ・ストール式牛床を16床設置した.周囲には乾草庫と動物と排出物の処理を行う施設としての動物処理棟,炭化プラント,排水処理施設及び堆肥場を配置した.
 酪農は多頭数飼育の時代に入って久しく,生産動物医療では群管理重視が前面に出てきているが,現場の課題解決の第一歩は丹念な症例観察の集積である.この活動のために2台の往診車が配備されている(図3).得られた症例観察成績を基礎応用獣医学による検査研究と結合して価値を高め,外部に発信して社会貢献できるように,生産動物医療部門情報発信のための大動物診療プロジェクトシステム,学術データベースに約8千万円のシステム開発費が投入された.
 このように施設設備は診療実習施設という目的にとどまらず,課題解決のための国内有数の研究施設としても機能するよう設計されている.長年にわたり継続して高い評価を得てきた国内,国外の生産動物医療に携わる獣医師への研修の場として今後も機能するはずである.
 生産動物医療部門では現在,常勤教員9名と嘱託助手1名が配置され,その他に学外の複数獣医師の短期研修経費200万円が手当されている.安全な食生産という社会的な使命は崇高で,多くの分野との連携が可能である.この施設設備が有効に機能するか否かは,構成員の姿勢と学外との良好な連携の構築にかかっている.
往診車2台を配備
図3 往診車2台を配備
 
3 伴侶動物医療部門
 動物病院本館1階正面左側に伴侶動物医療部門の待合室,病院事務室,問診・診察室(眼科1,他7室)の帯,処置室,臨床検査室,集中治療室の帯,画像診断室(内視鏡検査室1,超音波診断室1,X線撮影室,X線治療室,CT撮影室,MRI撮影室,操作室)と隔離入院室の帯を配置して,外来動物がこの3帯を縦に効率よく移動して診察,検査,処置を経て飼い主の手に戻るように設計した.本館2階には伴侶動物の手術関連領域すなわち手術準備室1,麻酔導入室1,手洗い室1,手術室4(陽圧手術室1,外科2,眼科1),リネン室1,屋外運動場付き入院室(犬室28頭,猫室12頭収容可)及び研修獣医師室を配置した.
 伴侶動物医療は長年,飼い主の個人的な希望に応じるものにすぎないとして,その社会的な役割が過小評価されてきた.しかし,伴侶(愛玩)動物が人の心の健康に計り知れない効果を与える社会的にも意味の大きい存在であることが認められる時代に入り,これらの動物に対する高度医療の需要が増大した.そこでこれまでの外科と内科の診療科構成を,より専門性の高い整形外科,腫瘍科(軟部外科),眼科,麻酔科,内科,循環器科,画像診断科,行動治療科の構成へと発展させるべく,最新設備を投入した.教育の質の向上に加えて地域の開業獣医師と連携診療体制づくりが急務である.伴侶動物医療は生産動物医療より扱う動物の種,年齢,飼養条件が多様で,対象疾病も比較にならぬほど多く,診療内容にも深い専門的な技術を求められるので,この部門では2005年4月から常勤教員8名,嘱託助手1名,有給研修獣医師9名及びアルバイト獣医師2名による体制で診療を開始した.整形外科,腫瘍科には教員1名につき2名の研修獣医師を,眼科,麻酔科には1名づつを,現在需要の急増している画像診断科には1名を,そして内科には2名の研修獣医師を配置した.日本獣医師会は2004年に専門医養成においては研修獣医師制度活用の可能性について言及したが,本院でも1990年に制度化した有給研修獣医師の水準向上を目指し,2005年度研修獣医師採用者には年1報の学術雑誌掲載報告の義務を採用時に告知し,研修獣医師制度が将来の専門医養成への一段階となるよう布石を敷いた.
 診療には獣医師以外にも動物看護士,X線技師,臨床検査技師など複数職種の参加が必要である.これらの職種の採用は今後の診療活動の展開の中で充実が図られる予定である.日本獣医畜産大学では3年制の動物看護士教育を,帝京科学大学ではアニマルサイエンス学科での動物看護師養成事業を開始している.伴侶動物医療では動物看護士の果たす役割は大きく,本学の動物病院においても研修育成事業の早期実現を切望するところである.
 本院の場合,伴侶動物医療部門は本格的な充実の端緒についたばかりであり,飼い主の要求に応えて,なおかつ先進的な診療手技を生み出してゆくことが求められているほかに生産動物医療部門の活動を経済的に支える役割をも果たしている.さらに伴侶動物医療の延長線上には,より社会的な広がりのある福祉分野への展開が可能であり,看護・介護・臨床心理学領域を専門とする福祉系大学院との連携をも視野に入れた一層の充実が必要と思われる.
 
