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解説・報告(最近の動物医療)

犬と猫の造血器腫瘍


下田哲也(山陽動物医療センター院長・岡山県獣医師会会員)

1 は じ め に
 近年の小動物臨床における腫瘍学の進歩はめざましいものがあり,非常に多くの情報が得られるようになってきていることを痛感している.しかし,白血病や骨髄増殖性疾患などの造血器腫瘍に関してはリンパ腫を除いて,その情報量は比較的少ないように思われる.これは症例数が少ないことに関係していると思われるが,より多くの臨床家が造血器腫瘍に興味を持ち,症例を見つける目を持てば情報量も増すことが期待できる.
 小動物臨床血液研究会が発足して11年になるが,研究会の中では造血器腫瘍の症例報告は以前に比べて確実に増えてきているように感じる.これは急性白血病とその類縁疾患に関して,1992年Jainら[12]によって人の急性白血病の新しい分類法であるFAB分類法の診断基準に沿った動物の白血病の分類基準が提案され,急性白血病とその周辺疾患が明瞭に分類,診断が可能となったことがひとつの要因となっていると思われる.
 そこで本稿では造血器腫瘍の分類と用語について整理して解説する.

 
2 白血病とは
 白血病は造血細胞(リンパ球,単球―顆粒球,巨核球,赤芽球)が原発性に骨髄中で腫瘍性増殖したものを指す.したがって,たとえば「牛白血病」なる病名はリンパ腫を含む白血球系細胞の腫瘍を幅広く含むものであるので,厳密には白血病の範疇に含まれない.また,脾臓原発の肥満細胞腫で末梢血に多数の肥満細胞が認められた場合,「肥満細胞性白血病」と呼ばれるがこれも真の白血病ではなく,正しくは肥満細胞腫の白血化と呼ぶべきである.さらに,リンパ腫の解剖学分類において末梢血中に腫瘍細胞がみられる,臨床病期ステージ5とは別に白血病型というのがあるが,これはリンパ球性白血病を指すもので,リンパ腫とは明らかに区別すべき病態である.
 白血病は造血細胞の分化,成熟が停止し,幼若な芽球が増加する急性白血病と成熟した白血球が増加する慢性白血病に分類される.進行の速度が早いのが急性白血病で,緩慢なのが慢性白血病ではないが,多くの場合急性白血病の進行は急速で,慢性白血病の臨床経過は長い.
 
3 FAB分類とは
 FAB分類は人の急性白血病の分類において急速に普及した分類法であり,1976年にフランス,アメリカ,イギリスの血液学者により,世界共通の急性白血病の分類法として提案された[2].従来の分類法は細胞観察者の主観的要素が入りやすく,各施設によって異なった診断が下される可能性が大きかった.FAB分類はこれらの問題を解決すべく,どこの検査室でも簡単に実施できるようRomanousky染色(メイギムザまたはライトギムザ染色)に最小限の細胞化学染色を加え,さらに事務的に,数的に分類が行えるように作られている.その後改定が加えられ現在にいたっている[3-5, 8].この分類による病型と治療効果や予後とがよく一致することからわが国においても急速に普及し,人医学界における急性白血病の分類はこの方法により行われていた.この分類法は急性リンパ芽球性白血病(ALL),急性骨髄芽球性白血病(AML)及びMDSの3群に大きく分けられている.ALLはさらに細胞の形態によりL1〜L3の3つに,AMLはM0〜M7の8つに細分類されている.M0やM7の診断には電顕ペルオキシターゼや免疫学的表面マーカーの検索が必要となるため動物では確定診断が困難な場合もある.さらにその後,電顕ペルオキシターゼや免疫学的表面マーカーの検索でもリンパ系にも骨髄系にも分類できないものを急性未分化白血病(AUL)としている[9].AULはリンパ系にも骨髄系にも分化していない全能性幹細胞の腫瘍化と考えられ,M0〜M2は骨髄芽球性白血病,M3は前骨髄球性白血病,M4は骨髄単球性白血病,M5は単球性白血病,M6は赤白血病,M7は巨核芽球性白血病である.
 
4 骨髄異形成症候群(MDS)とは
 MDSは白血病との境界を明確にし,骨髄の無効造血と末梢の血球減少症を一つにまとめあげたものであり,前白血病として白血病と一線をひく疾患群の総称と理解される[4, 6].この病態における血液異常としては量的変化として末梢血における血球減少症(顆粒球減少症,貧血,血小板減少症),単球増多症,骨髄過形成などがみられる.また,質的変化として,さまざまな形態学的異常(異形成所見)が3系統の造血細胞に認められるのが特徴である.MDSは芽球比率,環状鉄芽球比率,末梢単球数によりRefractory anemia(RA),RA with ring sideroblasts(RARS),RA with excess of blast(RAEB),Chronic myelomonocytic leukemia(CMMoL),RAEB in transformation(RAEB in t)の5型に分類される.病型により治療法や予後が異なるため細分類は重要と考えられている.
 