4 臨床講義棟
 臨床講義棟の2階には80台の顕微鏡が使用可能な実習講義室が設けられ,生産動物医療学,伴侶動物医療学及び他学部学生のための卓上実習に使用されている.
 
5 環境汚染物質・感染病原体分析監視センター
 本館3階の環境汚染物質・感染病原体分析監視センターは,臨床と基礎とを結合する課題研究の場所として位置づけられ,感染病理研究領域,有機化学研究領域及び無機化学研究領域から構成されている.感染病理研究領域には実験用小動物のP3室施設を備えている.この施設の運営形態は獣医学部の枠を超えた学内外の研究者から研究課題を募り,研究費の交付を受けた者には研究業績の提出を義務づける,というこれまでにない共同研究推進形態である.2005年3月23日の同センター研究報告会では17題が報告された.野生動物医学センターはその機能の一部として設置されている.野生動物は環境の構成要素であり,生活を豊かにしてくれる存在であるとともに病原体の伝播者にもなる.酪農学園大学がこのような野生動物を医学的な観点からとりあげる施設を設けたことは,地球規模での人と物の移動が活発になった今日きわめて意義のあるものである.本学ではすでに環境システム学部に地理情報システム(GIS)が導入され,教育と研究に活用されている.今後,野生動物そのもの,生産動物や伴侶動物から得た血液や糞尿などの検体から得た病原保有状況のデータがこのGISによって北海道地図に書き込まれて行くならば,大学は自治体の防疫行政に有用な資料の提供ができる.
 
6 動物処理棟
 動物処理棟1階には80名の肉眼的病理学実習が可能な病理解剖室1,関連検査実験室2,動物室1,1,200度の焼却炉1基を配置し,重篤な感染牛馬の受け入れと病理検査を可能にしている.搬入された材料は貴重な研究試料であり,幅広い領域の研究を病理診断で支える役割を果たしている.汚物と汚水は建物内で個別処理する方法を採用した.2階は標本保管室である.
 
7 炭化プラント
 炭化プラントはダイオキシンの発生を避けながら遺体,敷料,プラスチックを800度以下で蒸し焼きにして炭化処理し,処理物から発生する可燃性ガスの利用で燃料の節約を図っている.生成物を土壌改良剤などとして再資源化できるかなどの研究を開始している.
 
8 排水処理施設
 排水処理施設は生産動物医療部門から排出される汚水を固液分離し,液体をセルロースアセテート膜ろ過で最終処理して無害な状態で下水に放流する施設である.炭化プラントと排水処理施設はともに新動物病院の活動が与える環境への負荷を可能なかぎり軽減し,資源循環の研究に貢献するよう採用した.
 
9 地域との連携
 新動物病院を活かす道は,「開かれた大学の開かれた動物病院」として,獣医臨床に携わる人達との連携はもちろんのこと,学内外の異なる分野の方々に交流の場を提供し,酪農学園の新しい付加価値を生み出してゆくことではないかと考えている.大会議室は施設内のさまざまな会議に利用されているが,市民の生涯教育への利用をも考慮して設置した.
 
10 新病院の運営管理部門
 旧病院と較べて新病院は約5倍の面積となった.新病院の持つべき機能として目指したのは,臨床参加型学生実習導入への対応,地域獣医療と連携のできる専門診療科の確立,臨床と基礎研究との連結強化であり,社会に開かれた動物病院である.それぞれの分野の専門性が高くなり活性化すれば当然複数業種による業務の分担と有機的な連携が求められる.目的に向かって効率良くことを進めるには複数業種の有機的な結合のための管理部門の質の向上が不可欠である.今春の第48回全国大学家畜病院長会議では会長から病院事務担当者の会議の発足が提案された.診療部門の専門性を高めるためには管理部門の充実とそれを促す全国的な連携もまた必要である.
 