5 骨髄増殖性疾患(MPD)とは
 1951年にDameshekにより提唱された概念で,顆粒球系,赤芽球系,巨核球系に線維芽細胞も加え,これらが不可逆性に増殖する病態であり,急性及び慢性に経過する疾患群で急性型には急性骨髄性白血病,原発性及び急性骨髄線維症,di Guglielmo症候群(赤血病,赤白血病),慢性型には慢性骨髄性白血病,真性多血症(原発性赤血球増加症),本態性血小板血症(本態性血小板増多症),慢性骨髄線維症などが含まれる[10].これらの疾患は互いに移行したり,中間型や混合型と思われる病態が存在する.獣医学の分野ではSchalmらがこの疾患概念を導入し,その後長く使われていた.その後の研究によって,これらの疾患は骨髄系多能性幹細胞のクローナルな異常により発症し,骨髄線維症における線維化は腫瘍性ではなく二次的なものであることが明らかとなった.特に急性骨髄線維症は急性巨核芽球性白血病(M7)に関連していることが明らかとなっている[1].現在一般的にMPDといえば慢性MPDを示す.
 
6 動物の急性白血病とMDSの分類
 非リンパ性造血器腫瘍は長く骨髄増殖性疾患として取り扱われてきたが,この概念では診断基準があいまいであったため人のFAB分類と同様の診断基準が必要であった.そこでJainら[1, 2]はFAB分類に沿った動物の白血病の診断基準を提案した.この分類と人のFAB分類の大きな違いは,猫でみられる赤芽球系細胞の腫瘍性増殖を主体とする疾患を含めるためにMDS-ErとM6-Erを新設していることである.この分類によりこれまで赤血病や赤血病性骨髄症,赤白血病と診断されていたものは,M6やM6-Er,もしくはMDS-Erと診断されるようになった.また,細網内皮症とされてきたものはAULに分類された.この分頬によりこれまで急性MPDとされていたものがMDSもしくはAMLに分類され,さらに各病型に細分類することが可能となった.病型により治療方法や予後が大きく異なるため,この分類は臨床上非常に有益と思われる.
 
7 現在の人のAMLとMDSの分類
 FAB分類を踏襲した新しい造血腫瘍の分類がWHOから発表され[11],新WHO分類として現在普及しており,将来この分類法を応用して動物の造血器腫瘍も分類されることが予測される.FAB分類と大きく変わった点を示すと,AMLとMDSを分ける芽球比率が30%から20%に引き下げられ,MDSのRAEB in tが廃止された.また,RAとRARSは異形成所見により,またRAEBとM6は芽球比率によりそれぞれ二つのサブタイプに分けられた.慢性骨髄単球性白血病は,MDSから分離されMDS/MPDという新しいカテゴリーに入れられ,芽球比率により二つのサブタイプに分けられた.
 
8 お わ り に
 臨床腫瘍学の進歩とともに抗癌剤による化学療法が一般的になってきており,白血病などの造血器腫瘍に対しても積極的な治療が行われるようになってきている.造血器腫瘍は症例数が少ないために,人のような治療と予後についての十分な情報がないのが現状である.しかし,共通の診断基準に沿った正確な診断,分類と,それに,基づいた治療の実施と予後を見きわめていくことは,将来それぞれの疾患の治療法と予後を確立していくのに必要と考える.
 
[1] Bain BJ, Catovsky D, OユBrien M : Blood, 58, 206-213 (1981)
[2] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Br J Haematol, 33, 451-458 (1976)
[3] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Br J Haematol, 47, 553-561 (1981)
[4] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Br J Haematol, 51, 189-199 (1982)
[5] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : An Intern Med, 103, 460-462 (1985)
[6] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Clin Haematol, 15, 909-1023 (1986)
[7] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Br Haematol J, 78, 325-329 (1991)
[8] Bennett JM, Catovsky D, Daniel MT, et al : Br J Haematol, 78, 487-490 (1991)
[9] Cheson BD, Casileth PA, Head DR, et al : J Clin Oncol, 8, 813-819 (1990)
[10] Dameshek W : Blood, 6, 372-381 (1951)
[11] Haris NL, Jaffe ES, Diebold J, et al : J Clin Oncol, 17, 3835-3849 (1999)
[12] Jain NC, Madewell BR, Weller RE, et al : Vet Clin Pathol, 20, 63-82 (1991)



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