11 事 故 対 策
 診療参加型学生実習を充実させるためには学生の参加にともなう種々の事故への対策が必要となる.感染症,咬傷,飼い主との対応など場面はさまざまである.病院管理者のみならず獣医学部教員全員で検討すべき事項である.

酪農学園大学附属動物病院新築までの経緯

 この動物病院の建設には幾つかの促進要因があった.まず,これまでの家畜病院が狭隘で老朽化し,診療と臨床教育の量と質,とりわけ伴侶動物診療数の増加と診療参加型の臨床実習に対応できず,早急に改善しなければならなかったことが第一の要因である.第二の要因は日本の獣医師養成教育の内容を欧米並みの水準に引き上げるべきだとする大学基準協会による「獣医学教育に関する基準」(新基準と略す)の提示と国立獣医系大学の再編の動向であった.新基準によれば獣医師養成大学は学生定員60〜80名に対して20数教科(国家試験科目18教科目教授18名を含む)72名以上の教員と5,000平方メートル以上の実習施設(家畜病院)を備えることを骨子とするものであった.しかもこの新基準には,基準を満たさない場合は獣医師養成学校とは認定されない可能性も匂わせており,国立大学の統合による新基準達成がなされれば早晩私立獣医科大学の存亡にも波及することは明白で,自助努力の途しかない酪農学園大学にとって「新基準」はまさに新築を決断せざるを得ない踏み絵であった.国立獣医系大学の再編が一時的に頓挫したとしても日本の獣医学教育の発展に拍車を掛けた関係者の一連の努力は,少なくとも本院の建設促進に大きな影響を与えた.そして第三の要因は,21世紀で発展する酪農学園大学を積極的に創りだそう,という志向であった.麻布大学ではすでにこの基準を充たす動物病院が1999年に新築され,独自の発展についても真剣な話し合いが多くもたれて,体制の整備と診療参加型学生実習の試行が進行していた.日本獣医畜産大学では2003年に,日本大学でも2005年に動物病院の新装がなされ,北里大学でも臨床実習施設の増築がなされ,改革がなお進行中である.そして第四の要因は,建設後の経営を保証できるだけの診療実績をそれまでに蓄積してきたこと,及び建設資金の一助となる外部資金の導入を得たことであった.
 酪農学園大学新動物病院の建設は1998年に要望書が上申され,2000年夏に建設の方向が学園理事長より提示され,2001年から具体的な建設作業に入った.新病院の備えるべき条件は,1)「獣医学教育に関する基準」(新基準)を充足すること,2)学生教育と地域社会への貢献を向上させること,3)大学が将来にわたり存続するための方策を選択すること.すなわち,学園の発展に寄与できる社会に開かれた動物病院として充実すること,大学の附属の施設として,全学的に利用可能な機能を高めること,とした.
 新築の規模は2001年当時,伴侶動物診療施設3,340m2とセンターラボ690m2,生産動物診療施設2,000m2の合計6,000m2とし,既存の施設(大動物臨床センター1,000m2と獣医1号館500m2)を利用することが付帯事項としてあった.しかしその後,病原性大腸菌O157感染症やクリプトスポリジウム感染症をはじめとする人と動物の共通感染症が世論を揺るがす問題となり,学生食堂に近接した場所にある既存施設の利用を避けて少し離れた放牧地に隣接した場所に建設する方向が定まった.そこで新動物病院の規模は,当初の建設面積に既存施設の面積を加える規模となった.建物の規模が大きくなったとしても,また設備が一時的に更新されたとしても,目標に向かって機能させようとする思考がなければ早晩粗大無用物集積所となり設備も陳腐化してしまう.新築を可と決断した学園関係者に感謝するとともに酪農学園大学の動物病院が,北海道内の他大学家畜病院と連携し,全国的にも存在感のあるものとして発展するよう努力したい.



† 連絡責任者: 新山雅美
(酪農学園大学獣医学部獣医学科伴侶動物医療部門)
〒069-8501 江別市文京台緑町582-1
TEL 011-386-1111 FAX 011-388-4757